82話 学校一の清楚美少女は少しさみしい
結乃を家まで送り届けて、一人帰路につく。
まっすぐ帰る気分でもなく、少し長野駅方面に寄り道する。
中央通りのゲームセンターを眺めると、新しい柴犬のぬいぐるみが見えた。UFOキャッチャーの新作らしい。手に入れたら結乃は喜ぶかな。
しかし、今日は財布の残金が心許ないので挑戦はしない。
駅ビルに入り、洋服をなんとなく見て回る。
「あ、道原君だ」
「おう星崎」
私服の星崎が洋服ショップの前にいた。
もくもくのセーターにロングスカート。ひかえめな笑顔。
誰が見ても清楚な美少女だと思うだろう。実際には計算高くて立ち回りのうまい奴だったりするのだが……。
「結乃の家まで行ってきたのかな?」
「正解。星崎は?」
「私は家族と買い物。そのついでに何かいい服ないかなって」
星崎はカーディガンに触れて感触を確かめている。
「前は結乃とよく来たんだけど、最近はすっかりだね」
「俺たち、別に毎回週末に会ってるわけじゃないぞ。結乃なら普通に家にいると思うが」
「それはなんとなくわかるよ。でも、もしかしたら約束してるかもなって心配になっちゃって、結局誘えないことが多いんだ」
「そうか……。なんていうか――」
「あ、謝罪とかいらないからね?」
俺はのどまで出かかっていた「すまん」という言葉を飲み込んだ。
「結乃が幸せになってくれるのが一番なの。ずっと近くで見てきた親友だから、苦労もわかってるつもり。だから、今すごく楽しそうにしてる結乃を見ると嬉しいんだ」
「……無理してないか?」
「してないよー」
嘘だ。
俺の直感が告げる。
星崎の言い方はどこかさみしそうに聞こえた。
「道原君、結乃とはうまくいってるんだよね?」
「もちろんだ。俺は順調だと思ってるよ」
「だったらいいんだ。君のおかげであの子は明るくなったし、友達も増えた。全部うまくいったんだよ」
「でも、星崎だけはマイナスになってるんじゃないのか」
「いーえ、そんなことありません」
あくまで強がってみせる。
「これは私の本心だよ。じゃなかったらあんなに手を回したりしないって。道原君は私の期待に応えてくれた。それでいいでしょ?」
「結乃が幸せそうで嬉しい。それは本心だろうな。でも、結乃の親友としてはどうなんだ。そこのところ、ぜひ聞きたい」
「うーん、意地悪だなぁ」
星崎は苦笑する。
しばらく間があった。
「少しさみしい、かな」
「少しね」
「ほんとだよ。本当に少しだけなんだ。学校では私の方が道原君より長い時間一緒にいるし、休みの日に会わなくなっただけだからね。だから、少し」
「なるほど。だったら、やっぱり結乃と遊ぶべきだよ。あいつもなんとなく、星崎が遠慮してるのを感じ取ってるんじゃないかな」
「でも、遊ばなくなったらどうやって誘えばいいのかわからなくなっちゃったんだよね。どうすればいいと思う?」
「そうだな……」
俺は腕を組んで考える。すぐに閃いた。
「中央通りにゲーセンあるだろ」
「うん」
「あそこに柴犬のぬいぐるみが景品になったUFOキャッチャーが入ったんだ。あれを星崎が見つけたことにして、一緒に取ろうって誘えばいい。結乃は柴犬大好きだから間違いなく乗ってくれるぜ」
「道原君……」
星崎がうつむいた。かすかに震えているように見える。……泣かせるようなことは言っていないはずだぞ?
やがて星崎が顔を上げた。目が少し潤んでいた。
「ずるいよ道原君。すぐそうやってアドバイスしてくれるなんてさ。私まで好きになっちゃうよ」
「そ、それは……できれば、その……」
「あれ、焦ってる? 冗談だよ」
「あ、ああ。ならいいんだが」
「結乃の大切な彼氏だからね。そんなこと冗談でも言っちゃいけなかったね」
慌てる俺とは対照的に、星崎は余裕を取り戻して笑顔を浮かべる。
「ありがとう道原君。君の気づかい、すっごく嬉しかったよ」
星崎は歩き出した。
「約束の時間だからもう行くね。週末、結乃のこと誘うから予定入れないでね!」
「はいよ!」
手を振る星崎に、俺も振り返した。
やがて星崎は見えなくなった。
俺は駅ビルを出て、家への道をたどり始める。
……さみしいに決まってるよな。
今まで一緒に出かけていた相手を誘えなくなってしまった。それは絶対、星崎のメンタルに影響していたはずだ。
今日の会話で、多少は気が楽になっただろうか。
俺と結乃の関係は、星崎抜きでは語れない。
俺たちだけが幸せになってもどこか後味の悪さが残る。やっぱり、星崎にだって幸せを掴んでほしい。
結乃とずっと親友でいられることも、幸せの条件に入るはずだ。あの二人が変わらず仲良くしていてくれることを、俺は願った。
†
土曜日の夜。
部屋で携帯をいじっていると、結乃からメッセージが届いた。
『今日は莉緒とUFOキャッチャーやってきたよ! 新しい柴ちゃんのぬいぐるみ取れて嬉しい~!』
相変わらず、普段の口調と少し違うのが面白い。
メッセージには、手に入れたぬいぐるみの写真が映っていた。結乃と星崎の手が、ぬいぐるみの前でピースしている。
俺は思わず一人でうなずいていた。
この二人なら大丈夫。
そう確信した。
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