宝刀捜索 三
先んじて仕掛けたのはエリーザベト姉だった。
昨日、雪女から脱兎のごとく逃げ出した彼女も、人間を相手としては嬉々として走り出す。腰を低く落として、まるでレスリング選手のタックル姿勢のようだ。その超小学生級ボディーと相まって、頭の位置が男の膝ほどとなる。
これに並んで、妹さんも同じ姿勢で駆けた。
激しい動きから、丈の短い制服スカートがめくれる。
パンチラしまくり。
スゲェ嬉しい。
特に妹さんの黒のローレグが非常にエロし。
「くそっ、化け物がっ!」
焦った男は姉妹に向けて銃を構える。
狙いを姉の方に絞り引き金を引く。
込められていた実包は、先程のスラッグショットとは異なりバックショット。社務所であらかじめ支度をしていたのだろう。撃ち出された数発の弾丸が、彼女の頭部を目掛けて容赦なく迫る。
動きが速い人外に対しては、弾の使い分けが重要だと、自身も師匠から繰り返し聞かされた。なるほど、それを今まさに目の前で眺めている感じ。一瞬、白く金属光沢の輝く様子が見えたのは、たぶん銀が込められているからだろう。
しかし、これをエリーザベト姉は飛び上がって回避。
続けて放たれた二発目も、弾の一つが足首を掠るに終わった。
外れた弾は地面に敷き詰められた砂利を打って四散させる。大きめの粒が込められていたようで、軽く抉れて下から地肌が露出した。飛び散った小石が自分や鬼っ子の足下にまで飛んでくるの怖い。
「死になさい?」
「っ!」
相手の顔面目掛けて、地上数メートルの地点から姉がドロップキック。
男は弾切れとなった銃を捨てて、咄嗟、身を飛ばして下がる。
残念ながら、ロリキックは空を切った。
ターゲットから手前数メートルの地点に、ザザァと喧しい音を立てて着地。エリーザベト姉のパンプスは地面を深く抉り、今しがたに放たれた散弾にも勝る数の小石をあちらこちらに飛ばした。
「こっちも忘れないでねー!」
姉からの一撃を避けた男。
そこに生まれた隙を、地上から迫る妹さんの腕が狙った。
胴を薙ぐように、大きく横に腕を振るう。
「なっ……」
男は大慌てで、声の聞こえてきた方向に意識を向けた。
身を翻すと同時に、和服の懐から鉈を取り出す。
それが彼の最後だった。
「はいっ、おーわりっ!」
無駄に楽しそうな妹さんの声に合わせて、男の胴体が臍の辺りで分断された。
大きな刀で切り飛ばしたかのようである。
彼女は何も凶器など手にしていないというのに。
これだから人外は嫌だな。
「あら、残念。ハイジに持ってかれてしまったわね」
その傍ら、姿勢を正した姉が軽口をこぼす。
臍を境に上下で切断された男の胴体、その断面から大量の血液が吹き出した。姉妹が首を爆ぜられた際と比べても、殊更に多く感じる。大人として図体が大きい分だけ、血液の量も多いのだろう。
彼女たちは至近距離から血を浴びる羽目となった。
しかし、二人はなんら動じた様子もなく、これを全身に受けては笑みを浮かべる。長く艶やかな金髪がべっとりと赤く染まる。顔も、身体も、制服も。まるでシャワーでも浴びたかのようだ。
「ああぁん、久しぶりにオジサマなイケメンの生血ぃー」
妹さんががペロリと、口の周りに付着した血液を舐めて言った。
格闘ゲームの操作キャラの決め台詞さながら。
しかも本当に美味しそうだ。
顔には満面の笑みが浮かんでいるぞ。
「駄目よ、ハイジ。お行儀が悪い」
「そういうお姉ちゃんだって、ねぇ、どこを見ているの?」
「でも、お行儀が悪いのはたしかだけれど、捨てるのは勿体ないわよね……」
エリーザベト姉妹の視線が向かう先には、血液を吹き出す男の遺体。
恐らく即死だろう。
上下共にピクリとも動かない。
「だよねぇ? 私もそう思うよ。渋いオジサンの生血、凄くいぃ」
「えぇ、たまには悪くないわよね。凄く、凄く悪くないわ」
ゴクリと二人が喉を鳴らす音が、妙に大きく響いて聞こえた。
見てくれが可愛らしいから、あと姉の方は極めてアホっぽいから、どうしても忘れそうになるけれど、彼女たちは歴とした吸血鬼なのである。
自分が白米を美味しく頂くように、二人は人間の血を美味しく頂く。その目に映るイケメン中年の死体は、きっと我ら人間にとってのコシヒカリ。炊きたて。
二分されて倒れた男の下へ、エリーザベト姉妹は歩みを向けた。
「いただきまぁす」
「ふふ、おいしそう」
そして、姉が上半身を、妹が下半身を、お互い手中に収めた。
遺体に馬乗りとなり、血液を溢れさせる断面に顔を埋める。
「おいしいねぇー。おいしいねぇっー」
「そうねぇ、おいしいわねぇ」
その可愛らしいお顔が汚れることを厭わず、ゴクリゴクリと喉を鳴らす。折角の制服も血みどろである。赤くないところを探すほうが難しい。エリーザベト姉など、つい先程にも着替えたばかりだというのに。
そうした光景を眺めて、鬼っ子が言った。
「これだから吸血鬼っていうのは卑しいよなぁー」
意外な手合いから、意外な台詞だった。
同族嫌悪というやつだろうか。
「鬼だって人の血や肉を食べるんじゃないのか?」
「まー、そこいらの鬼はそうかもなぁ」
「アンタは違うんですかね?」
「私みたいな凄い鬼は、純粋に他の生き物の嫌忌を食べるんだ」
「嫌忌?」
「そうだ。だから血なんて飲まないし、肉だって、まあ、あんまり食べないな」
チーズハンバーグを三皿も食った口が何を言うか。
しかも付け合わせのサラダとライスの全てをスルーして。
「そ、そうっスか……」
「それにお酒の方が美味しい。あっ! あとオマエがくれた白いヤツな」
「俺もその意見には賛成だけどさ。あと白いのはホワイトチョコな」
「おーっ、ホワイトちょこぉー!」
鬼という存在の起源は、そもそも人の負の感情、強いて言えば、人間が自らの死や不幸を恐れるが所以に生まれたものだという。ならば彼女が語ってみせた、人の嫌忌を食べるという言葉も、割としっくりとくる。
これが数多に派生して、昨今の多種多様な鬼文化に至っているそうで。
だから一口に鬼と言っても色々とある。例えば昨今、鬼の一種として巷でも有名な吸血鬼。これが鬼と人の交わりから生まれたものだとは、これまた師匠の言である。師匠の言葉なのだから、きっと事実なのだと思う。
故に存在として、古ければ古いほど、鬼は純然なところに近しい性質を宿すそうな。彼女が自身を指して、私みたいに凄い鬼は、と語ってみせた下りは、この辺りの経緯を踏まえた話に違いない。なんて想像してみる。
「……アンタ、割と歳取ってる?」
「なんで?」
興味本位に尋ねると、鬼っ子はこちらをくるりと振り返った。
大きな金色の瞳が、俺を真正面からジッと見つめてくる。
こうして眺める分には、普通に幼女しているのだけれど。
「いや、なんとなく」
「んー、どうだろう?」
「人間的には割と重要だったりするんだけど」
「ま-まー、あー、それなり? 相応? 数えたことないかも……」
「相応ッスか……」
「おー、相応だ、相応」
「もしも覚えてたら、誕生日にはパーティーとかしてあげたのにな」
「え? パーティーしてくれるの?」
「美味いもん食わしたる」
「あー、じゃー、ちょっと待った。思い出す。思い出すぞ私は」
「まあ、気長に待ってるから、そのうち思い出してくれ」
「分かった! 代わりにウマいもん約束な!? 絶対だからな!」
「おうおう」
二晩ほどお酒の席を共にしたものの、未だにこの褐色ロリータについては、すべてが謎に包まれている。ただ、そこまで率先して解明したいとも思わない。地球さんの寿命も目前に迫っている訳だし、知ったところで意味がないとも言う。
それよりも今は、エリーザベト姉妹をどうにかするべきだろう。
「じゅるじゅる」
「じゅるじゅる」
うっわ、スッゲェじゅるじゅるしてる。
姉妹揃って笑顔でじゅるじゅるしてる。
時折、顔が男の腹部断面から上げられる。息継ぎをしているのだろう。その折にチラリと窺える彼女たちの表情は、疑いようのないほどに悦び一色だった。口の周りが真っ赤に染まっていて、非常に不気味である。
「健康な中年男の生き血は美味しいわねぇ」
「やっぱり男の血はこうじゃないとだよぉ」
死人の頬を撫でてエリーザベト姉が言う。
妹さんの方は、まあ、なんていやらしい。股間を撫でている。
どうやら二人とも、好みのタイプは年上のようだ。切断された男の胴体に顔を押しつけて、狂ったように血を啜る。これが妹さん曰く、チューチューしちゃうぞ、なのだろう。二人とも何故か性的に興奮しているように見える。
「あんのー、食事も結構だけど、先に目的のモノをなんとかしませんか?」
とりあえず、離れた場所から声を変えてみた。
だが、二人はまるで聞く耳を持たない。
「じゅるじゅるじゅるじゅる」
「じゅるじゅるじゅるじゅる」
飢えた猿のように血を啜っている。
繰り返し声を掛けても、一向に反応は得られなかった。
どんだけ血が好きなんだよ。
血への執着は若い吸血鬼ほど衝動的だと、以前に会った吸血鬼が言っていた。まさかここまで変態的なものだとは思わなかった。相応に若い二人なのだと、改めて彼女たちの実年齢を思い知らされた。
仕方がない。
面倒だし放っておこう。
「もういいや、俺らだけで確認しに行こう」
「おーう」
エリーザベト姉妹を放って、俺と鬼っ子とは社務所に向かった。
---あとがき---
一昨日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003
オーディオドラマも絶賛配信中です。
https://mfbunkoj.jp/special/nishino/
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