学校捜索 二

 探索を初めて十数分ばかりが経過した。


 職員室、放送室、美術室、音楽室、下駄箱、などなど。旧校舎一階の確認は大半を終えて、最後に残すところ宿直室。わざわざ教員室からカギを借りてきてまで、各所を確認しているのだから、勤勉な自分を褒めてやりたい。


 カチャン、錠を外してドアを開く。


「…………」


 僅かばかりの隙間から、内側を覗くようにして室内を窺う。


 ほのかに香る畳の匂いが、強張った心を多少なりとも落ち着かせた。


「……何もいないか」


 部屋の中は空だった。


 大きくドアを開いて、土足のまま室内に侵入する。


 宿直室は当時のままの姿を保っていた。古めかしい作りの和箪笥や卓袱台、石油ストーブの上に置かれたヤカン。映像のなかでしか見たことのない、平成初期より以前、昭和の時代を思わせる光景だった。


 昔の教師は、この部屋で一晩を過ごしたらしい。


 なかなか居心地が良さそうだった。


 冬場、おでんと熱燗で一杯やりたくなる。そんな風情の居室だ。


 濃いめの煮魚を丁寧に食べながら、焼酎をキュッとやるのもいい。


「…………」


 部屋全体を眺めたところで、ふと、ズボンのポケットが震えた。


 一瞬、何事かと慌てる。


 震えているのは吸血鬼姉妹にもらった端末だった。どうやら着信らしい。ディスプレイに表示された名前を確認すると、そこにはエリーザベト姉の名前が表示されていた。無視すると後が怖いので、通話ボタンを押下する。


「はい、もしもし……」


『貴方、今どこにいるの? まさか逃げたのかしら?』


「いやいや、逃げてないですよ。ちゃんと仕事してますもん」


『端末のGPSがおかしな地点を指しているのだけれど』


「…………」


 位置情報を管理されることが、ここまで不快だとは思わなかったよ。


 今晩あたり、学校に忘れて帰ろうかな。


『ちゃんと説明をなさい』


「新校舎よりも可能性が高い場所があるから、そっちを探してた」


『新校舎? どういうことかしら。何か見つけたの?』


「アンタたちが探している校舎とは別に、旧校舎っていう古い建物があるんだよ。神様にせよ妖怪にせよ、何かヤバいものが巣食ってるなら、どう考えてもこっちだろって雰囲気の建物なんだけど」


『……そういうことは先に言いなさい。いい加減に殺すわよ?』


「アンタら人外は殺すって単語が好きだよな。中卒のヤンキーみたいだわ」


『待っていなさい。すぐにそっちへ向かうわ!』


 回線は一方的に切られた。


 通話時間、三十五秒。


 最後の一言は、多分に怒気を孕んで思えた。少し調子に乗りすぎたかも知れない。とはいえ、こっちから迎えに行くのが面倒だったので、これで良しとする。相手が扱いやすい吸血鬼でとても助かる。


 画面の表示を消して端末をポケットにしまう。


「しかし、仮に巣食っていたとしても、どこに居るんだか……」


 なんとはなしに天井を見上げるよう、大きく顎を上げた。


 するとふと目に付いたのが、高い位置に設置された神棚だ。


 宿直室と隣接した土間、その境目の仕切りに設けられている。


 小さいながら凝った造りで、随分と年季を感じさせる神社だ。


「これか?」


 建築計画の都合で、元々建っていた祠や神殿の類いが、新しく建造された構造物の一部に神棚として移設されるケースは決して少なくない。元の木材を利用して再建されることがあれば、新しい建材で建て直されることもある。


 これが人間の住居なら、おいちょっと勝手に小さくしてんじゃねぇぞと、文句の一つでも飛んで来そうなものだ。けれど、神様は社のサイズが小さくなったところで、目くじらを立てることもない。


 多くの場合、きちんと管理していれば、大らかな目で見て下さる。


 彼らは日に日に増えていく人類の、切実な土地事情を理解しているようだ。


「だけど、ここは留守っぽいな……」


 ただ、頭上に眺める神棚には誰も居なかった。


 どこに行ったんだろう。


 部屋の中を探してみるけれど、一向に見つからない。


 もしかしたら、引越ししてしまったのだろうか。


 そうこうするうちに、廊下から他者の足音が聞こえてきた。


 カツカツという響きは二人分。


 十中八九で吸血鬼姉妹のものだろう。


 宿直室のドアは万が一に供えて開きっぱなし。GPSからの位置情報も手伝い、彼女たちは早々、こちらの所在に気づいたようだ。内一名は憤怒の表情を隠そうともせずに、ズンズンと大股で一直線に向かってきた。


「……見つけたわよ」


 開かれたドアの先、廊下に立つエリーザベト姉が言った。


 俺は彼女たちを振り返り、適当に返事をする。


「あちゃー、見つけられたわー」


 彼女は土足のまま宿直室に上がり込んだ。


 そして、こちらに向かい大きく腕を振り上げる。


「ちょっと一発、殴るわね。歯を食いしばりなさい」


「あ、おいこらっ!? ちょ、やめへけぇっ!?」


 頬を殴られた。


 グーで。


 かなり痛かった。


 まあ、自分でもウザく感じたので、仕方がないかもしれない。

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