ラッキー砲 一

 起床と身支度を終えて以後は、昨日と同様にお仕事と相成った。


 部屋の清掃については早々に終えられるはずもなく、本日の晩まで掛かるとのこと。慌ただしくも部屋に出入りする清掃業者をマンションに残して、我々はリムジンに乗り込み移動することになった。


 行き先は姉妹曰く、本部とやら。


 そこで本日、ラッキー砲が発射されるとのこと。


 位置的には彼女たちの自宅を出発してから、自動車で下道を二、三十分ほど。つまり同じ都心部である。それも都内において取り立てて地価の高い、尚且つ居住には適さないオフィス街の一等地である。


 郊外に設けられた神社だとか、お寺だとか、そういったロケーションを想定していた自分としては、完全に面食らった格好だ。まさか昨年に竣工したばかりの超高層ビルが、人外連中の巣窟になっていたとは想定外だ。


 近代建築技術の粋を集めて作られたという触れ込みは、完成から数ヶ月を経て尚も世間に響きが良い。電波塔の類いを除いたのなら、高さでも、総面積でも、二位を大きく引き離して国内トップを飾る建造物である。


「マジか……」


「何を呆としているの? 行くわよ」


「あ、あぁ、うん」


 自慢のつもりなのか、リムジンはわざわざ建物の正面玄関前に停車した。この規模の建物なら、地下にデラックスな車受けのスペースが用意されていそうなものだ。いちいち人目のある場所を通る必要もないと思う。


「すげー、初めて見たわ……」


 下車して早々、立派過ぎる軒構えに貧乏人は唖然。


 以前耳にしたニュースによれば、この建物に入っているのは国の一部省庁や、大手有名企業の有力事業部、更には海外からの賓客を迎えるような一流ホテルなど。一般人には一生に一度として縁のないものばかり。


「ふぅん? こんなものが珍しいの? これだから貧乏人は嫌よねぇ」


「わ、悪いかよっ、ビビってて悪いかよっ!?」


「でもさぁ、お姉ちゃんも最初に見たときは感心してたよねぇー?」


「ちょ、ちょっとハイジっ!」


「いやいや、分かるよその気持ち。デカイもんこれ」


「べ、べ、別に貴方に同意してもらっても全然嬉しくないわよっ!」


「おうおう、それじゃあ早く中に行こうよ。めっちゃ気になる」


「ぐっ……」


 正面玄関前とあって、周囲にはスーツ姿の大人が沢山だ。


 誰も彼もは唐突にも停車したリムジンと、そこから姿を現した金髪ロリ美少女の姿に注目である。本日のエリーザベト姉妹はクラシックなドレス姿。姉が黒で妹さんが白。例によって例の如く、色違いの同一デザイン。


 ちなみに俺は何とかという有名メーカーのスーツだそうな。


 それまで着ていた服が血まみれになってしまったので、彼女たちにねだって用意してもらった。スーツを頼んだつもりはなかったのだけれど、勝手に音の張りそうなおべべが出てきたのである。


「あ、千年忘れたっ! 千年! 千年!」


 車内に千年を忘れていた。


 慌ててリムジンに戻る。


 座席ではスースーと眠る褐色ロリータ氏。


 ちなみに彼女も衣服を一新している。何とかという有名な人がデザインした和服だ。紅色の生地に艶やかな白の刺繍が目を引く。妹さんに和服で注文を入れたところ、それならと渡された次第である。


 元々は姉妹の為に送られたものなのだろう。


 都合良く子供用の和服が手に入るとは思えないし。


「おーい、おきろー、ちとせー」


「んぅ……」


「おきろって。着いたぞ-」


「ん? あ、なんだー?」


「とりあえず、車から降ろすからな」


「うお?」


 千年を抱きかかえて車から降りる。


 伊達にロリータしていない。とても軽い。身体能力が急上昇中の自分なら、片手でも容易で持ち上げられる。プニプニとした柔らかい肉の感触も、余裕を持って味わえるし、さらさらとした肌の滑りの良さも、偶然を装い自然と愛でられる。


「早くなさい、置いて行くわよっ!」


「おう!」


 寝ぼけ眼な千年をお姫様だっこで抱えて、陰キャは姉妹の後に続いた。




◇ ◆ ◇




 正面玄関を抜けて続くエントランスへ進む。


 高級ホテルのそれを思わせるフロアは、姉妹の自宅マンションと比較しても何ら遜色ない。規模で言えば遙かにこちらの方が大きい。また、そこらかしこに警察官の姿が確認できた。特別警戒中というやつだろうか。


 そうした只中をピシっとしたスーツ姿が右往左往している。この手の雰囲気に慣れない貧乏人には、とても物々しい空間に思える。一歩を踏み込んだ瞬間から、誰に何を言われた訳でもないのに緊張してしまう。これがエリート社会の一端かと。


「何を呆としているの? 行くわよっ」


「お、おぅ」


 周囲から寄せられるのは、相変わらず奇異の視線。


 フロアには俺たちの他に、未成年の姿は窺えない。誰も彼も大人。とはいえ、それだけでジロジロと視線を向けられることはないだろう。理由の大半は共連れとなるロリータ三名の存在で間違いない。


 やはりエリーザベト姉妹は可愛すぎる。これに加えて更に、角付き褐色ロリータが和服を着用の上で同伴ともなれば、誰だって気になるだろう。俺だって気になる。写真の一枚は撮りたくなる。


 他方、本人たちは周囲からの視線にもそ知らぬ顔。我関せずズンドコと先に進んでゆく。こうしたシーンも彼女たちにとっては日常なのだろう。千年は千年で半分眠っているし、結果として俺が一人で居たたまれない気分になっている。


「あの、どこに向かっているんッスかね?」


「黙って付いてこようねぇー?」


 妹さんの有無を言わせぬ笑顔。


 返す言葉もございません。


 そのまま言葉少なに歩むことしばらく。両脇を警察官に固められた、駅の改札を思わせるゲートを発見。本来なら相応の認証作業が入るのだろうが、これをエリーザベト姉妹は顔パスで通過した。


 途端に周囲から人の気配が無くなる。


 どうやら一般人は立ち入り禁止の区域みたいだ。


 ゲートを越えた先、少し歩んだところにエレベータを発見。


「相変わらず直通ですか。専用のエレベータですか」


「悪いかしら?」


「お金持ちは嫌いッスね。思わず嫉妬してしまう」


 俺、自宅の安アパートに帰りたくない。


 安酒で酔っ払う日々に戻りたくない。


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。私も貧乏人は嫌いよ?」


「ごめなさい、嘘を言いました。大好きです。ヒモになりたいです」


「自分の食い扶持も碌に稼げない男に何の価値があるのかしら」


「ひぐっ……」


 チンッという軽い音と共に、エレベータが我々の前に到着した。


 これに乗り込み一同は上階を目指す。


 停止階を示すスイッチの一覧には、地上一階の他に地下五階と、地上百十二階の文字だけがある。カゴの大きさは四畳半くらいだろうか。調度品に飾られた空間は、まるで普通の部屋のようだった。


 端には腰を掛ける為のソファーすら設けられている始末だ。


「スゲェ、普通に生活できるじゃん。このエレベータ」


「それなら今日から貴方はここで生活なさい? 貸し切って上げるから」


「いやいやいや、貸し切っちゃ駄目でしょ。他の人が使えないし」


「今のところ私たちくらいしか使わないから、なんら問題ないわね」


「……妹さん。アンタのお姉さんが俺に対して辛く当たるんですが」


「普通じゃない?」


「そっすか」


 千年が眠っているので、どうにも相手に勢いがある。


 トゲトゲしさが従来比二倍といったところ。


 目的階までの所用時間は二、三分ばかり。ソファーが付いている理由を理解した。手持ちぶさたに妹さんと軽口を交わしていると、再びチンッと軽い音が響く。ドアが開いた先には廊下が続いていた。


「こっちよ」


「うす」


 エリーザベト姉に導かれてフロアを歩む。


 足元にはふかふかの絨毯が敷かれており、靴で踏みしめることに違和感を覚える。照明も値の張りそうな間接照明が並び、曲がり角やら何やら、要所には壺とか絵画とか、高級そうな調度品が並べられている。


 普通の建物と比べて廊下も幅広に作られており、天井も高く五メートル近い。


 多少ばかり歩んだところで、到着したのは大きな観音開きと思しきドア。結婚式場に眺める教会の出入り口的な雰囲気を感じる。ドアハンドルも非常に厳ついものが、俺の胸元ほどの位置に取り付けられていた。


「着いたわ。ここよ」


「すごいラスボス感なんだけど」


「無駄に豪勢だよねぇー」


 エリーザベト姉が懐から端末を取り出した。これを指先でサラサラと弄くるのに応じて、目の前のドアがゆっくりと開き始める。どうやらカギの代わりらしい。流石は最新のビルディング。ハイテクだ。


 ちなみに横開き。


 徐々に明らかとなっていく室内の様子は、自分が想像した以上のもの。広さとしては何百平米とある。部屋と呼ぶには違和感を覚える巨大な空間。天井も我が母校の体育館に喧嘩を売って勝てるほどに高い。


 そして、そこにズラリと並んだ数多の人外。


「っ……」


 反射的に身体が強ばるのを感じた。


 幾十、幾百と人間以外の者たちが集まっていた。






---あとがき---


今月15日、近況ノートを更新しました。

https://kakuyomu.jp/users/kloli/news/1177354054897067992

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