2話 人気者の友達は大変

 鏑木結乃。

 しっかりその名は覚えたぞ。


 俺は教室に入ると、クラスメイトたちを見渡した。


 鏑木は黒板側の出入り口の近くにいた。そこが星崎の席なのだ。他に二人女子がいて、四人で楽しそうに話している。


 星崎は右手を口に当ててクスクス笑う。どこまでも上品だ。


 鏑木もずっと笑顔で話している。さっき俺に向けてきたどぎつい目つきはなんだったのか。そんなに恨まれているのか。くそっ、最初から好感度の低い相手に向かっていくのは骨が折れそうだ。


 授業が始まる。

 数学、世界史、家庭科……。どの教科でも担当教師が俺を見て「道原君、今日はちゃんといるね」と言った。どこかで忍び笑いが漏れる。ほっといてくれ。


     †


「風雅、お前ネタにされすぎだろ」

「いちいち言われたくないんだがな」


 放課後、俺は石山と一緒に昇降口へ移動していた。


「でも休みまくるってのはそれだけ目立つってことだから」

「出席確認なんて席を見ればわかる話じゃないか。毎回学級委員長に申告させるなんて体質が古いんだよ」


 そのせいで鏑木に敵視されているし。


「ま、鏑木さんに惚れたんなら学校来た方がいいぜ。あの人、今のところ皆勤賞だし、毎日会える」

「そうするか」

「おっ、めずらしく素直」

「恋は人を変えるな」

「ははは、気持ちわりぃ」

「おい」


 俺は石山に不意打ちタックルを仕掛ける。食らった石山は「悪質な奴め」と笑った。


 こいつは中学生の時からの友達だ。

 中学はクラス替えがないので三年間一緒だった。なぜ気が合ったのかはわからないが、いつでも行動を共にしていた。

 進学しても同じクラス。高校ではクラス替えがあったがまた一緒。縁とはこういうものなのだろう。


「じゃ、また明日な」

「おう」


 石山と校門の前で別れた。帰る方向がこの時点で逆なのである。


 久しぶりの学校は疲れた。息が詰まる。やはり俺には自由気ままにふらつく生活の方が合っている……。


 校舎の時計を見ようとして、俺は振り返った。


「ん?」


 鏑木が、二人の男子と一緒に校舎裏へ向かうのが見えた。

 俺の圧倒的視力が捉えた情報は、鏑木がつらそうな顔をしているという重要なものだった。


 ――もしかして告白されるのか? だが二人いたぞ……。


 気になったので追跡することに決めた。

 校舎の側面に回り込むと、学校所有の水田がある。その脇に物置があって、手前の草が曲がっていた。


 ――そっちか。


 俺はゆっくり近づいていく。


「ねえ、教えてよ」

「い、いやです」

「なんで? 倉島には教えてあげたって話じゃん。なんで俺はダメなの?」

「く、倉島先輩は委員会が同じで面識が……」

「面識なきゃ教えてもらえないの?」

「だ、だから、その……」


 物置の裏から会話が聞こえる。

 メールあるいはなんらかのアプリの連絡先を交換しろと迫られているようだ。

 鏑木が敬語を使っているところから、相手は三年生とみた。


「失礼しまーす」


 俺は迷わずそっちへ出た。

 鏑木は壁に背中を当てていた。三年生二人に逃げ道を封じられている形だ。


「なんだお前」

「女子相手に二対一は卑怯じゃないのか? 連絡先を教えてもらいたいなら、仲間に頼らず一人でいくべきだと思うが」

「誰だこいつ。見たことないな」

「確かに」

「なかなか学校に来ないんでね」

「まあなんでもいいや。どっか行けよ」

「そうはいかない。俺は困ってる人を放っておけない人間……でもないけどこれだけは見過ごせない」

「み、道原君……」


 おお、鏑木に名前を呼んでもらったぞ。しかもちゃんと君つけてくれるのか。嬉しいぜ。


 じっと睨み合っていると、鏑木に迫っていた男子が舌打ちした。


「……冷めたわ。帰ろうぜ」

「い、いいのかよ」

「今日はいい」


 お供の三年男子は相方の変化に戸惑った様子だ。

 結局、二人はつまらなそうな顔で帰っていった。


「大丈夫か?」

「う、うん……」


 鏑木は天を仰いで大きく息を吐き出した。


「連絡先を聞かれるなんて、鏑木もけっこうモテるんだな」

「はあ? 違うわよ」

「違う?」

「あたしが訊かれたのは莉緒の連絡先! あたしがいつも莉緒と一緒にいるから聞き出そうとしてくる奴がいっぱいいるの!」

「そ、そうなのか」


 あの三年の目当ては星崎の連絡先だったのか。当人に訊く勇気がないから周りから詰めていこうという戦略。そんな手を考える奴がいっぱいいる? この学校ひどいな。


「人気者の友達も大変だな」

「関係ない奴は気楽でいいわね」

「別に煽ったわけじゃない。それより、俺って恩人じゃないのか? 妙に刺々しく感じるんだが?」

「自分でそういうこと言う!? ますます評価が下がったわ!」


 好感度、さらに減少。恋愛とは難しいものだ。


「じゃあ、下降ついでに教えてほしいことがあるんだが」

「どんな開き直りよ……どうせあなたも莉緒のことが聞きたいんでしょ」

「連絡先を教えてくれないか」

「さっきの先輩との会話聞いてなかったの? あたし断ってたでしょ?」

「そうじゃない。俺は鏑木の連絡先を教えてほしいんだ」

「あたしの? ど、どうしてよ」


「惚れたから」


「は、はああああっ!!??」


 全力で引かれた。


「急だとは思っている。だが自分の感情が抑えられないんだ」

「今日初めて話したばかりじゃない! なんでそうなるの!?」

「目を見た瞬間、好きになった」

「きも……いえ、一応恩人だからそういうのはよくないわね」

「そのフォロー、逆にきついんだが?」


 いつの間にか鏑木の顔は赤くなっていた。


 戸惑っている様子の彼女だったが、やがて自分を取り戻したらしく、俺にビシッと人差し指を突きつけてきた。


「話したこともない相手を好きになる男なんて信用できない! 連絡先は教えられないわ!」

「そうか……」


 鏑木は俺の横を通り過ぎていく。


「で、でも」


 足音が止まった。


「助けてくれたのは、嬉しかった。まあ……ありがと」


「お、おう」


 振り返ると、鏑木もこっちを向いていた。


「明日もちゃんと学校来てよ。莉緒に迷惑をかけないように。じゃあね」


 一気にしゃべると、鏑木は走って校舎の方へ行ってしまった。


 好きだと伝えたことに後悔はないが、手を間違えた感はものすごかった。初手に香車を一マスだけ進めるくらいの悪手だった気がする。


 まあ、いい。

 俺は自分の直感にしたがって生きてきた。

 直感こそ風来坊の最大の武器。

 俺の直感は嘘をつかない。

 だから、鏑木結乃が好きという感情が消えることは絶対にない。


 まだ二年生の春だ。

 これからじっくり仲を深めていけばいいさ。

 俺は気楽に考え、学校を離れた。

 今日は河原を歩いて帰ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る