酔っ払いの容態

「おーい、生きてるかー?」


 一時帰宅、玄関を抜けて廊下を進み、一つしかない居室に向かう。


 するとそこには、家を出た際と変わらず、布団の上に横となる鬼っ子の姿があった。相変わらずグッタリとしている。


 ただ、多少なりとも具合が改善したのか、顔色が良くなっていた。


 ちなみに吸血鬼姉妹は家の外で待っている。


 俺の部屋なんて入りたくない、だそうな。本格的に嫌われてるっぽい。


「……大丈夫か?」


「の、のど、かわいたぁ……」


 語りかけると返事があった。


 ちゃんと意識があったことにホッと一息だ。


「水とか飲めるか?」


「うん……きっと、のめる……」


「じゃあ、ほら、これ」


 近所のコンビニで買ってきたポカリの出番。


 蓋を開けたペットボトルを差し出すと、鬼っ子はのっそりと上半身を起こして、これを受け取り口を付けた。ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ。大きく喉を鳴らして、けれど、ゆっくりと慎重に飲んでゆく。


 そして、半分ほど腹に収めたところで、口をボトルから離した。


「はぁー……」


「もう昼過ぎだけど、大丈夫?」


「……びみょう」


「び、微妙か」


 大丈夫じゃなかったら、どうなっちゃうんだよ。


 鬼ってお酒に強いんじゃなかったんですかね。


「おさけ、ヤバい。おさけ、こわい」


「……そか」


 どうにも元気がないぞ。


 布団の上、アヒル座りで腰を落ち着ける姿は、どうにも弱々しい。今なら自分でも簡単に倒せてしまいそうだ。そもそもコイツは本当に鬼なのか。エリーザベト姉の言葉じゃないけれど、色々と怪しくなってきた。


「俺、またちょっと出かけてくるから、お前はここで寝てろよ」


「え、いいのか?」


「別にいいよ。好きにしてくれて」


 手にしたビニール袋を鬼っ子に差し出す。


 ポカリと併せて近所のコンビニで買った品々だ。


「あとこれ、食い物とか入ってるから、食べられるようになったら食えよ。あ、でも無理してまた吐くんじゃないぞ? これ以上、部屋を汚されたら泣いてしまう」


「おぉ……ありがたい、ありがたい。おまえ、いいやつ……」


 人外に感謝されるなんて、生まれて初めての経験だ。


 肌で感じる異文化コミュニケーション。


「んじゃ、行ってくるから」


「ん、いってらっしゃい……」


 弱々しい声に送り出されて、居室を後にする。


 玄関で靴を履いて外に出ると、家のすぐ前にはエリーザベト姉妹の姿が。姉はこちらを見つめて直立不動、妹さんは足下の石ころなど蹴飛ばしながら。外見は同じであっても、まるで性格の違う姉妹だ。


「遅いよわ」


「悪かったね」


「女の子を待たせるなんて最低なんだよぉー」


「俺は脈のない相手に優しくするほど人格ができちゃいないんだよ」


「それ女にモテない典型なんだって、前にテレビで見たよぉ?」


「そもそも脈がないのに、どうしろってのよ? 矛盾してない?」


「ぐぬぬぬぬっ……」


 可食部のない餌で恋愛弱者を釣るのはご遠慮を願いたい。


 情報教材の謳い文句と大差ないでしょ、そういうの。


「っていうか、これからどーすんの? どこか行くんですか?」


「行くに決まっているでしょう? 次の候補地へ向かうわよ」


「それってどちらさん?」


「ちょっと待ちなさい。今調べるから……」


 エリーザベト姉がスカートのポケットから端末を取り出す。


 そういうのは事前に確認しておいて欲しいものだ。




◇ ◆ ◇




 エリーザベト姉が手配した車に乗り込み、自宅を出発した。


 足は昨日にも利用した白塗りのリムジン。ちなみに車内は、運転席や助手席の収まる前方と、後部座席が区切られており、助手席に押し込まれた俺はオッサン運転手と二人で気まずい雰囲気。エリーザベト姉妹は後部座席でリラックス。


 車内カメラで確認したら、ソファーやバーカウンターとか付いているの凄い。


 そんなこんなで自動車に揺られること二、三時間ほど。


 辿り着いたのは東京都も外れの青梅市界隈である。そろそろ日も暮れようかという時分、こんな田舎で何を探すつもりなのか。右を見ても左を見ても緑一色。周囲を木々の茂る山々に囲まれて、アスファルトの舗装もまばらな一帯だ。


 日が暮れれば真っ暗だろう。


 辛うじて乗り入れたリムジンも、ここから先は通れない。もしも奥へ進むなら、徒歩での移動が強いられる。もやし気味な都会っ子には辛い田舎具合ではなかろうか。学校指定の革靴を履いているので、絶対に足が痛くなる。


「で、次は何なんですかね?」


「近隣でケサランパサランの目撃情報が入っているわ。それも大量に」


「あぁ……」


 あの白いフワフワな。自分も小学校の頃に見たことあるよ。


 世間的にも割とメジャーな人外で、七十年代には子どもたちの間で全国的に流行ったとか、ネットの記事で目の当たりにしたことがある。それでも実際に目撃した人は、ほとんどいないと思うけれども。


「このだだっ広い山の中で、アレを捕まえるの?」


「悪い?」


「極悪でしょ? もう日が暮れるじゃん」


「日が暮れるまで、あと二時間は活動可能でしょう。それに目撃情報は、大量に、とのことだから、決して無意味な捜索ではないと思うわ。恐らく近隣に群生しているのではないかしら」


「勤勉っスね」


「お姉ちゃん、根は真面目だから」


「能力と要領が足りず、周りに迷惑を掛けるタイプの真面目だよな」


「うん、その通り。よく分かったね!」


「ちょっとハイジ、貴方は黙ってなさい」


 まあいい。探すのなら、さっさと探してしまいましょう。


 エリーザベト姉の言葉に従い、渋々ながらも探索を決めた。

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