終末 八
隕石は果てしなく大きかった。
空の青を追い越して、背後に我らが母星を臨む。酸素だとか、窒素だとか、オゾンだとか、そういう一切合切を突き抜けた先、パッと見た感じ、ザ・宇宙という空間に自分は千年と共に浮かんでいる。
そして、向かう先には隕石。
デッカイのが二つも並んでいるぞ。
「力の使い方は、この場で覚えろ?」
「え? あの、千年……あ、ちょっ!?」
予期せずお姫様だっこが解除された。
慌てる。それはもう凄く慌てる。
手足をバタバタと。
けれど、何故か千年と離れていかない不思議。
「今は同じ速度で落ちてるから大丈夫だぞ?」
「…………」
なんかこう、あれだ。一方的にアホの子だと思っていた千年から、ニュートン力学的な何かを説明されて、ちょっとばかりショックを受けた。実は凄く頭がいいとか、そういう感じだったら、更に惚れてしまうよ千年。
普段から頼もしいけれど、今は輪にかけて格好いいな。
「障壁も張ってる。息だってできるぞ?」
「お、おぉ、ありがとうな! おかげで頑張れそうだ」
「おーう、それはよかったな!」
千年が隣で笑っていてくれたら、自分は最後まで頑張れる気がする。
守りたい、この笑顔。この褐色ロリータ。
「それで千年、これからどうするの? 知ってたら教えて欲しいな」
「あれをぶっ壊して欲しいんだろ?」
「そりゃそうだけど、下手に砕いても破片とか凄くない?」
「おー、破片、破片かぁー」
「なんか上手い方法があればいいんだけど……」
「じゃあもう、全部まとめて向こうにやっちゃうぞ」
「え? ど、どうやるの?」
「黒いモヤモヤあるだろ? このふわふわしてるの」
「お、おう」
「それをこう、前に出して、ドバ―って感じだ」
「いやいや、千年、そんな適当な……」
相変わらず大雑把なご説明である。
そこが千年らしさでもあるので、決して嫌いではないけれど。
「ちゃんと力の使い方を覚えれば、こんな石ころ、どうにでもなる。それよりオマエは、これをどうにかした後で、私を止めなきゃならない。そっちの方が大変で、もしかしたら、オマエは止められないかもしれない」
「……千年?」
「いいか? この黒いのを前に出して、ドバ―だ」
「ド、ドバ―か」
「そうだ。全力でドバ―だ」
自分や彼女の身体から滲み出る、黒い靄を指し示して千年は言う。
正直、何が何だかサッパリ分からない。
「それでちゃんと私のことを止めるんだ。きっとこの石ころを退かしたあと、私はオマエを殺す。あの弱っちい吸血鬼も殺す。他の人間も、ぜんぶぜんぶ殺す。殺しまくる。きっとあの丸いの全部、壊しちゃう。今も殺したくて、壊したくて、しかたない」
後方の青い惑星にチラリと視線を向けて、千年は語ってみせる。
彼女にしては珍しく、饒舌な物言いではなかろうか。
非常にらしくない。
「だから、オマエがそれを止めろ。この石ころは練習だ」
っていうか、練習かよ。
完全に本番だと思うのだけれど。
「私は鬼だ。だから、人間の負の感情が集まってくる。沢山集まると、なんか止まらないんだ。どうしてなのか、私も分からない。ただ、集まってくる。たくさん、たくさん、勝手に向こうから集まってくる」
「つまりあれか、暴走状態って感じ?」
「そうそう、暴走だ。前は止めてくれるヤツがいたけど、今はもういない」
「え、嘘、マジ? いたの? そんな凄いストッパーが」
どこの誰だろう。隕石に喧嘩を売るような鬼っ子のお相手。
会ってみたいような、会ってみたくないような。
「だから、今回はオマエが止めるんだ」
「まあ、そういうことなら、そ、そうだな……」
改めて考えてみるとこれ、最高に格好いい役回りじゃなかろうか。
そういうこと大好きなロリータに言われたら、絶対に断れない。
見事に果たせたのなら、とても幸せな気分になれそうだ。
それはきっと自宅でお酒に浸かっていたら、絶対に至れない地点。
「任せろ、千年。絶対にオマエのこと止めてやるからな!」
「おほ、ありがとうな。私も凄く嬉しいぞ!」
「っていうか、オマエって鬼のくせにいいヤツなのな」
「良いとか悪いとか、そういうの私にはないな。ただ、お酒を飲めなくなるのは凄く嫌だから、私はまだ後ろにある丸っこいのを壊したくない。だから、多分、めちゃくちゃ大変だと思うけど、頼んだぞ?」
「おぉう。自分もお酒を飲みたいから頑張るわ」
「だよなー!」
にんまりと素敵な笑顔を浮かべる千年。
なんて魅力的なんだろう。愛してる。
心の底から愛しておりますぞ。
「んじゃー、行くぞ! 一つずつだ」
「ういッス!」
なんかよく分からないけど、やるしかないらしい。
黒いのを前にだしてドバ―だ。
黒いのを前に出してドバ―。
今はそれだけを考えよう。隕石も何もない。
ただただ、千年の為に、俺は――――
---あとがき---
5月29日、「田中 ~年齢イコール彼女いない歴の魔法使い~」の11巻が発売となりました。本巻より書籍版のみの独自展開となります。約23万文字あるテキストの9割以上が書き下ろしとなり、大変お買い得な最新章です。どうか何卒、よろしくお願い致します。
公式サイト:https://gcnovels.jp/tanaka/
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