宝刀捜索 四

 社務所は1DKの木造平屋建てだった。玄関を超えてすぐ先、板張りのダイニングが出迎える。隣接する畳敷きの居室は、障子に隔てられた間続きで、これを開くと十数畳ばかりのワンルームといった態になる。


 横文字を使えば聞こえは良いが、築後五十年は経過しているだろう。とてもボロい。玄関を土足のまま上がり、板張りのダイニングを歩むと、ギシギシと心許ない音が足下から返ってきた。壁は土壁で随所が剥げている。


 そんな感じのどこにでもある、古い神社の、古い社務所。


 しかし、伊達にエリーザベト姉妹の捜査網に引っかかっていない。


 建物の居室では、たしかに一振りの刀が見つけられた。


「おぉ、なんか本当にあった……」


「これかー?」


「そうじゃないか? 姉の方が宝刀とか言ってたし」


 鬼っ子と二人で居室の片隅、半畳ばかりの床の間に立てられた刀を眺める。それは木製の支えに立てかけられて、直立する形で我々を迎え入れた。風格のある鞘に入れられており、パッと見た感じなかなか立派なものである。


 こういうの憧れだ。


 中学校の卒業旅行、京都では当然のように木刀を購入。


「スゲェかっちょいいんだけど」


「パクるかー?」


 鬼っ子の悪魔のようなささやき。


 なんて魅力的な提案なんだろう。


「あの二人に渡すのはいささか勿体ないな」


「だな!」


 おぉう、鬼っ子のお墨付き。


 日本刀を見るのは今回が初めてじゃない。


 だが、これは格好いい。


 スラリと長い刀身は、二メートル近い。鞘に収まっていても、余りある存在感を感じる。正直、自分の背丈より長い刀をどうやって扱うのだという点については疑問も大きい。しかしながら、格好良さは実用性の上を行く。


 欲しい。これが欲しい。


 隕石が衝突したとき、最後はコイツを抱いて死にたいくらいだ。


「よし、パクろう」


「おー!」


 鬼っ子の承諾が得られたことで決定だ。


 ラッキー砲だかなんだか知らないが、こんな格好いい日本刀を、あんなパツキンの西洋人に与えてしまうなんて勿体ない、勿体なさ過ぎる。こういうのは自分のような、価値の分かる男がちゃんと運用するべきだろう。


 ということで、早速だが拝借することにした。


 支えから外して、鞘に収まるそれを手に取り引き寄せる。


「おぉ、めっちゃズッシリしてる」


「おーう、悪くないと思うぞぅ」


「そうなのか?」


「あとこれ、ぜんぜんラッキーじゃないな」


「え?」


 鬼っ子の何気ない呟きに、思わず聞き返してしまう。


 それじゃあどうして、我々はここまで来たのか。


「どっちかっていうとアンラッキー。美味しそうな匂いがする」


「おぉ、ラッキーの反対を知ってるとか偉いな!」


「だろっ!?」


 俺が褒めると、素直に笑顔となる鬼っ子。


 ニッコーって感じ。


 ヤバいくらい可愛い。


「ご褒美に今晩は、美味しいオツマミを追加しよう」


「お-! オマエいいやつ!」


「だから悪いけど、どんだけ良い匂いがしても、これは喰わないでもらっていいですかね? こういうのはなんていうか、男の憧れとでも申しますか、めっちゃ格好いいじゃん? 無駄に長すぎる日本刀とか、最高なんですよ」


「いいぞ、喰わない! 我慢してやる!」


「ナイスだ! ありがとう!」


「代わりにちゃんと美味しいのくれよな! 絶対だぞ?」


「おうおう、絶対だ。俺のとっておきをオマエにくれてやる」


「おぉおおお、とっておき! とっておきかっ!」


 よっしゃ、日本刀ゲットだぜ。


 男だったら誰だって、こういうの振り回すの憧れだろ。


 死ぬ前に一度はやってみたかった。


 師匠も一本、スーパー格好良いの持ってたし。


「だけど、アンラッキーってのは見過ごせないな」


 鬼っ子の物言いを受けた後だと、前知識なしで抜くのは怖い。この手の物品が取扱注意である点は、自身も過去の経験から知っている。予備知識為しに引っこ抜いて、そのまま昇天した例は、そこかしこに散在する。


 っていうか、そこまで考えたところで、自らの精神にちょっと疑問。


 自分はどうして、こんなにも目の前の刀が欲しいのか。


 そりゃ確かにこういうの大好きだけど。


 でも、なんかこう、がっつき過ぎのような気がしないでもない。


「どういう感じなんだ? 抜くと不幸になるとか?」


「抜くなら注意しろ。今のオマエだと微妙に喰われる」


「え……」


 不吉なアドバイスを頂戴した。


 微妙ってどのくらいですかね。


 喰われるとか、アンラッキーどころの話じゃない。


「それってどういう……」


「もう少しだけ、オマエの魂が私に馴染んでからの方がいいと思う。これ、そんなに強いヤツじゃないけど、今のオマエだと、まだちょっと足りてない気がする。オマエが喰われると、私も美味しいお酒が飲めなくて悲しい」


「え?」


 鬼っ子の言葉が理解できない。


 っていうか、馴染むってなんスか。


「ちょっと待った。俺はアンタの言うことがよく分からない」


「どこがだ?」


「オマエの魂が私に馴染む、っていうあたりから」


「馴染んじゃ駄目なのか?」


「そりゃ状況によりけりでしょう」


 キョトンと首を傾げる鬼っ子を前に、ドクンと胸が大きく脈を打つ。


 こちらの関知しないところで、よろしくない状況が進行中っぽい。


 日本刀を手にしたまま、彼女に向き直る。


「俺の魂って、アンタの腹の中にあるんだよな?」


「あるぞ!」


「いまどんな具合?」


「ちょっと一体化してる。私と」


「マジか」


 表現が抽象的すぎて意味が分からない。


 一体化って何だよ、と。


「いつもはすぐに食べちゃうから、こんな長い間、人間の魂を腹に入れたままだったの初めて。私も驚いてる。もう半分くらいくっついちゃって、吐き出せないっぽい。改めて食べることもできない感じ」


「分かった。とりあえず、俺の魂がヤバいってのは理解できた気がする」


「ヤバくないぞ? ちょっと場所が変わっただけ」


「まさか、そのまま吸収されて無くなったりしない?」


「別に無くならないぞ」


「二つのウンコが肥だめの中で一緒になって、見分けが付かなくなる感じ?」


「そうそう、そんな感じ」


「なるほど」


 ならいいか。


 なっちゃったものは仕方がないし。


「あ、でもさ、それと日本刀がどうして関係してるんだ?」


「私と完全に一体化してからの方が、オマエも強くなる」


「あー、そういうものなのかぁ」


「そういうもんだぁ」


「具体的にはどれくらい?」


「あと二晩くらいで、ぜんぶ一緒になると思う」


「なるほど」


 隕石衝突を待たずして、妙なことになる可能性大って感じか。


 今更ああだこうだと言うのも面倒だし、この場は流されるがままでいい気がしてきた。一度は変態吸血鬼に日本刀で刺殺された手前、その在り方には多分に救われている。感謝こそしても、忌諱する必要はないでしょ。


「それって本人の意識は大丈夫なの? 消えて無くならない?」


「なくならない。ふつう」


「なるほどね」


 要は彼女の鬼パワーのおこぼれを頂戴できるということだろう。


 少しだけ理解したかも。


 今でこそエリーザベト姉の右ストレート一発で頭部を散らす貧弱な肉体だけれど、それも鬼っ子と一体化した暁には、二発くらい耐えられるかも知れないってことだ。それならこれはこれで嬉しいお知らせとも言える。


「それなら別にいいや。気にすんな!」


「おーう!」


 それになんたって不老不死。無敵のボディー。


 この鬼っ子と一蓮托生というのは、当然ながら不安も残る。この子ってば、相手が誰であったとしても、ムカついたら速攻で腹パンしそうだから。もしも先方が強かったりしたら、逆に自滅コースまっしぐら。


 けれど、それも自分が一緒にいて行動を制限すれば解決可能。


 そうした考えたのなら、下手に人間でいるより断然美味しいじゃないですか。特にここ数日はエリーザベト姉妹のおかげで、死亡率がグンと上昇している。むしろ今の状況で元に戻されてもヤバい気がする。


 こうして考えると、あまり深刻な問題ではないな。


 っていうか、そもそも残すところ四日の人生である。


 ヤケクソさ。鬼でも何でもどんと来いだ。


「んじゃ、コイツは回収な」


「回収だー! 後で試し切りな! 試し切りっ!」


「そうだな」


「あの血吸い虫で試そうな! 胴体ぶつ切りだ!」


「いや、流石にそれはどうかと思うけどさ」


 そんなにエリーザベト姉妹が嫌いなのか。


 ぶつ切りとかエグい。


 もしかしたら、鬼と吸血鬼は種族的に仲が悪いのかも知れない。


 こちらの勝手な想像だけれど。


「そうなると問題は、ブツを如何にしてあの二人から隠すかだな」


「隠すのか?」


「アイツらラッキーに飢えてるから、取り上げられちゃうかもだし」


 ぐるりと部屋を見渡す。


 屋内の中に隠すのは駄目だろう。絶対に気付かれる。エリーザベト姉妹はここに目的のモノがあるという前提の上で探すから、見つかるまでは延々と捜索し続けるだろう。かなり手の混んだ調査を行うはずだ。


「……いっそ、外に放り投げるか」


「後で取りに来るのか?」


「だけど、他のヤツに拾われたら面倒だよなぁ」


 これだけの長モノだ。そこいらに落っこちていたら、人目に付くこと請け合い。ものがものだけに通報は必至。そうなったら自身が永遠に手の届かないところに行ってしまう。それだけは避けたい。


 さて、どうしたものか。


「アイツらに抜かせるか?」


「あー……」


 頭を悩ませていると、鬼っ子からの提案。


 これを抜いたら何が起こるのか、見てみたい気がしないでもない。


 対象がアンラッキーである旨も伝わり、一石二鳥である。


 しかし、万が一にも彼女たちに死なれたりしたら最悪だからな。


 エリーザベト姉、愛してる。


 などと検討を重ねているうちに、状況は勝手に進んでゆく。


 不意に屋内でドタバタと足音が響いた。


 開けっ放しであった玄関ドアから、吸血鬼姉妹がこんにちは。


「貴方たち、何を勝手に動いているの?」


 口の周りをべったりと血に染めて、更にそれを強引に制服の袖で拭ったのか、顔は酷いことになっている。落としきれない血液は肌の上に残り、雪のように白い肌の上で掠れ滲んで、非常に猟奇的な有様だ。


 けれど、姉妹は共に気にした素振りもない。


 ズンズンとこちらに向かいやって来る。当然のように土足。


「それが宝刀かしら?」


 早々、エリーザベト姉の注目が日本刀に向けられた。


 この脳天気な吸血鬼のことだ。


 抜くぞ。


 間違いなく、抜くぞ。


「貸しなさい」


「……いいのか?」


「何を言っているの? いいから早く貸しなさい」


 引ったくるように日本刀を奪われた。


 策を仕込む暇もなく、鬼っ子が提案したままになった。


 なんて阿呆なエリーザベト姉。


 そういう間抜けなところも大好きでございます。







--あとがき---


今月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003


オーディオドラマも絶賛配信中です。

https://mfbunkoj.jp/special/nishino/

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