ファミレス

 近所のファミレス、三人で仲良く遅めの昼ご飯。


 自分がチーズハンバーグ定食を注文すると、隣に腰掛けた鬼っ子も同じモノを注文した。昨晩と一昨日、お酒の席を共に過ごしたため、俺が好むものは美味なのだと、勝手に勘違いしたのかも知れない。ふふん。


 他方、正面に腰掛けた弱小吸血鬼は、海の幸とトマトのリゾットなる胃に優しそうなものをチョイス。二日酔いの影響だろう。その肉体が不老不死であることを鑑みれば、精神的なものが大きいのかも知れないけれど。


「おー、これ美味いな! トロトロ! なかトロトロ!」


 口いっぱいにビーフ百パーセントを含んで鬼っ子が吠える。


 ぐさっとフォークに刺して、口で千切った肉の端、チーズが垂れる。


 これを美味そうに啜りながら笑顔。


 ああほらもう、口の周りにソースをベッタリと付けて。そのままでは服に垂れそうだったので、ペーパー布巾で拭ってやる。指先に伝わる柔らかな唇の感触が、ロリコンの心をトロトロとさせる。


 他方、これを眺めてエリーザベト姉は渋い顔。


 不服そうな表情で我々を見つめつつ、リゾットをスプーンで口に運ぶ。


 実家が金持ちだからだろう、市井の食事が気に入らないようだ。


「ファミレスの定食如きでなにを……」


「これ、もう一つ欲しいっ!」


 早くもハンバーグを食べ終えた鬼っ子。


 元気いっぱいに言う。


 セットで付いてきたライスとサラダは無視。


 ひたすらに肉を喰らいまくって、また肉を欲する。


 なんて贅沢な。


 とはいえ、本日に限っては全然問題ありません。


「いいんじゃないの? コイツの奢りだし」


「いいのかっ!? やたー!」


「頼め頼め」


「頼むー!」


 食事はエリーザベト姉が出してくれるそうな。昨晩のお酒はこちらが提供したのだから、昼飯くらいはオマエが出せよと交渉してみた結果、ランチタイムの奢りを引き出した次第である。


 そうして食事を楽しむことしばらく。


 料理も八割が空となった頃おい、不意に響く声があった。


「お姉ちゃん、持ってきたよぉ」


 視線を向けると、見知った姿が歩み寄ってくる。


 エリーザベト姉の妹さんだ。


 紙袋を片手にテーブル脇まで歩みやってきた。


 姉が男物のシャツにジーンズという格好であるのに対して、彼女はピシッとノリの利いた学生服姿である。綺麗に結われた長めのツインテールが、一歩を進む都度にヒョコヒョコと可愛らしく揺れる。


「あぁ、ご苦労様、ハイジ」


「朝帰りの始末を妹に頼むのは、どうかと思うんだけど……」


「ちっ、違うわよっ! 朝帰りってなによっ」


「違うのぉ?」


「当然じゃないっ! 誰がこんな男っ!」


「だってお姉ちゃん、雰囲気に流されやすいし、いざという時に失敗するし」


「ぐっ……」


「着替え、持ってきたよ。欲しいんでしょ?」


「うっ……ほ、欲しいっ」


 どうやら妹さんに着替えを持ってきてもらったらしい。


 ファミレスに向かう道すがら、端末を片手にあれこれ連絡を取っていたのは、これが理由だったのだろう。どうりで尋ねても教えてくれなかった訳だ。


「まあ、詳しくは聞かないけど……」


「ありがとう、ハイジ」


 エリーザベト姉妹の間で受け渡される紙袋。


 妹さんはチラリと俺の顔を垣間見て言葉を続ける。


「お姉ちゃん、男はちゃんと選んだ方がいいよ?」


「わ、分かってるわよっ!」


 そういうこと、本人の前で言うのはどうかと思う。




◇ ◆ ◇




「はぁ、やっと着替えられた。生き返った気分かしら」


「おかえり、お姉ちゃん」


 妹さんの持ってきた紙袋と共に、ファミレスのトイレに立っていた姉がテーブルまで戻ってきた。その出で立ちは先程までのダボダボなシャツとジーンズから一変、学校指定の制服に替わっている。


 ところで彼女、往路とは異なり復路は手ぶらである。


 今まで着ていたレンタル品はどこへ行ってしまったのだろう。


「あれ? 俺の服は?」


「え? 捨てたわよ?」


 さも当然のように言ってくれる。


 何がおかしいの、とばかりに首を傾げる仕草が、普通にムカつく。


「ちょっ、それマジで言ってんのっ!?」


 割とお気に入りのシャツだったのに。


 ズボンだって購入から間もないのですけど。


「私が着た服を貴方がまた着るとか、想像しただけで悪寒が走るわ」


「人の好意をなんだと思ってるんだよアンタは……」


 本日の外気は四十度を超えている。


 自宅からファミレスへ移動するまでの間にも、絶え間なく滲み出ていただろうエリーザベト姉の汗。それが我がシャツの市場価値を大きく向上させていることは間違いなく、返却の時を密かな楽しみにしていた。


 お気に入りのシャツをスーパーお気に入りのシャツに進化させようと、邪な思いを胸に抱いたが故の失敗だ。いいや、ちょっと待て、今なら便所へ走れば、ゴミ箱に捨てられたところをサルベージできるかも知れない。


「トイレのゴミ箱に入れたのか?」


「え? 流したわよ?」


「いやいや、流しちゃ駄目でしょうに……」


 トイレが詰まっちゃうじゃないですか。


 なんたる無念。


 流石に便所の水に浸かった服は嫌だ。


「貴方、まさか回収するつもりだったの?」


「だ、だったらなんですかー? 元々は自分の服ですよ-?」


「匂いを嗅いだり、口に含んだりするつもりじゃないでしょうね?」


「ハハ! その点に関しては一切保証しかねます」


「本当、気持ち悪いわね……」


 汚物を見るような目で見つめられる。


 そうした視線もまた、なかなか悪くない気がしている俺がいる。決して好かれることがないのだと理解してしまうと、人間、他のベクトルでも構わないから、相手と交流を持ちたいと思ってしまうのだ。


 今なら中年のオジサンオバサンが、若い子にセクハラする理由を理解できるぜ。


「お姉ちゃん、本当にこんなのがいいのぉ?」


「だから違うって言ったでしょう? 無理やりお酒を飲まされて、家に泊る羽目になっちゃったのよ。好きで一泊した訳じゃないわよ」


「連絡を呼べば良かったのに? 迎えなんてすぐだよぉ?」


「……き、気を失ってたのよ。少しばかり飲み過ぎたの」


「あー、お姉ちゃん、お酒に弱いもんね。その癖、ぜんぜん酔ったように見えないから性質が悪いっていうか、周りにガンガン飲まされて、潰されて、いいように身体を使われるタイプの女だよね」


「あ、やっぱりそうなんだ。昨日とか、マジそんな感じでだったよ」


「まさか君ってば、酔ったお姉ちゃんとヤッちゃった?」


「残念ながら、今朝にも本人から膣内平和宣言を受けました」


 もしもそうだったら、これほど嬉しいことはなかった。


 エリーザベト姉とおセッセできたのなら、四日後に控えた隕石到来のお知らせも、何ら憂いなく迎えることができる。こんな高グレードの金髪ロリータと関係を持てた時点で、俺の人生はハッピーエンドだもの。


「ちょ、ちょっとっ! 外でそういうことを言わないでもらえる!?」


「なるほど、屋内でならいいのか。ありがとうございます」


「どっちでも駄目に決まっているでしょうっ!?」


「おふたりさーん、いちゃつくのも結構だけど、あまり大きな騒ぎは起こさないでもらえないかなぁ? 昨晩の出来事、まさか私が知らないとでも思っているなら、いくらなんでもそれは酷いと思うよぉ」


「えっ……」


「いきなり夜中に叩き起こされて、お姉ちゃんたちの醜態を隠蔽する身にもなってもらいたいなぁ? これからお酒を飲むときは、実弾とか持ち歩いたら駄目だからね? おかげでこっちはひどい目にあったんだからぁ」


「…………」


 どうやら昨日の騒動は、妹さんが隠蔽してくれていたようだ。


 どおりでこれといってニュースになっていなかった訳である。ファミレスへ移動する間にも、ネットでニュースサイトを確認していた。発砲のハの字も見受けられないから、おかしいなぁとは感じていたのだ。


 この様子なら自宅に警察官がやってくるようなこともあるまい。


 エリーザベト姉としては、これほどきまりの悪い話もないだろう。


「ところでお姉ちゃん。そっちのは?」


 そうこうしていると、妹さんの意識が他所に移った。


 視線の先には鬼っ子の姿がある。


「ん? なんだ?」


 彼女は現在、三つ目となるハンバーグに喰らっていらっしゃる。


 はぐはぐとお肉を頬張る姿は、とても幸せそうだ。


「えっと、彼女はそのぉ……」


 どうして答えたものか、しどろもどろするエリーザベト姉。


 先刻にも受けた腹パンが影響しているのだろう。


 この場の力関係で一番上に立つのが、この小さい鬼っ子だ。


 妹さんは、それをまだ知らない。


「鬼なの?」


「そ、そうね。鬼なのよ、鬼」


「それにしては負の感覚が弱いような気がするよぉ? 餓鬼?」


 口元に人差し指を当てて、首を傾げる妹さん。


 絶対にキャラを作っている。


 これに素の表情で慌てるのがエリーザベト姉だ。過去には妹さんと同じような態度を取り、痛い目を見た彼女だからこそ、その狼狽具合は大したもの。これ以上は触れてくれるなとばかりに声を上げた。


「ちゃ、ちゃんとした鬼よ? あまり気にしちゃ駄目よ?」


「そうなの? っていうか、お姉ちゃん慌ててる?」


「あ、慌ててなんかないわよ! それよりもほら、これ食べる? トマトのリゾット、美味しいわよ? お米は安い輸入米っぽいし、野菜は元気なくて栄養価が低そうで、無駄に塩気の効いたスープは化学調味料がいっぱい!」


「……お姉ちゃん?」


「なにかしら?」


「もしかして、この二人に弱みとか握られてる?」


 弱みというよりは、存在として強弱が付いてしまっている。


 けれど、自尊心の高い彼女はこれを素直に伝えられない。


「そ、そんなのじゃないわ。貴方が気にすることではないわよ、ハイジ」


「そうなの?」


「それよりも、ほら、貴方も何か注文しなさいな」


「あの、お姉ちゃん、私もうパフェを食べてるんだけど……」


「あ、これ美味しそうじゃない?」


 店内ベルを人差し指で連打するエリーザベト姉。


 そんな感じでランチタイムは穏やかにも過ぎていった。





---あとがき---


4月25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となります。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めに入れさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003

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