二日酔い 四
お肉パーティーの翌日、目覚めの気分は最悪であった。
「……マジか」
場所はリビングに併設された宅内バーの床だ。
二日酔いにズキズキと痛む頭を片手で抑えながら、気だるさも著しい身体をどうにかこうにか起こす。カウンターの正面に並んだ椅子の一つ、これに腰を落ち着けると、周囲の光景が目に入った。
「…………」
まるで猟奇殺人でも行われたような有様だ。
昨晩はまるで気にならなかったのに、今更ながら胃液が喉元まで迫り上がるのを感じた。吐き気は胃の不調から来るものではない。それは昨晩に自らが経験した悪食と、その結果として残されている目の前の風景。
お酒って怖い。
壁に掛けられた時計を眺めれば、時刻は正午を多少ばかり過ぎた頃おい。意識を失ったのが午前二時を過ぎてからであったと記憶しているので、ざっくり見積もって十時間以上が経過している。
「もう完全に消化されてるな……」
吐き出そうにも、対象は既に吐き出せないところまで進んでしまった。
今頃は大腸のあたりで臭くなっているに違いない。
「あぁ……」
自分はなんてことをしてしまったんだ。
両手で頭を抱えて嘆く。
自己嫌悪が半端ない。
けれど、エリーザベト姉の血を啜り、妹さんの腕肉を食べたという事実が、妙な達成感を胸の内に灯らせているの何故だろう。とんでもない性癖の一端を開いてしまったような気がして、ちょっと胸がドキドキとしてしまうよ。
「……まあ、なるようになるだろ」
フロアは自身の記憶にある姿と比較しても尚のこと酷い。こちらが意識を失ってからも、他の三人は飲んでいたのだろう。カウンターやテーブル席の周りのみならず、リビングまでもが血まみれだ。真っ赤だ。
ゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の様子を見渡す。
エリーザベト姉はリビングのソファーで横になっている。妹さんはバーのテーブル席にあるソファーだ。そして、千年はリビングの床で仰向け、大の字。皆々気持ちよさそう寝息を立てていらっしゃる。
そして、何故か全員素っ裸である。
唯一の例外は、バーテンのお姉さん。
目の届く範囲に彼女の姿は窺えなかった。
「…………」
本来ならエリーザベト姉妹の裸体に欲情すべきシーンである。。
けれど、股間はまるで反応しない。
むしろ逆に気が滅入るばかり。
エリーザベト姉、あんな可愛いのに。
自分がこんなセンシティブな性格だとは思わなかった。
「とりあえず、起こすか」
地球滅亡まで後二日、その間をご厄介になる予定なのだから、最低限は掃除をせねばならない。何故ならば床や壁はおろか、天井にまで血飛沫が飛んでいる。我が家の惨状とドッコイか、それ以上である。
稲荷神社からパクってきた日本刀とか、何故か天井に刺さっているし。
ということで、歩みは妹さんの下へ向かう。
性格は最悪だが、この三人の中では一番話が通じるお相手。
「おーい、おーい」
ソファーに横たわり、だらしなく足を開いて眠る妹さん。
片方の足はソファーの背もたれの上。もう片方は床へだらり。
見事に開かれた股ぐらが最高だ。
「おーい、昼だぞー。起きようよー」
ペチペチと手の平で頬を叩く。
何度か頬の感触を味わうと、彼女は目を覚ました。
「……ん、うぅ……」
瞼がピクリと震えると共に、ゆっくりと開かれる。
姉と同じ碧色の瞳が、ギョロリと動いてこちらを捉えた
目と目が合う。
「おはよう」
「……最悪の目覚めだよぉ。いきなりその顔はないよぉ」
目覚めの挨拶は随分と辛辣なものだった。
起床から早々、軽口を叩いて下さる。
ただ、そうした不貞不貞しい態度も、自身が素っ裸であることを理解した途端、早々に引っ込んだ。大慌てソファーから身を起こすと共に、床を蹴って跳躍。こちらから数メートルほど距離を取った。
まるで熱いものにでも触れたような反応だ。
逃げられた側としては、割とショックな光景である。
「えっ、なっ、どうしてぇっ!?」
「いや、しらんがな」
彼女は人間離れした跳躍で、一息に窓際まで移動。
カーテンをレールから引き千切る。
それを身体に巻き付けて、胸や秘所を隠した。
日を遮るものがなくなったことで、部屋にはガラス窓から陽光が差し込む。輝くような日差しを受けて、キラキラときらめく妹さんの姿は、それはまるで天から舞い降りた女神様のようだった。
これは一目惚れも致し方なし。
「おぉ、まるで女神のようだ……」
「どれだけ褒めても、君にはヤラせてあげないよぉー」
頬を羞恥に染めながら、それでも憎まれ口を叩く妹さん流石です。
エリーザベト姉と共に姉妹丼したくて堪りません。
彼女とお話をしていると、萎えていた心が高まるのを感じる。
「一つ、聞いてもいい?」
「なぁにぃー?」
「なんで裸なんですかね?」
「えぇー、知りたいのぉ?」
「知りたいです。凄く知りたいです」
「だぁーめぇ。教えてあげない!」
「無念……」
昨晩の出来事を思い起こしてだろう、妹さんの言動には少なからず、焦りのようなものが垣間見える。それでも必死に体裁を取り繕いつつのやり取りだ。恐らく彼女の自尊心は、姉のそれよりも高いのではなかろうか。
「しかしなんかもぉー、色々と凄いことになってるねぇー……」
彼女はフロアをグルリ見渡して言った。
つい先程、自分も思ったことだ。
「清掃業者を呼んでもらえない? 隕石まで、まだ時間あるし」
「そうだねぇ」
「あと、できれば千年に新しい服が欲しいんだけど……」
素っ裸で眠る千年を視線で指し示して言った。
すぐ近くには同様に全裸で眠るエリーザベト姉の姿もある。
なかなか目のやりどころに困る光景だ。
「あはー、勃起しちゃった? お姉ちゃんのエッチなところ見て」
「そりゃもちろんッスよ」
「うっわ、さいてー。もしかしてヤっちゃった?」
「いえ、それが残念ながら、まだヤっていないのですよ」
「ふぅーん……」
ジロジロと値踏みするような視線を向けてくれる妹さん。本来なら不快に思うべきところ、相手が彼女となれば、これもまた快感に変わる。意中の相手から意識的に見つめられて、自然と胸の鼓動が早くなる。
「ま、別にいいけどぉ?」
「っていうか、自分が最後に見たときよりも、更に荒れてない?」
「あー、それはほら、大半はお姉ちゃんが原因なんだよねぇ」
「え? マジですか」
「まーねー」
昨晩、自分が寝落ちしてから何があったのか、気になって仕方がない。しかし、それ以上は妹さんも教えてくれなかった。また、姉の方は覚えていないだろう。可能性があるとすれば千年だろうか。後でこっそり聞いてみよう。
---あとがき---
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