56話 甘さがいっぱい文化祭

 若高祭当日を迎えた。

 一日目は参加を希望したグループによる各種ステージ。


 一般公開は二日目だ。

 土曜日なので、朝から一般の来場者が多く来ていた。


 俺たちのクラスは料理の屋台と違って常時ついている必要はない。誰かが定期的に見て回り、写真にズレなどがないか確認するだけだ。


 とはいえ、そこは真面目な結乃なので、確認役を買って出た。


 俺と結乃は、二人で教室にいた。


「けっこう、みんな時間かけて見てくれるわね」

「どれもかわいいからな」


 今日は比較的暖かいので、結乃はカーディガン姿だ。今日に合わせて美容室に行ってきたらしく、伸びてきた髪が少しだけ短くなった。髪の毛は相変わらずうっすら赤い。


「よかった。発案者だから、誰も興味持ってくれなかったら迷惑かけるところだったわ」

「この感じなら大丈夫そうだぞ」


 小さな子供が「このわんちゃんかわいい!」と喜んでいる姿もあって微笑ましい。


 撮影に協力してくれた家の人も来た。「うちの子、よく撮れてる」と声もかけてもらった。


「やあお二人さん」


 松橋がやってきた。


「よう」

「お疲れさま」

「見事に柴づくしだね。柴犬好きにはたまらないよ」

「獅子丸ちゃんたちもしっかり貼らせてもらったわ。ここ」


 結乃が松橋を案内する。三人でパネルの前に立つ。


「へえ、いい具合に撮れてるね。この写真、終わったらもらってもいい?」

「もちろん。譲るわ」

「ありがとう」


 松橋は写真をぐるりと眺めると、俺の背中をパシパシと叩いた。


「じゃあわたしはこれで行くから、頑張ってね」


 松橋は笑って、教室を出ていった。


「むむっ」


 結乃が眉を寄せる。


「あたしじゃなくて風雅を叩いていった。これって……」

「結乃、あんまり深く考えるな」


 俺は結乃を引っ張ってパネルの裏側に回り込む。そして、すかさず抱きしめた。


「風雅……」

「大丈夫だよ結乃。心配しすぎだ」

「……わかってるわ。めんどくさい性格なの」

「松橋は人をからかうのが好きだからさ」

「そうね」


 結乃が俺の背中に腕を回してきた。


「考えすぎて風雅を縛らないようにしなきゃ」

「いないとは思うが、もし誰か女子が近づいてきたら断るしお前にも報告するつもりだ」

「うん。そうしてね」


 人の入ってくる気配がしたので、すばやく離れる。隠れてこういうことをするとやはりドキドキする。思わず、二人で笑ってしまった。


 パネルの外に戻ると、星崎がやってきた。


「お疲れさまー。あとは私が見てるから二人は離れてもらっていいよ」

「おう、サンキュー。じゃあ結乃、行くか」

「莉緒、いいの?」

「いいに決まってるよ~。さあさあ、張り切ってデートしてきて」

「あ、ありがと」


 星崎に押し出される形で、俺たちは教室を出た。


「さて、どこから見るかな」


 現在、午前十一時。


「一組がポップコーンの屋台を出してるはずよ」

「じゃあそこからだな」

「三年生の焼きそば屋台も行きたいわね。確かわたあめとかチョコバナナもあったような気がする」

「それは太るな」

「うっ……、い、いいのっ。今日は特別!」

「まあ結乃は太ってるとか気にしなくていいけどな」

「それは気にする! 起伏ないのにお腹だけ出るなんて絶対に嫌だもん」

「いや、起伏はあるだろ」

「…………」


 結乃が顔を赤くして黙り込んだ。俺も何も言えなくなった。この前の、結乃の胸を掴んでしまった事件が脳裏をよぎる。


「と、とりあえず行こう」

「……そうね」


     †


「ホップコーン二つ」

「ありがとうございまーす」


 渡り廊下に並ぶ色んな屋台。

 俺たちは二年一組の屋台の前に来た。


 ホップコーンのカップを受け取ると、いったんその場を離れる。


「結乃、あーん」

「い、いきなりなに!?」

「彼女にポップコーンを食べさせたいんだ」

「は、恥ずかしいわよ……」

「そこをなんとか」

「うぅ、しょうがないわね」


 結乃は少し上を向いて口を開けた。俺はポップコーンをその口に入れる。


「あ、ふわふわしてていい感じ」

「じゃあ今度は俺に」

「え、あたしもやるの?」

「せっかくだから」

「もう、彼氏ならなに言っても許されると思わないでよね」

「……だめか?」


 ちょっとすねてみる。結乃が「うぐっ」とうめいた。


「……ほんと風雅ってそういうところ自由よね」

「自由人を名乗ってるからな」

「風来坊じゃなかったっけ?」

「似たようなものだ」

「そうかしら……。まあいいわ。はい、口開けて」

「…………」

「……あ、あーんして」

「あーん」


 結乃が俺の口にポップコーンを入れてくれる。


「なんでポップコーン食べるだけでこんなに恥ずかしい思いしなきゃいけないのよ」

「俺は楽しいぞ」

「あたしはそういうメンタル持ってないの!」

「そこがかわいいんだけどな」

「か、からかわないで!」

「好きだ」

「はうっ」

「はい、次のあーん」

「うぅ、好き放題されてる……!」


 結乃はポップコーンを食べて、今度は俺に「あーん」を返してくれる。二回目はお願いしていないのにやってくれる。結乃のこういうところが本当に大好きだ。


「すまん、つい調子に乗ってしまった」

「いいけどね。風雅のノリにつきあうのも慣れてきたし」

「悟ったか」

「そういうこと。だから次に風雅が何を言い出すかもだいたい想像できるわ」

「ほう? 聞こうか」

「焼きそばでも「あーん」をやるんでしょ?」

「残念だったな。次はチョコバナナを両側から食べる、だ」

「え、ええっ!?」

「ポッキーゲームの亜種だな」

「ま、待って! それは恥ずかしすぎて死んじゃう! だって、最後はほぼキスなのよ!?」

「まあそうなんだが」

「む、無理っ。さすがにできない!」

「そうか……。じゃあ焼きそばにしよう」

「でも……」

「ん?」

「わたあめでなら、やってもいいわ」

「マジか」

「それでもいい?」

「全然いい。行こう」


 というわけで即座にわたあめを買って東棟の階段踊り場に移動した。


「思ったより小さいわね」

「ま、文化祭の予算じゃそんな大きな機械は借りられないだろ」

「は、半分食べたらそこから先には来ないこと」

「え」

「取り分が減るじゃない」

「そうだな、妥当か」


 俺がわたあめの棒を持って、二人で両側からかぶりつく。


 結乃の様子をうかがいながら食べ進める。


 ……ちょっと速いか。


 俺は速度を落とした。

 その向こうで、結乃がもくもくと食べているのがかわいらしい。


 結乃が顔を離した。


「ねえ、スピード合わせてない?」

「さあ」

「ちょうど真ん中でぶつかるようにしてない?」

「なんのことだか」

「やっぱりそうなのね!」

「何も言ってないぞ」

「はぐらかさないで答えて」

「……実は狙ってた」

「やっぱり」


 結乃は腕を組んで視線を横に向けた。


「そ、そんなことしなくてもいいじゃない」


 だんだん顔が赤くなってくる。


「キス、したいならしたいって言えば……」


「……いいのか?」

「今日は特別な日だし、いいわ」


 俺は周りを見た。誰もいない。みんな本棟か渡り廊下にいる。


「じゃあ、ここで」

「うん」


 結乃が腕組みを解いて、すぐそばに来た。俺はわたあめを持ったまま、左手だけで結乃を引き寄せる。


 唇が重なる。

 とても甘い。

 わたあめを食べていたから、砂糖で満たされる。


 結乃は目を閉じていた。

 俺も目を閉じる。


 暗くなった視界の中で、結乃の唇だけを感じる。


「ん、ん……」


 結乃があえぐようにして離れた。


「あ、危なかった。息ができなくなるところだったわ」

「ふうっ、夢中になっちまったな」


 俺たちは顔を見合わせ、同じタイミングで深呼吸した。自然と笑いがこぼれる。


「前のキスより甘かったわ」

「わたあめのせいだな」

「こういうのも、いいかもね」


 恥ずかしそうに笑う結乃に、俺はうなずきを返した。


 午前中からキスをしてしまった。

 俺のプランでは、後夜祭が終わったあとに切り出すつもりだったのに。


 でも、こんな形もありだ。


 一日に二回キスをする。

 そんな日があってもいいと思う。早くも、俺は夜が待ち遠しくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る