ラッキー砲 二

「……なにこの迸る幸福感」


 ドアが開かれるのに応じて、全身が多幸感に包み込まれる。これといって何を浴びた訳でもないのに、全身がほんのりと温まったような、そんな訳のわからない感覚だ。昨晩、千年を抱きしめたときと同じような感じ。


 つまり、とても幸せな気分。


「ここに一日も過ごしたのなら、末期ガンだってどうにかなるわね」


「私も何度か来てるけど、身体の調子とか凄くいいんだよねぇ」


「マジですか。凄いじゃないですか」


 でも、それくらい容易に納得できるほどの幸福感がある。


 部屋の外に立っているだけでも、ほわぁとする。ほわぁと。


「二泊ぐらいすれば、俺もイケメンになれるかな?」


「それは何年経っても無理だから諦めなさい」


「幸せの無駄遣いだよねぇ。勿体ない」


「これだけの力を持ってしても、俺の顔は修正不可能なのか」


 エリーザベト姉妹の言葉に従うと、居合わせた人外は皆ラッキー属性。


 本国在住と思しき手合いから、明らかに海向こうなヤツ。小さいのから大きいの。人の形をしたのから、何が何だか分からない物体エックス。力の強さも家内安全から町内の安泰、更には単体で地域の発展を司るものまで、実に様々な集まり。


 過去、これほどまでにラッキーが一カ所に集まったことがあるだろうか。


「この場に立ち会えたことを私たちに感謝なさい?」


「俺なんかが入ってもいいんスか?」


「ここで見ててもいいわよ」


「それなら是非とも、入らせて頂きます」


 相手は人外。怖いには違いない。福禄寿様の一件を鑑みても分かるように、どれだけラッキーな連中であろうとも、牙を剥けば脅威となる。幸せを扱っているからといって、無条件で安全であるとは限らないのだ。


 けれど、それ以上に刺激されるところあって、部屋に足を踏み入れる。


 先行するエリーザベト姉妹の背を追いかける。


 彼女たちが部屋に入るのに応じて、室内に集まった者たちの視線が動いた。


 姉妹の下へ、幾十、幾百という注目が向かう。


「待たせたわね。早速だけれど始めましょう」


 到着早々、ラッキーたちに語り掛けるエリーザベト姉。


 妹さんはそのすぐ隣に控えた。


 自分は千年を抱えたまま彼女たちの後ろへ。


 もしかして、二人はこの場でリーダー的な存在だったりするのだろうか。中間管理職的な立ち位置を想定していたので、ラッキー空間への入場から早々、やたらと偉そうな態度を取るエリーザベト姉の姿に若干ビビった。


 どう贔屓目に見ても、部屋に集まった者たちの中で姉妹は雑魚の部類。


 それなのに金髪ロリータは堂々と口上を続ける。


「つい先日に失敗を認めた人類は元より、他に多くの者たちが挑んでは幾度となく敗退してきたのが、今回の困難極まる仕事よ。南方の龍も、西方の精霊も、東方の英霊も、北方の神々すらも、迫る巨大な隕石を前としては、碌な抵抗が叶わなかった」


 なに偉そうなこと言っちゃってんの。


 アンタの後ろにいる俺とか、既にチビりそうなんだけど。


 格上相手に説教とか絶対にヤバい。


 そんなこちらの心中などいざ知らず、エリーザベト姉は続ける。


「それを今晩、貴方たちが成し遂げるわっ! 絶対にっ!」


 声高らかに言い放つ姿は胴に入ったものだ。


 本性はどうあれ、この演技力だけは大したものである。


「普段は人間からいいように扱われて、同じ人外からも適当な扱いを受けている。そんな貴方たちだからこそ、今日この日、他の誰でもない貴方たちが溺愛する、か弱い人間たちの為に、できることがあるわ。どんな凄い者にもできなかった、できることが!」


 マイクを使っていないのに、声は部屋全体に響くほど。


 凛とした声は素直に格好いい。


「貴方たちこそがこの星で最強だと、森羅万象に示すことができるわ!」


 グッと拳を握り、熱く語った感を出してみせるエリーザベト姉。


 するとこれに答えたのが、数多いる人外のうちの一体。


 否、一神。


「して、吸血鬼の娘よ。仲間集めはもうよいのか?」


 つい数日前に出会ったばかり。


 福寿録様だ。


 相変わらず凄まじい貫禄と存在感である。


「ええ、今この場に集まった者たちで行わせてもらいます」


「そうか、分かった」


 へっぽこ吸血鬼の指示に対して、素直に頷いて見せる神様。これを受けて他のラッキーたちも、納得した様子で声を上げ始めた。うおうおおおお、って感じ。口がない連中は身体を揺らしたり、全身をスピーカーみたいに振動させたり。


 めっちゃカオスな空間である。


 どうやら福寿録様はこの部屋にあっても、相応の力の持ち主のようだ。


 一連の光景を眺めるに、エリーザベト姉妹が掲げるラッキー作戦は、実は凄く微妙なバランスの上に成り立っているのではなかろうか。ここまで辿り着けた時点で、既に奇跡的、とんでもないレアケースではないかと、今まさに感じた。


 力が全てである人外の世界で、雑魚吸血鬼が随分とまあ頑張ったものだ。


 自分ならきっと挫けてる。


 そういう意味では二人とも凄い。めっちゃ尊敬する。


「ところで、そこの鬼はなんだ?」


 不意に福寿碌様の意識がこちらへ向いた。


 角丸出しな千年を見つめている。


「オマケで付いてきただけなので、気にしないで頂けたらと」


「ふぅむ……」


 千年を眺めて思案顔となる福寿録様。


 そんなふうに黙られたら、不安になってしまう。


 なんたって鬼だからな。


 エリーザベト姉も早速焦り始めておりますよ。


 ただ、それ以上は我々に追求が及ぶこともなかった。


「まあ、この人間が抱えているのであれば、よかろう」


「気を揉ませてしまって申し訳ありません。儀式に差し支えるようであれば、場所を移させますが、どうしたらいいでしょうか? そちらの都合がいいように、指示をしてもらえると助かるのですけれど」


「いや、大事の前の小事だ。気にするな」


「お気遣いに感謝します」


「ありがとうございますぅー」


 姉妹揃って福寿録様に頭を下げてみせる。


 自分に対する対応とは雲泥の差だ。


 妹さんなど露骨に猫撫で声である。こうして媚を売る姿も、上客を前にしたキャバ嬢みたいで非常に愛らしい。自分もいつか札束で彼女の頬をペシペシとしながら、エッチな命令を次々と繰り出してみたいものだ。


 いいや、財力で彼女たちに勝ることは不可能か。残念。


 ちなみに一連のやり取りの間で千年に反応がなかったのは、今も陰キャの腕に抱かれて寝入っているためだ。そうでなかったら、下手をしたらメンチの切り合いになっていたかもしれない。意外と人見知りの激しい子だからな。


「あ、人間じゃ」


 福寿録様の語りが一段落したところで、不意に声を掛けられた。


 声の聞こえてきた方に目を向けると、我々に向かい駆けてくる人外が一体。


 昨日にも攫ったばかりの座敷童子ちゃんだ。


「おぉ、一晩ぶり」


「一晩ぶりじゃー」


 千年と同じ和服姿にオカッパ髪の日本童女然とした姿。


 童貞的にどストライクなラブリー幼女である。


「おぬしの知り合いか?」


 その姿を認めて、福寿碌様が口を開いた。


「知り合いじゃ。人間に囚われていたところを助けてもらったのじゃ」


「ほぅ」


 福寿碌様の視線がこちらに移った。


「……あの、な、なにか?」


 この爺さん、どうにも苦手だ。


 初印象がべらぼうに怖かったので、及び腰になってしまう。


「いいや、なんでもない。だが、その良き行いは他者に褒められて然るべき。この度の面倒事が解決したのなら、改めて儂の下を尋ねるといい。その行いにふさわしい褒美を与えることを約束する」


「あ、いえ、自分はそんな大したことしてないですし、そもそも発端はコイツらなんで、褒めてくれるっていうのであれば、是非ともコイツらを褒めてやって下さい。色々と頑張っているみたいなんで」


 そう言ってエリーザベト姉妹を指し示す。


「ちょ、ちょっと、私に振らないでもらえるかしら!?」


「そうだよぉー!」


 彼女たちも福寿碌様は苦手らしい。


 慌てて首を横に振り始める。吸血鬼という肩書きも手伝い、本来であれば相性のよろしくない相手だ。鬼と善神といえば、それこそ水と油、犬と猿、ブサメンと美少女、それくらいよろしくない関係である。


「ふぅむ? ならば共に来るといい」


 だが、福寿録様は事もなげに言ってのけた。


 これまた懐の広い神様であらせられる。


「えっ、あのっ……」


「あのぉー……」


 エリーザベト姉妹は青い顔。


 仕方なく俺の方で頷いておく。


「わ、分かりました……」


 嬉しいような、怖いような、微妙な感じ。


 神様に褒められたら嬉しい。当然、嬉しい。


 けど、それでも人外は怖いものだ。


 などと福寿碌様からの一言にあたふたしていると、クイクイとジャケットの裾を引っ張られた。何かと思えば、すぐ傍らまでやって来ていた座敷童子ちゃん。小さなお手々で引っ張ってくれたみたい。


「わしとの約束もちゃんと守ってもらうのじゃよ?」


 上目遣いに問うてくる。


 高級レストランで小豆ごはん云々だ。


「おうおう、分かってる。ちゃんと準備して待ってるから!」


「おぉ! ありがとうなのじゃ!」


 良い笑顔をもらえて、こちらこそありがとうございます。


 心がポカポカとするのを感じるぞ。


「しかし、鬼を抱えて来るとは妙な人間がいたものだ」


「それは自分も思います。はい」


 未だ眠る千年を眺めてしみじみと頷く。


 本当にコイツは何者なのかと。


「まあいい。では今しばらく、時間が訪れるのを待つとしよう」


「ええ、そうですわね」


 なんでも作戦は外部の機関と連携した上で実施されるそうな。


 その約束の時間まで、残すところ数時間。姉妹に確認したところ、地球上に準備された対隕石作戦は、彼女たちが最後らしい。つまりこれが失敗したのなら、本当に打つ手がないまま、地球人類は消滅せざるを得ない。


 人類史の分かれ目に立ち会えるとは、幸運な話もあったものだ。

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