75話 クッキーを作ってみた
「なんか、みんなにも気をつかわれてるような……」
「まあ、もう公認になってるからなぁ」
帰り道。
俺と結乃は話しながら歩いていた。
三学期が始まって数日が経ち、今日は修学旅行の班を決めた。
俺たちはあっけなく同じ班に入れてもらった。
メンバーには星崎がいて、男子は仲のいいグループでうまく固まったようだ。
「くじ引きじゃないのはある意味で正しいのかもな」
「そうね。気まずい関係の人とあちこち回っても楽しくないだろうし」
その結果、割り振りはうまくいったようだった。
俺は石山と違うグループなので、班に仲のいい男子はいない。結乃がいるから大丈夫と見られているのだろうか。
「沖縄は一月でも暑いらしいわ。薄着も用意しておかないとね」
「俺はいつも着てるジャージを持っていくつもりだ」
「家ではジャージなの?」
「楽だからな。夏は甚平だが」
「そこは風雅らしいわね。甚平といえば、水族館が楽しみね。ジンベイザメ見てみたい」
「一緒に見ような」
「うん」
いつもの十字路を渡っていく。
「なんか、うちまでついてくるのが当たり前になってるけど」
「彼女を家まで送り届けたい性分なんだよ」
「あなたも莉緒に負けず劣らずおせっかいよね」
「そのぶん色んな話ができていいじゃないか」
「お話なら毎日してるのに」
「もしかして飽きてるのか?」
「そ、そんなことないわ。ネガティブに受け取らないで」
「繊細だから不安になりやすいんだ」
「あらら、風来坊な風雅はすっかりどこかに消えちゃった」
「そういえば、そんな風に名乗ってたこともあったなぁ」
遠い昔のように思える。
結乃と出会うまでは、出席日数が危うくなるギリギリまで休みを挟んでいくつもりだった。なるべく散歩に使う時間がほしかったからだ。しかし、今はそんなこと、これっぽっちも考えない。
「いつもの散歩もいいけど、今は隣に結乃がいる方が安心するんだ」
「あたし、結局歩くスピードはそんなに変わってないけどね」
「いつか、トレーニングしてるとか言ってなかったか?」
「冬になっても頑張ってたんだけど、転んでひねってからは走らなくなっちゃって……」
結乃は恥ずかしそうに笑った。
「まあ、無理することじゃないからな。俺が結乃に合わせる方がきっとうまくいくよ」
「散歩のプロが相手だと、歩くだけでも色々考えちゃうわね」
「散歩はそんな難しく考えるもんじゃないぞ」
結乃の家が見えてきた。玄関の前で、俺は足を止める。
「じゃあまたな」
「待って。少し上がっていかない?」
「いいのか?」
結乃がうなずいた。
俺はお言葉に甘え、家に入った。
結乃はバッグを置くと、制服のまま台所に向かった。
こたつの前に座って待つ。
すぐに結乃が戻ってきた。タッパーを持っている。
「これ、昨日焼いてみたんだけど」
タッパーに詰まっていたのはチョコレートクッキーだった。犬の形。おそらく柴犬を意識した型だろう。
「よかったら試食してもらえない?」
「もちろんだ」
早速一枚つまんで口に入れた。
「おいしい!」
「ほんと?」
「ああ、すごくいいよ。さくさくしててしっかり甘い。うん、これはどんどん食べたくなるな」
そう言って、俺は二枚三枚と食べていく。
甘い……。
軽い食感に甘さが乗って、最高に食べやすい。
学校帰りに彼女の手作りクッキーをいただく。なんて幸せな生活。やっぱり毎日送っていてよかった。
「ふふっ、すごくおいしそうに食べてくれるわね」
「マジでうまいからな。結乃は食べないのか?」
「あたしは昨日、作った時に味見したからいいの」
「そう言わずにさ。ほら、俺が食べさせてやるよ」
「え、ええっ?」
つまんだクッキーを結乃に差し出す。
結乃はちょっとためらうそぶりを見せつつも、ぱくっと口に入れた。
「うん、ちゃんとカリカリしてる。うまくできたかな」
片方だけほっぺが膨らんでいる結乃もかわいい。
「これ、袋に詰めるから持って帰ってね」
「本当にいいのか?」
「お餅のお返しよ。あと、これからもっと上手に焼けるようになるから見てなさい」
「いいね。楽しみにしてる」
ジッパー付きの袋に入ったクッキーを受け取り、俺は結乃の家を出た。
歩きながら食べたいところだが、そこは我慢だ。
これは自分の部屋で味わいたい。
同時に、ちょこっと気になった。
……修学旅行の時も、これ持ってきてくれるかな?
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