63話 自重しようって言いましたよね?
十一月中旬。
次期生徒会の役員選挙の日を迎えた。
この日に備えて、結乃は星崎の推薦文を読む練習を重ねていたようだ。恥ずかしいから見せられないと言われたので、俺は本番の結乃を見るだけである。
「ふぁ~、緊張するな~」
午後。
徐々に生徒たちが体育館に移動する中で星崎がぼやいていた。
「頑張れよ、星崎。応援してるぞ」
「ありがとう道原君。でも、別に落選してもいいんだけどね」
「そうなのか?」
「もちろん当選なら当選で全力を尽くすつもりだけど、落ちても一向に困らないんだ。自分から立候補したわけじゃないからね」
「そういえば周りから押し上げられたんだったな」
「交友関係広くするとこういう時に厄介ごとを押しつけられるんだよね~」
「それだけ信頼されてるんだよ」
「まあ、それはありがたいけどさ。ぶっちゃけだるい」
「おいおい……」
「あ、大丈夫。私、猫かぶるのは慣れてるから。こんなこと言うのは道原君の前でだけだよ」
「俺はいいのか」
「親友の彼氏だからね」
謎の信頼を寄せられている。
「莉緒、風雅と何話してるの?」
原稿用紙とにらめっこしていた結乃が席を立った。
「なんでもないよ~。結乃、今日はよろしくね」
「頑張るわ」
「じゃあ道原君、またのちほど」
「おう」
結乃と星崎が並んで教室を出ていく。
星崎は周りの女子に話しかけられ、笑顔で対応していた。
猫かぶりねえ……。
確かに、俺とそれ以外の人では、星崎の態度にかなり違いがある。少なくとも俺は、学校で評判になっている清楚美少女という言葉には違和感を覚える。
美人は間違いないが、清楚……?
みんなうまいこと騙されているようだ。それだけ星崎の演技がうまいということだろう。
†
体育館の真ん中あたりの列に俺は座っていた。
周囲はざわざわしている。
生徒がひしめいて、体育館が若干狭く感じられる。
「これより次期生徒会役員選挙、立会演説会を行います」
アナウンスが流れて、候補者と推薦者がぞろぞろ登壇する。
星崎は副会長候補なので三番目。そのうしろから結乃がついていく。
こうして見るとやはり結乃は小柄だ。星崎は足が長くすらりと高いので遠くからでも見栄えがいい。
それでもやはり、俺は結乃の小柄なところが好きなんだけどな。
まず、生徒会長候補の男子二人がそれぞれ抱負を述べる。推薦者の演説にも力がこもる。
その後、星崎が呼ばれて立ち上がった。
「生徒会副会長に立候補しました、二年二組、星崎莉緒です。私が生徒会活動を通してやっていきたいことを最初に述べますと――」
星崎はよどみなくすらすらと話していく。原稿用紙にはたまに視線を落とすくらいで、ほとんど前を見ている。暗記しているようだ。
さすが星崎さん、というささやきがあちこちから聞こえる。ただでさえ評判のいい人間がこれだけ堂々とミスなく演説したら、評価の上昇幅は計り知れない。
「続いて星崎莉緒さんの推薦者、鏑木結乃さんお願いします」
「は、はい」
結乃がゆっくり立ち上がり、教壇の前に立った。
原稿用紙を広げて、いざしゃべろうとしたところで、マイクが高いことに気づいたらしい。慌てて角度を調整し、あらためて原稿用紙を構える。
かわいい、と誰かがつぶやいた。
誰か知らないが、あんた見る目あるよ。
「二年二組、鏑木結乃です。星崎莉緒さんの応援演説をさせていただきます」
結乃は文章を読み上げ始めた。
星崎に比べると原稿に視線を落とす回数は多いが、噛むことなく進んでいく。
星崎の面倒見のよさ。気さくさ。おごらないところ。
そういった長所を挙げて、絶対に学校をよくしてくれる、と強く語る。
俺はけっこうハラハラしていたのだが、別に心配することなんてなかった。結乃はしっかりと原稿を読み切った。
「……以上です。ご静聴、ありがとうございましたゃ」
……ん?
結乃が元の位置に戻ってパイプ椅子に座る。ちょっと下を向いて、原稿用紙で顔を隠している。
おいおい、その動きはずるいだろ。
†
「めちゃくちゃかわいかったぞ」
「うぅ……」
放課後、俺と結乃は教室に残っていた。まだ他にクラスメイトもいるが、もう俺たちは人目を気にしすぎないことにしている。いちゃいちゃしなければ松橋に取り締まられることもないし。
「あそこで終わったと思って安心しちゃった。まさか最後の一文字を噛むなんて……」
「俺は心を掴まれたね」
「また恥ずかしい思い出が……。風雅、できればその話はあんまりしないでね」
「わかった。記憶に残すだけにするよ」
「消してほしい……」
教室の戸が滑って、星崎が入ってきた。
「当選しました~」
「莉緒、おめでとう!」
すかさず結乃が近づき、親友の両手を取った。
「なんか圧勝だったみたい。これでやること増えちゃうな~」
「とか言いながらなんでもこなすからうらやましいのよね」
「結乃にもまたいろいろ手伝ってもらっちゃうよ」
「ええ、力になるわ」
「あ、そういえばね」
星崎がニコッと笑った。
「無効票の中に、いくつか鏑木結乃って書いたやつが入ってたらしいよ」
「え」
「しまった!」
俺は思わず声を上げていた。
「ど、どうしたの風雅」
「その発想はなかった。くっ、俺としたことが……」
「風雅、もしそれやってたらあたしキレてたわよ?」
「……お、俺はちゃんと星崎に入れた」
「ならよろしい」
「えへへ、結乃の彼氏から一票もらっちゃった。これで私の一歩リードかな?」
「なっ!? ふ、風雅はあたしの彼氏だもん! その票は関係ないわ!」
「でも私は道原君にフルネームを書いてもらったよ? 結乃は?」
「な、ないけど」
「あっはっはっは」
「ふ、風雅!」
「な、なんだ」
「今度あたしに何か書いて! 名前入りで!」
俺は勢いに押されてうなずくしかなかった。
「ふふっ、これで同点よ」
「道原君のことになると張り合うね~」
「い、いくら莉緒でもこれだけは譲れないし!」
「そっかそっか。その想いはわかるけど熱く語って大丈夫?」
「……えっ」
「鏑木さーん」
教室の入り口に、ぬっと松橋が顔を出した。
「風紀を乱す人にはお仕置きだよ?」
「ご、ごめんなさい……」
教室が一瞬静まったあと、みんな笑い始めた。結乃もつられたように笑った。
俺もやはり、そんな光景に笑いがあふれてきた。
かつては厳しい表情で自分から周りと距離を置いていた結乃。
しかし今は、笑顔の輪の中にちゃんといる。
それが嬉しかった。
……俺への想いを語ったせいで、というのは不満点だけどな。俺、学校では自重しようって言われたばかりだし。
まあ、それだけ星崎の誘導がうまかったということにしておこうか。今日は結乃の頑張りに免じて、なかったことにしてあげよう。
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