宝刀捜索 五

「日本刀、というのかしら? この国の伝統的な剣なのよね」


「あっ、いいなぁ! お姉ちゃん、それ私も持ってみたいんだけどぉ」


 日本の文化文明に興味があるのか、しきりに反応してみせる姉妹。いいや、日本に興味があるというよりは、単純に手にしたブツが格好いいからだろう。やっぱり長物は最高だよな。絶対に装備したい。


「随分と長いわね……」


 おもむろに姉が刀の柄を握る。


 もう一方の手は鞘を握ったままであるからして、腕が動くのに応じてスッと刀身が放たれた。こちらが止めるまでもなく、早々に引き抜かれてしまったぞ。なんら躊躇いのない動作であった。


 鞘からお目見えしたのは、ギラリと怪しい輝きを見せる銀色の刃。


「うわ、躊躇なく抜きやがった……」


「何か言った?」


「いいや?」


 吸血鬼の怪力にものを言わせて、スルリと切っ先までを抜ききる。


 放り捨てられた鞘が、ガツンと音を立てて彼女の足下に転がった。


 ぞんざいな扱いもあったものだ。


「へぇ、綺麗なものなのね。まるで鏡みたい……」


 ウットリとした表情で刀身を見つめるエリーザベト姉。


 視線の先には、手にすれば天井まで達する長さの日本刀。


 変化はこのタイミングで起こった。


 柄を握る彼女の手が急に萎れ始めたのだ。歳幼い艶やかで張りのある肌が、わずか数秒の間に年寄りのそれへ。更には骨と皮を残して、肉の厚みすらも失われゆくからどうしたことか。


 皮膚の表面からは、うっすらと白い煙のようなものが上がっていた。


「なっ……」


 自らの変化に気付いて、咄嗟に彼女は刀から手を離した。


 支えを失った日本刀は、そのまま畳の上に落ちる。


「なによこれっ……」


 皆々の視線はエリーザベト姉の腕に向かう。柄を握っていた右腕は、肘から先が完全に干涸らびていた。まるで肉や脂肪を皮膚の上からストローで吸い出されたようである。もはや骨と皮を残すのみだ。


「お姉ちゃん、だ、大丈夫?」


「……治癒が、凄く遅いわね」


 戦々恐々とした面持ちで自らの腕と刀を交互に見つめる姉。


 これに構わず、横から鬼っ子が手を伸ばした。


「これ、コイツが欲しいらしいぞ」


「あ、ちょっと貴方っ!」


 彼女は何気ない調子で柄を握り、腰の高さで畳と水平に日本刀を構えてみせる。姉妹のときにも感じたけれど、数キロはありそうな巨大な日本刀を、小柄な童女が片手で楽々と扱ってみせる光景は違和感も大きい。


 でも、とても格好いい。


 ロリに日本刀とか、大好物だもの。


「えっ……」


「あ、あれぇー……?」


 吸血鬼姉妹が見つめる先、鬼っ子の腕が萎れることはなかった。


 なるほど。これが彼女の言っていた、微妙に喰われる、もう少し待て、といった発言の意図するところなのだろう。調子づいて抜かなくてよかった。鬼っ子の注意を受けていなければ、自身の腕もエリーザベト姉のようになっていた。


「私をオマエらと一緒にするなよー?」


「っ……」


 金色の瞳が、ジッとエリーザベト姉妹を見つめる。


 その先にあるものを理解して、身を震わせるのが姉だ。化け物としての格の違いを見せつけられて、ぐぅの音も出ない。一方で妹さんも二人のやり取りから、鬼っ子のスペックを把握したようだ。


 どうやら想定外であったらしく、慄いていらっしゃる。


 彼女は姉の脇腹を人差し指の先でちょいちょいと突いて言う。


「お、お姉ちゃん、この子ってっ……」


「見てのとおりよ。貴方も迂闊なことは言わないでね」


「納得だよぉ……」


 悲しそうな表情を見せる妹さんだった。


 格下だと思っていた相手が、実は自分よりも強かった。そのショックは化け物たちにとって死活問題だ。彼女らの世界は我々人間が考えている以上に、己の力が物を言う。弱肉強食の世界なのである。


 ここまで露骨に実力差を見せつけられれば、以降は自分の言葉も無碍にはされないだろう。鬼っ子の威光を借りまして、目当ての日本刀をゲットさせて頂く算段。自宅に持ち帰ってブンブンするのだ。


「なんでもこれ、全然ラッキーじゃないらしいぞ?」


「……そうなの?」


「むしろアンラッキーだって、コイツが言ってた」


 隣に立った鬼っ子を視線で指し示して言う。


 我らが最強褐色ロリータ様だ。


「……そう」


「そ、そうだよねぇ。流石にこれはラッキーっぽくないよねぇ……」


 干涸らびてしまった腕を眺めて、姉妹も大人しくなった。


 説得力も抜群の演出であったな。


「アンタのところの調査員がミスったんじゃない?」


「可能性としては十分にあり得るわね。プロジェクト全体からすれば、こうしたミスも相応の数が報告に上がっているわ。今回はそのうちの一つを私たちが引いてしまった、ということなのでしょう」


「なるほど」


「一ヶ月くらい前にも、それで協力者が沢山死んだもんねぇ」


「……アンタら普通に酷いよな」


 エリーザベト姉妹との過去のやり取りを思い起こすと、とにかく数を集めているような節がある。だからこそ、そういうこともあるのだろう。特にこうした伝承の類いは、古い言い伝えなどが主な情報の元だ。誤りを掴むのも仕方がない話だと思う。


 けれど、仮にそうだとしても、反応が軽く思われる彼女たちの言動だ


「大事の前の小事ってやつだよー」


「死んだ本人にとっちゃどっちも大事じゃね? 可愛そうに」


「それは私たちには関係ないわね。弱いのが悪いのだから」


「そっスか……」


 外見は人間と何ら変わりないけれど、中身は完全に人外な姉妹だった。


 でもまあ、見た目が可愛いから妥協しようかな。


 金髪ロリータ最高。


 悲しいけど、世の中ってそういうものだよね。


 世知辛い社会で、それでも陰キャは強く生きていきたいと思う。


「それじゃあ、今日のところはこれで終わりですかね?」


 ズボンから端末を取り出して時刻を確認すると、既に午後五時を回っていた。夏場なので日は落ちていないが、帰宅の移動時間を加味すれば丁度いい時分だ。自宅に戻る頃には日も暮れていることだろう。


「悔しいけれど、今日のところはこれで良しとしましょう」


「お姉ちゃん、本当にその腕って大丈夫なの?」


「感覚的に完治まで一時間から二時間ってところかしら。ごっそりと力を座れてしまったわ。肘から先の部分が麻痺しているみたいで、まるで動かないもの。おかげで痛みすら碌に感じないのが不幸中の幸いね」


「うわぁ、触らなくてよかった……」


 露骨に眉を顰める妹さん。


 生き物の生命力的な何かを吸い込むタイプのアイテムは、意外と世の中に沢山ある。決して珍しいものではない。自身も昔、彼女と同じように苦労をした覚えがある。そう考えると、あまり強く彼女のことをディスれないのが悔しい。


 ふっと湧いた自らの内にある日本刀愛、まさかこいつが原因か?


「それじゃあー、このまま帰る感じかなぁ? 帰りはどうする?」


「車だと渋滞に巻き込まれるかもしれないから、ヘリを呼びましょう」


「りょーかい! こっちで呼んどくね」


 スカートのポケットから端末を取り出して、ピポパとやり始めた妹さん。電話一本でヘリを呼べるなんて、やはりこの姉妹はガチで上流階級の出自なのだろう。羨ましいったらありゃしない。


 他方、通話を始めた妹さんの傍ら、ふと鬼っ子が姉に向かい言った。


「それじゃあ、帰ったら一緒にお酒な?」


「え、えぇ……」


 答える側の表情は渋い。


 めっちゃ嫌そうにしている。


 せっかくなのでこの機会に、自身も一言だけ物申しておこう。


「っていうか、今日もまた俺んちなの?」


「……なによ? 何か言いたいことがあるの?」


「部屋とかアンタらのせいで血まみれなんだけど、そこんところ少しでも申し訳ないなとか思わない? そもそも俺は今晩、本当にあの部屋で眠らなきゃならないの? 真っ赤だよ? アブラ、マシマシ的な意味で」


「たしかに汚いよなー!」


 半分は貴方のせいですよ、褐色ロリータさん。


 めっちゃいい笑顔だから許しちゃうけど。


「分かったわ。それなら私たちの家に向かいましょう」


「え、マジで? いいの?」


「あの小汚いアパートで飲むなんて、正気の沙汰じゃないわ」


「汚れの半分はアンタの血肉だけどな」


「黙りなさい」


「へいへい」


 自身のホームであれば、昨晩のような痴態は晒すまい、みたいな自戒の意図も手伝っての判断ではなかろうか。事前には妹さんを巻き込んでみたりと、対策を練ることに余念のないエリーザベト姉である。


 こちらとしては、気になる異性の家にお邪魔とか、最高にテンション上がる。


「オマエんちって、ちゃんとお酒あるのかぁ?」


「あるに決まっているでしょう? そっちの冴えない男が用意する安酒などとは、比較にならないほど上等なものを、いくらでも揃えているわ。ええ、そうよ。飲み放題と称しても差し支えないわね!」


「おぉぉ!」


「足りないものがあれば、なんでも取り寄せられるわよ?」


「それ本当か!? 本当なのかっ!?」


「当然よ。エリーザベト家を舐めないで欲しいわね」


「凄い! 凄いぞ、オマエんち! とっても優秀だな!」


 キラキラと目を輝かせる鬼っ子。


 その姿を目の当たりにして、ニィと口元に笑みを浮かべるエリーザベト姉。


 チラリとこちらの様子を窺っては、言外に見下げてくれる。


 これはちょっとまずいかも知れない。


 彼女に鬼っ子のコントロール術がバレてしまったようだ。


「それじゃあ今のうちに、お酒の手配を進めておこうかしら」


「美味しいのがいい! まずいのを寄越したら駄目だからな!?」


「ええ、分かっているわ。任せてちょうだい」


 妹さんに並び、姉もまたどこへとも連絡を取り始める。


 その姿を鬼っ子は嬉しそうに見つめている。


 自身はといえば、手持ちぶさたなまま待ちぼうけ。


 それからしばらくして、ヘリコプターはやって来た。昨日にも青梅で置き去りにされた際に、帰り道で乗せてもらったやつと同じ機体だ。これに乗り込み、一同、都内を目指して夕暮れ空を移動である。





--あとがき---


今月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003


オーディオドラマも絶賛配信中です。

https://mfbunkoj.jp/special/nishino/

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