遭遇 一
自宅の最寄り駅に到着する頃には、既に日が暮れていた。
夕食を摂っていなかったので、直帰せずに近所のコンビニへ寄り道。そこで弁当を購入すると共に、普段は同じ棚にあっても目を向けない、少し高めのお酒を手に取る。人生残すところ六日。奮発して白州とジャックダニエル、他数本を購入する。
ビニール袋は普段の二倍から三倍ほどに膨れた。
年齢確認だ何だと面倒なところは、店員と顔馴染みなので問題ない。中学校の頃の先輩で二つほど年上だ。高校を中退の上、ラノベ作家で成功するという夢を追いかけて、フリーターをやっている。ぶっちゃけ負け組の見本だな。
しかし、夢を追いかけながら挫折する前に、みんなで仲良く全滅するのだから、ある意味では幸せな人生と言えるのかもしれない。自分を押し殺して受験だの就活だのしている人たちからすれば、勝ち組と称しても過言ではない。
そうして考えると、なんとも複雑な気分である。
とてもではないけれど、自分の人生を振り返る気にはなれないな。
「ありあしぃたぁー」
聞き慣れた挨拶を背に店を後とする。
人通りも疎らな住宅街を歩む。
時刻は午後七時を過ぎている。昼の長い夏場であっても、空には星の爛々と輝く様子が窺える。外灯には明かりがともされていた。これに集る羽虫の類が、カツンカツンと不規則な音を立てては、一帯の静けさを殊更に際立たせる。
なんか嫌な感じ。
こういうときは得てして、良くないものが見えたりする。
臆病者は少しばかり歩調を早めて、帰路を急いだ。
さっさと帰って酒を飲みたい。お酒を飲みたいんだよ。
が、出会った。
「あ、昨日の人間じゃん」
「…………」
ちょうど角を曲がった先、二、三メートルの地点。
外灯の下に置かれた大きめの段ボール。
昨日と同じヤツだ。
そして、これに収まった幼女は、どうしよう、見覚えがあるじゃない。
しかもコイツ、今まさに見えている。
自分だけじゃない。
普通に“誰も”から見えている。
なにやっちゃってるのよ。
「なーなー、また酒くれよ」
段ボールの箱に収まったまま、こちらを見つめてくる。両手を縁において、その間に顎を並べて、ジッと凝視してくる。ちょっと可愛いけど、凄く可愛いけど、俺は騙されねぇぞ。このプリティーが。
チラリとも視線を向けず、段ボールの前を素通り。
道を歩いてたら、ヤクザの車が車道脇すぐ近くに止まって、おい兄ちゃん、この腕時計を買ってくれねぇか? 三万、いや、一万でいい、なんなら五千円でも、とか言ってくるタイプの詐欺あるだろ。あれと同じだ。
「なんだよ。昨日、助けてやったじゃん。無視すんなよ」
「…………」
昨日と今日では状況が異なる。
鬼なんかと関係を持って、良いことなんて、万が一にも有り得ない。
つい数刻前にも、同じ鬼仲間の吸血鬼に脅されたばかりだ。
ちなみに先の恐喝系吸血鬼が洋服姿であったのに対して、こちらの鬼っ子は和服を着用している。臙脂色の生地に白で桜の花が描かれた一着だ。かなり着古したものらしく、あちらこちらが摩れていたり、解れていたりと、残念なところが目に付く。
「おーい、そこの人間っ」
「…………」
背後を振り返らず数メートルばかりを歩む。
このまま逃げ切る算段。
「酒くれないなら殺しちゃうぞ」
「……っ」
しかし、無視しきれずに即座Uターン。
段ボール箱の前まで自らの足に戻る羽目となる。
最近、自身の命をベットにする機会が多過ぎて嫌だ。
「……な、なんですかね?」
もみ手と共に尋ねる。
頬肉の引き攣るのが、自分でもよく分かった。
「酒くれよ、酒。昨日くれたやつ、あれウマかったんだよ」
「あぁ、酒ね、酒、酒……」
ニコーっと、良い笑顔で言ってくれる鬼っ子。
命には代えられない。
購入したばかりの酒を一瓶、ビニール袋から取り出す。レシートに記載された額の一番に安いヤツだ。それでもIWハーバーなんて、普段は滅多に飲まないのだから、見ず知らずの鬼にくれてやるには勿体ない。
「なんだこれ。昨日と違う」
「昨日のヤツより高い酒だよ」
「おお、そうなのか」
酒瓶を手渡す。
鬼の双眸がキラリ、外灯の明かりを受けて輝いた。
まるで宝石のような金色の瞳。
「んじゃ、俺はこれで……」
そそくさと段ボール前を後とする。
だが、シャツの裾を掴まれて数歩と進まずに停止。
ズズズと地面に擦れて動く段ボール箱。
「せっかくだし一緒に飲もう、人間」
「えー……」
「一緒に飲まなきゃ殺すぞ?」
どこまでが本気なのかと問い掛ければ、きっと、一字一句全てが本気だと答えるのだろう。人外とはどこまでも理不尽な存在だ。人間なんて、コイツらと比べれば、酷くちっぽけで弱々しいしい生き物なのである。
結果、自宅に幼女を連れ込む羽目となった。
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