飲み会 九

 宅内バーのカウンター越し、バーテンのお姉さんがフライパンを振っている。用途は定かでないけれど、同所には小さいながらもガスコンロが備え付けられていた。これを用いての調理である。小柄な割に意外と火力が強い。


 そんな彼女を正面に眺めて、我々はカウンターに並び腰掛けている。


 一列に妹さん、エリーザベト姉、俺、千年の並びだ。


 お肉タイムに合わせて、これまで騒いでいたテーブル席から移動していた。


「なーなー、まだなのかー?」


「ひっ……お、おまち、お待ち下さいませっ! す、すぐにっ……」


 バーテンのお姉さん、必死の形相である。


 我々はといえば、皆々フライパンの上で焼かれるものに興味津々だ。千年など先程から落ち着きなく、足をパタパタとさせている。椅子が高くて足が床まで届かないの、とっても可愛いのどうしよう。


「なぁーんか、匂いは普通だねぇー」


「ウフフフフ、豚肉みたいだわ」


「チ、チンチンがっ、俺のオチンチンがぁっ……」


 現在、焼かれているのは、妹さんに食い千切られたソーセージ。


 鼻腔に香る匂いは、牛や豚のそれと大差ないように思う。


「なーなー! はやくー! はやくしろよー!」


「そうよぉ? 早くなさい?」


「ひっ、ひぃっ……!」


 千年とエリーザベト姉がバーテンのお姉さんを急かす。


 彼女は頬を引き攣らせながら、フライパンを操る。


 この場で唯一、お酒を飲んでいないが故の気苦労である。


 一緒に飲めばいいのにね。


「私は塩がいーなー!」


「そうね、私も塩がいいわ。素材の味を楽しむならやはり塩よね」


「あと、たっぷりの血をおねがぁーい! トロトロでー!」


「ウフフ、いいわねぇ。新鮮な血でお願いするわぁ」


 ジュージューとオリーブオイルで焼かれるソーセージ氏。


 既に股間は元通りとはいえ、どうにも股ぐらがムズムズとする光景だ。


「え? あ、あのっ、塩はありますけど、流石に血液は……」


「えー? ないのぉー?」


 ブゥと膨れる妹さん。


 非難の声は仲間を増やすべく、隣に座った姉に向かう。


「お姉ちゃん、血がないなんて信じられないよぉっ!」


「そうねぇ。たしかにこれは由々しき事態よねぇ……」


 二人の言葉を耳にして、バーテンなお姉さんの顔色は急転直下。


 あっという間にまっ青だ。


 これに構わずエリーザベト姉妹は言葉を続ける。


「それだったら、オネーサンが手首を切ればいーじゃん? ね?」


「ええ、そうよね。私もそれがいいと思うわぁ」


「でしょー? ほらほら、はやくぅー!」


「それとも私たちに切って欲しいのかしら?」


「っ……」


 姉妹からの無茶振りを受けて、バーテンのお姉さんの具合が目に見えて悪くなった。ガタガタと震え始めた身体は、これを支えるフライパンがコンロの上で小刻みに揺れるほど。今にも倒れてしまいそうだ。


 よくよく見てみると、スカートが濡れていらっしゃる。


 太ももを伝い落ちるしずくが、とても素晴らしいと思います。


 個人的には血の代わりにそちらを利用してはどうかと提案したい。


「か、勘弁をっ! どうか勘弁してくださいっ! 他のことであれば何でもしますからっ、どうか、どうかそれだけは許して下さいっ! お願いしますっ! お願いしますっ! 何卒っ! ご容赦をぉっ!」


 フライパンからエリーザベト姉妹に向き直り、平身低頭。


 頭を下げて謝罪の言葉を繰り返し始めたお姉さん。


 ちなみに男性の方のバーテンは、先刻にも脱走した。


 ただし、職場からの逃走に失敗して、姉妹にちゅーちゅーされてしまった。その様子を目の当たりにしていたからだろう、お姉さんは涙目である。亡骸はリビングのソファーに今も放置されている。


「お願いしますっ! どうか殺さないで下さいっ!」


 可愛そうに。怯えてしまっているじゃないか。


 ここは一つ、陰キャが弁護に回るべきだろう。


 ワンチャンに繋げる絶好の機会である。


「こらこらアンタたち、この人が手を切ったら誰が肉を焼くんだ?」


「貴方が焼けばいいじゃないの」


「いやいや、無茶を言わないでよ。自炊さえ碌にした覚えがないのに、こんなレアな食材を一発で調理できる訳がないじゃないの。この後にはメインディッシュ、妹さんの腕肉が待っているっていうのに」


「自慢じゃないけど、私とお姉ちゃんは料理できなーい!」


 エリーザベト姉妹からは即座に降参の声が上がった。


 応じてバーテンのお姉さんの顔色が少しだけ復帰。


 自らの有用性を示すように、ここぞとばかりフライパンを手にする。


 これを受けて声を上げたのが千年である。


「それじゃあ、オマエの血で決定だな!」


 ニコニコと笑みを浮かべながら腕を振るった。


 二つ隣の席に座ったエリーザベト姉に向けて。


「え?」


 間髪を容れず、彼女の手首が切り飛ばされた。


 動脈が切断されたことにより、大量の血液が噴き出す。


 カウンターを真っ赤に染め上げる。


 切られた本人はもとより、これを行った千年や二人の両脇に腰掛けた自分や妹さんも、激しい出血により真っ赤となる。その飛沫はカウンターを越えて、バーテンのお姉さんの下にまで至った。


「ほらっ! あっち、あっち向けろよなっ!」


「ぁああああああああああああ゛!」


 カウンターに手をついて身を乗り出した千年が、切断したエリーザベト姉の腕を掴み、その切断面をコンロに向ける。勢いづいた出血は彼女の狙い通り、オチンチンを焼いているフライパンにまで達した。


 加熱されたそれは、ジュジュウと音を立てて泡立つ。


 こうなるとバーテンのお姉さんも無事では済まない。


 我々と同じように血まみれである。


「ひ、ひぃっ……」


 血液を受けた瞬間、お姉さんはフライパンを落としそうになった。


 これを寸前のところで回避して、目元に涙を浮かべながらも調理を続行。もしもお肉を駄目にしてしまったのなら、エリーザベト姉妹からどのような文句が飛んでくるか分かったもんじゃない。


 エグエグと泣きながらオチンチンを焼いている。


「おれのチンチンが、美少女の血とコラボってっ、う、美しいっ……」


「ぅぅうううううう゛! いたい、いたいよぅ、いたいよぅっ!」


「吸血鬼の癖に痛がりなヤツだなー」


「うっわぁー、よりによってお姉ちゃんの血かぁ」


 やがて、段々と勢いを失うエリーザベト姉の出血。


 真っ赤なアーチがコンロまで届かなくなると、千年は彼女を解放した。痛がり吸血鬼は椅子から転げ落ちて、床に両膝を突く。そして、自らの腕を全身で抱えるようにして、背を丸めて小さくなった。


 カウンターの下、咽び泣く声が聞こえてくる。


「痛いよぉお、痛いよぉおおおっ! ぅぅうううっ!」


 泣きわめく姿も最高にラブい。愛してる。


 丸まった背中とか、これでもかと言うほどに哀愁を誘う。


 これがまたエロいのなんのって。


「お姉ちゃんの血とか、想像した以上に好みじゃないなぁー」


 隣の席では妹さんが、顔に付着した実姉の血を指で拭って口に運ぶ。


 こちらもまた大変エロい。陰キャのザー汁で同じことして欲しい。


 ああ、そうだよ。その通りだ。


 調味料としてザーメンの提供をご提案すればよかった。いいや、今からでもまだ遅くはない。後乗せドロドロで、美味しく頂けるはずだ。むしろそっちの方が、よりダイレクトな風味を姉妹に知ってもらうチャンス。


「あのー、お、俺のザーメンも調味料に使ってっ……」


 いざ提案しようとすると、バーテンのお姉さんが声を上げた。


 それはもう悲鳴染みた声でのお返事である。


「で、できましたっ! すぐに盛りつけますのでお待ち下さいませっ!」


 くそう、間に合わなかったか。


 残念である。


 彼女は焼き上がったお肉を包丁でスライスして、綺麗にお皿に並べていく。真っ白なお皿の中央に小さなお肉がちょこんと載せられる。その周囲に血液でできたソースが、絵を描くかのように添えられた。


 まるでお高いフランス料理のような見栄えだ。


 気になる点があるとすれば、人数の都合でお肉がかなり薄め。


 食感が心配だ。


「お待たせいたしましたっ!」


 ヤケクソ地味た声と共に、我々の前にお皿が置かれた。


 四人分、オチンチンのステーキが行き渡る。


 まさか自分で自分の性器を食す日が来るとは思わなかった。


 世の中ってすごいよな。何が起こるか分かったもんじゃない。


「あれ? オマエの分はないのか?」


「わ、わわわ、私は結構です! み、皆様でご賞味下さいっ!」


 一人だけ皿のないお姉さんを見つめて千年が言う。


 これを謙遜と受け取ったのか、彼女はいい笑顔で答えた。


「そかー。オマエ、いいやつだなー!」


「申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」


 本人もどうしていいのか分からないようで、平謝りの止まらないバーテンのお姉さん。眦にはこんもりと涙が溜まって、弾けて、頬をツゥと伝る。ガチ泣きである。年上の大人が本気で泣くところ、初めて見たかも知れない。


 そうこうするうちに、エリーザベト姉、復活。


 手首から先を新たに生やして、のそのそと床から立ち上がる。


 どうやら痛みは去ったようだ。顔こそ血と涙とでグチャグチャだけれど、泣き止んでいる。彼女はそれまで座っていた椅子に腰を落ち着けると、カウンターの上に並べられたお皿を眺めて疑問を口にした。


「……これが、オチンチンなのかしら?」


「そうだよー? 今出来上がったところだね!」


「なんか、小さいわねぇ……」


「うっ……」


 なんて心に響く発言だろう。


 実は自分も感じていた。


 血液が抜けた上、焼かれて水分の減ったソーセージは、かなり小さい。本当はもっと大きいはずなのに、どうしてこんなに小さくなってしまったのか。完全に一口サイズでございます。これでも平均よりは大きいと自負していたのだけれど。


「小さいけど美味しそぉー! かわいいよぉー?」


「べ、別に食べたくはないけれど、せっかくだし頂くわ!」


「これ、俺も食べなきゃ駄目なの?」


「よーし! 食べるぞー! ごはんだぁー!」


 自分以外、喜々としてナイフとフォークを手にする。


 生まれて初めて食べた男性器は、正直、かなり歯ごたえがあった。






--あとがき---


先月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003


オーディオドラマも絶賛配信中です。

https://mfbunkoj.jp/special/nishino/

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