変質者 三
「ところで、俺を言及するより先にやることがあるんじゃない?」
「なにかしら?」
「姉妹揃って人のこと山の中に置いてけぼりにしやがって、マジで死ぬかと思ったわ。背中が凍り付いたときの絶望感ったら、アンタ、俺だって日本刀を振り回しながら、町内を走り回りたくなるくらいに怖かったんだからな?」
「別にいいじゃない。助かったんだから」
「よくねーですよ。痛いモノは痛いんだよっ」
「なら走れば? 町内を」
「いやいやいや、アンタと一緒にしないで下さい」
「っ、そ、それを言わないで頂戴っ!」
なんかムカつくから、当面はこのネタで弄ってやろう。
アル中はここに強く誓う。
「あと、一つ確認したいことがあるんだけど」
「……なによ?」
「青梅のケサランパサランって、雪女の雪の見間違いじゃね?」
「…………」
返答はなかった。
恐らくこの女も、薄々は感づいていたのだろう。そもそも大量のケサランパサランなど、そう見つかることはない。大抵の場合は一つか二つ、ふんわりと路上に漂っているのが、同人外のメジャーな遭遇スタイルだ。
「ミスったでしょ?」
「な、何のことかしら?」
この変態吸血鬼、この期に及んでしらばっくれるつもりか。
表情の変化を受けて、ピエロのペイントが妙な崩れ方をしているぞ。
「まあ、もういいよ。そっちが無能ってことは十分に理解したから」
「ちょっと待ちなさい!? それは私を侮辱しているのかしら?」
「それは自らの能力を自身で評価した上で、結論を出して下さい」
「…………」
しばしの沈黙。
何やら考える素振りを見せるドイツ人吸血鬼。
その後、彼女は今一度、確認するように問うてきた。
「……やっぱり、馬鹿にしているわね?」
「俺はアンタの脳味噌の行方が心配だよ」
「こ、殺すわ。やっぱりこの場で殺してしまうわっ!」
「だから何されても死なないし。さっき説明した通りだから」
「ぐっ……」
よかった、不死で。
そうでなければ、きっと本当に殺されていた。このあたりの温度差が、決して冗談では通じない人外ってやつだと思う。もしもこちらが不死でなければ、先方は手にした日本刀を振り下ろしていただろう。
しかし、彼女の顔のペイント、落ち着いてみるとクオリティ高い。
せっかくだし、記念に写真を撮っておこう。
憤る金髪ロリ吸血鬼を正面において、適当に相づちなど打ちながら、俺はズボンのポケットをゴソゴソとやる。取り出したるは先方から支給された最新鋭の端末。画素数が半端ないから、きっと綺麗に取れるぞ。
「……なによ?」
これを正面に掲げて、いざ写真撮影。
夜道にフラッシュが瞬く。
ピロリンと小気味良い電子音が鳴った。
「ちょ、あ、あなたっ、いきなり何してるのかしら!?」
パシャリと炊かれた輝きに目を細めて、キーキーと抗議の声を上げる。長いこと屋外を徘徊していた為、目が暗がりに慣れていたのだろう。急に光を与えられて、熱いモノにでも触れたように、金髪ロリ吸血鬼は半歩後ろに下がる。
「記念撮影?」
「勝手に撮ってるんじゃないわよっ! け、消しなさい! ただちにっ!」
「嫌だよ。勿体ない」
「勿体ないって、貴方、それを何に使うつもりっ!?」
「俺ってほら、ピエロフェチだからさ? それにアンタ可愛いし」
「なっ……」
ピエロは愕然とした。
更にはスーツのジャケットの上から、爪先で二の腕の肌をボリボリと掻き始める。何事かと目をこらしてみれば、裾から覗く先、手の甲にはビッシリと鳥肌が立っていた。暗闇でも分かるほどにハッキリと。
「じょ、冗談でも止めて欲しいわっ! あぁっ、気持ち悪いっ!」
「え、えぇー……そんなに嫌なもの?」
「当然でしょうっ!? 消しなさいっ! 今すぐにっ! でなければ、本当に殺すわよ? たとえ肉体を殺せなかったとしても、その精神を殺すわ。もう二度と私の前に立つことができないほどにっ!」
「いや、まぁ、うん……」
ここまで拒絶されると、罪悪感が大きい。
素直に撮影した画像を消した。
削除に応じて、ピロリンと小さく電子音が音が鳴る。
でもこれ、もしも俺がイケメンだったら、反応は違ったんだろうな。
だって相手は、隕石衝突が怖くて深夜徘徊で通り魔しちゃうようなキチガイだ。チンポッポと鳴いてしまうようなメンヘラ女だ。こんなの絶対にお股の緩いヤリマンでしょう。ビッチ認定、待ったなしである。
ヤリマンに拒否られるとか、精神的に響くよな。
「最悪ね。本当に最悪だわ」
「冷静に言わないでよ。胸が痛いんだけど」
「いい気味だわ」
「けどまあ、アンタの頼りなさと人間臭さには安心したよ」
「ど、どういうことかしら?」
「以前会った吸血鬼は相当ヤバかったから。少し気が楽になった」
「吸血鬼の知り合いがいるの? どこの眷属よ」
「さぁ?」
「聞かなかったの?」
「そう長い時間を一緒にいたわけじゃないし」
「ふぅん。それってこの町でのことかしら?」
「いいや、隣の町だけど」
「……隣町? この辺りは私たち姉妹の縄張りなのだけれど」
「そういう意味だと、特定の土地を根城にしている訳じゃないっぽい。アンタら吸血鬼って縄張り争いが激しいんだよな? その人に聞いたよ。そういうのが面倒だから、あっちこっちを彷徨ってるって言ってた」
「あぁ、流れ者の吸血鬼ね。それなら納得だわ」
「でなきゃ不用意に転校してこないって訳だ」
「そういうことよ。貴方も多少は私たちに理解があるようね」
「まあねぇ」
身体が弱い分だけ、知識で補うのが我々人間の処世術でございます。化け物連中と対等にド突き合う変態は、全体からすれば圧倒的に少数派。多くは知恵と根性、後は小手先の技術とで細々と日々を生き抜いている。
「ところで、俺はコンビニに行く途中なんだけど、もう行ってもいい?」
「どうして私に許可を取るのかしら?」
「アンタがいきなり襲ってきたんでしょうに」
お酒の調達が遅れると、鬼っ子の機嫌が崩れそうで怖い。
目の前の相手より、むしろあちらの方が化け物としては恐ろしい。
「あら、そうだったわね」
「んじゃ」
「ところで、あの餓鬼はまだ貴方の家にいるの?」
「……いるけど、なんですかね?」
「少し確認したいことがあるのだけれど、一緒してもいいかしら?」
「嫌」
俺が思うに、アイツとコイツは非常に相性が悪い。
そんな気がする。
「こんな可愛らしい美少女の頼みを断るの?」
「今は変態ピエロだけどな」
「っ……」
よくまあ先程までの言動をなかったことにして、こんなにも普通に会話を進められるもんだ。その切り替えの早さは褒めてもいいくらい。自分だったら全力で逃げ出すね。羞恥から自宅に籠もって、向こう数日は出てこられないだろうさ。
どんだけ前向きなんだよ、エリーザベト姉。
「んじゃ、そういうことで」
「いいから連れて行きなさい! 力尽くで乗り込むわよ!?」
「そうか、GPSか……」
「ええ、そういうこと」
自分の力ではない癖に、したり顔の金髪ロリータ。
なんて苛立たしくも可愛らしい。
可愛いっていうのは卑怯だよな。
もしも同じことを不細工なオッサンがやったら狂気だもの。
「好きにすればいいじゃん」
「そうして最初から、素直に頷いておけばいいのよ」
「だけど、喧嘩はしないで下さいよ?」
「しないわよ。あんな餓鬼を相手にみっともない」
「……ならいいけど」
何の因果かエリーザベト姉と共に、馴染みのコンビニに向かうことになった。
店員をしていたラノベ作家志望の先輩には、景気良く一発、右の頬を叩かれた。
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