77話 修学旅行 その2

 修学旅行二日目。

 各クラスごとに朝食だ。


 バターロールを中心に食べて、食堂を出る。

 暑いらしくシャツ一枚の奴が多かった。


 女子もみんな薄着なので、こうして集まっているところを見ると若干の気まずさを感じてしまう。思いっきり見ている男子もいるが……。


「やあ道原君」


 廊下で松橋と会った。

 朝だからか、まだ三つ編みではなくロングの髪をまっすぐに下ろしている。


「どうかした?」

「三つ編みじゃない松橋は初めてだから新鮮で……」

「これから準備していつもの松橋になるよ」

「そうか。もう食べたのか?」

「うん。小食だからすぐ食べ終わった」


 つんつん、と人差し指で脇腹をつつかれる。


「今日は見せつけてこないのかい」

「結乃が調子よくなさそうでな」

「それは残念。拝ませてもらおうと思ったのに」

「拝んでどうするんだよ」

「幸福を分けてもらおうかと」

「ばらまくほどの成分は出てないと思うな……」

「そうかな? わたしは学校で道原君と鏑木さんを見ると、「今日も幸せそうにやってるなあ」って色んな気持ちがわき上がってくるけど」

「見せつけてるつもりはないぞ。ただ、話し始めるとだんだんテンションが上がってきてだな」

「いいよいいよ。こっちが勝手に見てるだけだから。まあ、今日はぴったりくっつければいいね。じゃ」


 言うだけ言うと、松橋は部屋へ行ってしまった。


 俺は頬を触った。……赤くなってないよな?

 松橋もシャツ一枚だったせいでかなり主張していた。普段は制服だからわからないが、松橋は大きい方だと思う。って、こんなことでドキドキしていたら結乃に怒られてしまうぞ。心を静めよう。


     †


「風雅、おはよう!」


 制服に着替えてバスの前に立っていると、結乃たち女子グループがやってきた。ブレザーを着ている人はほぼいない。


 結乃の顔色はよさそうだ。一晩眠って回復したらしい。


「おはよう。今日は大丈夫そうだな」

「何日も引きずるほど弱くないわ」


 えへんと胸を張る結乃だった。


「昨日はあんなに弱気だったのに」

「うっ……ぐ、具合悪い時くらいは弱気になるわよ」

「暗い顔するなって。俺はどんな結乃でも好きだから」

「ちょ、ちょっと、みんないるんだからね」

「聞こえてないよ」

「うう、落ち着かないわ……」


 結乃は顔を赤くしていた。その少しうしろの方で、星崎がサムズアップしている。……聞こえてた。


     †


 二日目は沖縄の歴史を学びつつ、最後に水族館という形だ。


 実は長野県、水族館がほぼないのである。

 海に面していないからなのか、検索しても南部に一カ所しか表示されない。


 俺たちの住んでいる北側はゼロで、水族館へ行くなら新潟県に行く方が早いのが現状だ。


 なので、水族館に入る機会は貴重なのだ。


 沖縄で一番有名と思われる水族館にやってきた俺たちは、班ごとに見て回ることになった。


 ……こういうのって最初のうちはグループで動くけど、だんだん分裂していくんだよな。


 俺の予想通りで、班で固まっていたと思ったら、徐々に人が減っていった。まず男子が仲のいい連中で分離し、女子も一カ所にくっついているので置いていく、という形になった。


「じゃあ、私たちも向こう見に行こっか」


 巨大な水槽の前で星崎が言った。


「そうだね」「行こうか」


 周りの女子がうなずき、離れていった。


「……」


 俺と結乃だけがその場に残った。


「莉緒の好意は受け取らないとね」

「そうだな。……でも、他に人もいるし何もできないぞ?」

「いいんじゃない? 一緒に見られれば」

「……それもそうか」


 俺たちは水槽を見上げた。


 様々な魚が泳いでいる。

 エイが目の前を優雅に横切っていく。


 写真で見るより、動画で見るより、どの魚も美しく見えた。


 右上の方から大きな影が降りてくる。

 ジンベイザメだ。

 この水族館の目玉。


「おっきい……」


 結乃がつぶやいた。


「やっぱ、実物は迫力が違うな」


 俺はジンベイザメに視線を送りつつ、左手を動かした。結乃の右手を取って、しっかり握る。


「あ、風雅……」

「このくらいなら、みんな許してくれるだろ」

「……そうね」


 結乃が握り直してくれたのがわかった。


 平日にも関わらず、館内は大勢の客が入っている。たぶんこの時期は繁忙期ではないと思うのだが、それでも多い。


 館内の照明は抑え気味なので、少し薄暗い。

 だから手をつなぐにはちょうどいい。

 まあ、他の客に見られたからなんだって話だけどな。

 一度しかないかもしれない機会だ。

 彼女のぬくもりを感じながら見ていたいと思うのが俺の本心。

 見せつけているわけではない。

 許してもらおう。


「いつまでも見ていられるわね」

「ああ。……あのエイ、めちゃくちゃこっち来るな」

「楽しませてくれてるのよ」

「そりゃ、サービス精神旺盛でいいな」


 結乃が小さく笑った。


 少しのざわめきと、薄暗い空間。

 その中で、俺はずっと、強く握られた結乃の手の温度を感じていた。

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