学校捜索 一
タクシーを拾って、エリーザベト姉と一緒に学校へ向かう。目的地に到着したのは、ちょうど四時間目が終わり、昼休みが始まった頃おいだった。教室の後方に設けられたドアを抜けた先、室内には既に妹さんの姿が見受けられる。
彼女は我々を見かけるなり、クラスメイトの輪を抜けてやって来た。
「お姉ちゃん、迎えに行くだけだったのに随分と掛かったね」
「ええ、色々と愚図られたから」
ジッと視線でこちらを指し示して言う。
そうした二人のやり取りに応じて、クラスメイト一同からも注目が向けられた。絶賛人気沸騰中の金髪ロリ転校生と、教室の冴えない男ナンバーワンである自分が一緒に登校してきたのが、世の中的には奇異に映ったのだろう。
そりゃそうだ。自分だって変だと思うもの。
「それじゃあ、行くわよ」
「りょうかーい!」
けれど、エリーザベト姉妹は何ら構った様子も見られない。
姉の言葉に応じて、意気揚々と頷いて見せる妹さん。
「あんのぉ、行くって何処へですかね?」
「ここからは分担して捜索するわ。貴方は一階を探して頂戴。ハイジは二階を。私は三階と四階を探すわ。時間は三十分を目処として、何も見つからなかった場合は、次の棟に移ることにしましょう」
「アンタたち、校舎の地理なんかは大丈夫なの?」
「昨日のうちに親切なクラスメイトから教えてもらったわ」
「そうッスか」
たった一日で覚えるとは、頭が良うござんすね。
自分なんて入学から一ヶ月くらい苦労していた気がする。
「集合場所はどうするのぉ?」
「時間になったら私から連絡を入れるから、それを待ちなさい」
「りょーかい!」
手際良く指示を出す姉と、これに応じる妹さん。
俺は置いてけぼり。
クラスメイトもポカンと呆気に取られている。
「それじゃあ行くわよっ!」
「おぅいえ! ごー! ごぉー!」
姉妹は早々、駆け足で教室を飛び出していった。
クラスメイトの誰かが声を掛ける暇もない。
結果、後に残されたのが俺だ。
俺だよ。
出遅れちまった。
「おいちょっと、これってどうなってんの?」
クラスメイトの一人がこちらに歩み寄ってきた。
クラスの人気者、イケメンで評判の谷沢君だ。
「あぁ、いや、これはその……」
教室のリーダー的存在から問われて、あぁ、どうしたもんだろう。
しどろもどろ、してしまう。
昨日は美少女姉妹を前にして、あんなにも意気揚々と軽口を叩けたというのに、今日は同級生の一人を前にして、上手く舌が回らない。なんかこう、蛇を前にした蛙って感じ。カースト上位の生徒って、なんか怖いんだよ。
路上でおまわりさんに声を掛けられたような感じ。
「お前、なんでコージマさんと一緒に登校してきたの?」
「…………」
はて、なんででしょうね。
まさか素直に説明する訳にはいかない。っていうか、今この瞬間、新発見。碌に口を利いたことのない相手から、いきなりお前呼ばわりされるの、すごく気分悪いわ。表情も不機嫌そうだし、なんかもっそい悪意を感じる。
「どういうことなんだよ? 俺たちに説明してもよくない?」
「い、いや、それはなんつーかね、ほら、あのさ……」
そんなこと尋ねられても困るのよ。
どうしたらいいの。
脇の下、ぶわっと嫌な汗が噴き出すのを感じる。
うっわ、お酒飲みたい。
もうこれ、お酒飲みたい。お酒飲まないと無理。
っていうか、色々と面倒になってきた。
これもう逃げちゃっていいだろ。むしろ逃げないでどうするの。
「わ、悪いけど、また後で!」
「あ、おいこらっ!」
教室のドアに向けて走り出す。
すると何を考えたのか、谷沢はこちらを追いかけてきた。バタバタという足音を耳にして振り返ると、肩越しに見えたのは、苛立った面持ちで迫るイケメンの姿。その腕が俺の肩を掴もうとして、ぐっと前に伸ばされる。
「ちょっ」
「待てコラっ!」
お前は小学生か。
伸ばされた腕を寸前のところで身体を捻り回避する。
「お、俺じゃなくて、あの二人を追いかけろよっ!」
「うるせぇよっ!」
クラスメイトを避けて、駆け足で教室を脱する。
すると、これに谷沢は付いて来た。
何がそこまで彼を駆り立てるのか。
あるいはこれが、陽キャのノリというものなんでしょうか。
そのまま二人並んで廊下を走る。
昼休みということもあって、教室の外は生徒が沢山だ。これを危ういところで避けながら、割と本気で走った。これでなかなか、逃げ足には自信があるのだよ。ベリーハードな人生設定の都合上、脚力は学歴と並ぶほどに重要な要素である。
幾らばかりか駆けると、どうやら相手は諦めたらしい。
足音が聞こえなくなり後方が静かになった。
チラリと視線をやる。
そこに谷沢の姿はみられない。
どうやら無事に逃げ切ったようだ。
「……あーもー、なんか吐きそう」
二日酔いの身体で鬼ごっことか堪えるわ。グワングワンと痛む頭を片手に抑えながら、荒くなった呼吸を整えるように、ゆっくりとしたペースで歩を進める。特にどこへ向かうともなく足を動かす。
既にエリーザベト姉から指示された一階フロアは過ぎている。
気づけば渡り廊下を越えて、旧校舎に移動していた。
築六十年以上。木造三階建ての古い建物だ。
現在は大半の教室が使われていない。唯一の例外は、渡り廊下を経て繋がる昇降口付近の教室。その幾つかが、天文部や文芸部といった、比較的小さな部活動や同好会の活動場所として解放されている。
「…………」
旧校舎とか初めて入った。
ほんのりと鼻先に感じるカビと木の匂いが心地良い。
昼休みの喧噪が妙に遠く聞こえる。
「っていうか、何か居るとしたら絶対にこっちだよな……」
金髪ロリ吸血鬼たちは、新校舎こそクラスメイトに案内されたものの、旧校舎については理解が及んでいないのだろう。我が校の歴史を偉そうに語って見せた手前、大した手落ちもあったものだ。
「……探すだけ探すか」
見つけるモノを見つけないと、恐らくいつまで経っても家に帰れない。
自宅で呻く酔っ払いも気になるので、さっさと片付けてしまいたい。
「…………」
板張りに作られた古めかしい廊下を慎重な面持ちで歩む。
碌に保全されていないらしく、足の踏み先によっては時折、キィと大きく軋みが上がる。大半のフロアはブレーカーが落とされており、新校舎と比較して些か薄暗い。照明は窓ガラスから差し込む陽光が照らす限り。
日中こそ活動に支障はないものの、日が暮れれば天然のお化け屋敷だ。
だがしかし、何故だろうか。
そういうことなら居着いて当然の手合いが、ほとんど見受けられない。
たまに見かけても、毒にも薬にもならない霞のようなのが大半だ。
「……ヤバい気がする」
過去の経験上、こういった場所には必ずラスボス的な何かが住んでいる。
そいつの存在が雑魚い連中を寄せ付けないように機能しているのだ。
身近な例を挙げると、善神を奉っている神社などが、その最たる。破邪っぽいパワーが悪いヤツらを追い払って、境内を綺麗に保つのだ。
ただ、雑魚を退けるのは、必ずしも善神の影響に因るとは限らない。極悪非道な妖怪が住み着いた場合でも、同じような形に落ち着く。
善い感じの神様か。即死級の化け物か。
吸血鬼姉妹の言葉を信じるのなら、この先に待っているのは前者の筈だ。
「…………」
仕方ない。
覚悟を決めて、先へ進むことにした。
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