飲み会 六

 お酒を呑み始めてしばらくしたところで、ふと妹さんが言った。


「あのー、そっちの子に尋ねたいことがあるんだけど、いいかなぁ?」


「ん? わたしか? わたしに何を聞きたいんだ?」


 酒で気分を良くしている為か、これに鬼っ子は素直に答えて応じた。


 ニコニコと笑顔を浮かべて受け答えする姿はマジぷりてぃ。


「以前にも聞いたけど、貴方って鬼なのよねぇ?」


「そうだぞ。鬼だぞ」


「それってどういう鬼なのかなぁ?」


「あーん? どういうことだ?」


「純粋な鬼なんて、滅多なことでは人の世に姿を見せないよねぇ? だから、鬼は鬼でもどういった鬼なのか、教えてもらえたら嬉しいなぁって思ったんだけど、やっぱり教えてもらえないかなぁ?」


 妹さんの言葉には激しく同意である。


 吸血鬼を筆頭にした数多に及ぶ亜種ではなく、純粋な鬼となると、それはそれは強力な存在だ。そこいらの神様と比較しても、なんぼか強い。つい先日に出会った福寿録様だって、鬼と喧嘩したらどうなることやら。


 故に個体も少なくて、世俗では滅多なことでは出会わない。


 っていうか、出会ってしまったら大変なことだ。


「それがよく分からないんだよなー」


「えぇー……?」


 あっけらかんと言ってのける鬼っ子。


 手にしたグラスを大きく傾けて、ゴクゴクと琥珀色の液体で喉を鳴らす。相変わらず良い飲みっぷりだ。ロックなのにまるで堪えた様子がない。碌に氷も溶けていないのに。とてもではないけれど、蒸留酒の呑み方とは言えない。


 ダブルを一息に飲み終えて、プハァと酒臭い息を吐いた。


「ふぃー」


 ゲフっと可愛いげっぷ付き。


 今の大好き。


 マウストゥーマウスで体内に注入したい。


 だが、その仕草に萌えてばかりもいられない。


「ちょっとちょっと、今の発言は自分も気がかりなんっスけど」


「ん、どうしてだ? 私のことが気になるのか?」


「当然でしょう? 俺とアンタは一蓮托生のパートナーな訳だし」


「覚えてないんだから、仕方ないだろ? なんか曖昧なんだ」


「なんッスかそれは。もう少し詳しく教えて下さいよ」


「なんかやってた気がするんだけど、気付いたら箱の中に入ってた」


「箱ってあれですかね? あの道端で出会ったときのダンボール」


「そうそう、あれに入ってた」


 三日前、チンポッポ吸血鬼に日本刀で通り魔された際の出来事が、鮮明に思い起こされた。道端で段ボール箱に収まり、こちらに声を掛けてきた鬼っ子。彼女との最初の出会いは、未だ記憶に新しい衝撃的な光景。


 衝撃の大半はエリーザベト姉の奇行が原因だけれども。


 チラリと彼女に視線を向けてみると、会話の流れにチンポッポの兆しを感じて、妹さんの手前、あわあわしているの可愛いよ。その姿を確認して、きっと未だにプレイしているんだろうなぁ、なんて思った。


「だけど、名前くらいは思い出せるんじゃないですかぁー?」


 困惑の表情を浮かべる鬼っ子に、妹さんが言った。


 そう言えば、自分は彼女の名前を知らない。


「名前?」


「そ、そうよ。自分の名前くらい覚えていないの?」


 エリーザベト姉からも声が上がった。


 これに対して、鬼っ子の返事は極めて簡潔なもの。


「名前は鬼だ」


 これまた素っ気なく語ってみせる。


 それって本当に名前なのだろうか。あだ名とかなら、まだ分からないでもないけれど、名前が鬼ってちょっとおかしいでしょう。そうした疑問はエリーザベト姉妹も抱いたようで、自身が馬鹿にされたとでも捉えたのか、すぐさま姉が吠えた。


「それは種族の話でしょう? 私が尋ねたのは名前なのよ」


「だから鬼だって。オマエ、ばか?」


「きぃーー!」


 ソファーに腰掛けたまま地団駄を踏むという、器用な真似が真正面で行われる。


 あまり長くないスカートの裾がめくれて、肉付きの良いムチムチとした太股が丸見えなのが素晴らしい。付け根の方まで見えてしまっているから、鬼っ子には今後とも彼女のことを煽り続けて頂きたい。


「言いたくないんだろ? いいじゃん、別に」


「こ、この子はっ……」


 鬼っ子を見つめて、本気で悔しそうなエリーザベト姉だった。


 こうなると妹さんからも、それ以上の追求はなかった。


 下手に関わっては危ういと、正しく理解しているのだろう。


「とはいえ名前がないと不便だし、あだ名を進呈しよう」


「あだ名?」


「アンタの二つ目の名前だ」


「おー、私に名前をくれるのか?」


「アンタが要らないなら、代わりにそっちの吸血鬼に付けるけど」


 鬼っ子に向けていた視線を、対面のエリーザベト姉に移す。


 いつか妹さんの前でチンポッポ吸血鬼と呼んでみたい。


「わ、私はそんなゴミいらないわよっ!」


「残念だよ。俺の苗字をプレゼントしようと思ったのに」


「最悪ね」


「君もめげないよねぇー?」


 おうふ、妹さんに感心されてしまった。


 ところで、そんな彼女が口元で傾けているのは、口の広いブルゴーニュのグラス。小さな彼女の顔と比較しては、本来のサイズよりも一回り大きく感じてしまう。アンバランスな感じが、背伸びをする子供のようで微笑ましくも可愛らしい。


「なんて名前をくれるんだ?」


「今日から俺はアンタのことを、千年と書いて、ちとせ、と呼ぼう」


「ちとせ? なんだそれ」


「たとえば今、アンタが手にしているお酒は三十年前に仕込まれたものだ。要は三十歳。ところで質問なんだけれど、さっき飲んだヤツと、今飲んでるやつ、アンタ的にはどっちがおいしい?」


「今飲んでるヤツ!」


 鬼っ子は即答だった。


 良かった、助かった。ほっと一息。


 この辺りの好みは割とスッパリ分かれるから。


 若くて尖った風味が好きな人も意外と多いじゃない。


「さっき飲んでたヤツは二十一年前だ。つまり二十一歳」


「それがどうした?」


「つまり、ほら、あれだよ……」


 お酒の力を借りて、頑張る。


 陰キャ、頑張る。


「昔からこう言うじゃないですか、酒と女は古い方が良いって。しかしながら、こっちはアンタが何歳か知らない。そして、アンタ自身も知らないときたもんだ。果たして今この瞬間、お酒の席を共にする素敵な女性は、果たしてどれだけ古いのか」


「ほう?」


「ということで、とりあえず千年だ。千年(ちとせ)だ。自分にとってのアンタとは、アンタが今、そのお酒を飲んで美味しいと思った以上に、その何十倍も情熱的で熱狂的なものだと思ってくれればいい」


 ちょっとカッコ付けて、フッ、とか笑みを浮かべる


 どうよ、どうなんよ。


 これ決まったんじゃないですかね?


 胸をドキドキさせながら、鬼っ子を見つめる。


 すると、先方からは想像した以上に喜ばしいお返事が。


「なにそれスゲェ格好いいな!」


「だ、だろっ!?」


 ペカーっと素敵な笑顔になる鬼っ子。


 やったぞ、認められた、俺のセンス。


 嬉しい。困った、とても嬉しいぞ。


 こんなナルってる台詞まで言えちゃうとか、お酒の力は偉大だ。


「ふ、ふぅーん? 何を格好つけているのかしら? 下らない……」


「なんだよ? 頑張って考えたのに、駄目なのかよ?」


 すぐ正面から不服そうな声が響いて聞こえた。


 せっかく人が充実した気持ちで喜びを覚えているのに。


 即興ながらも渾身の愛を囁いたというのに。


「別に私は否定したつもりなど、まったくないのだけれど?」


「なるほど、焼き餅か? それならアンタにもあだ名をプレゼントだ」


「い、要らないわよっ! 誰が焼き餅なんか焼いているものですか!」


「おいちょっとー、オマエ文句とか言うなら殺すぞ? 私のなまえー」


「っ……」


 鬼っ子にジロリと見つめられて、エリーザベト姉は静かになった。


 ふふん、どうやらこの場は俺の勝利。


 悔しそうな表情の金髪ロリ吸血鬼を眺めて気分を良くする。


「まーまー、いいじゃんお姉ちゃん。千年ちゃん、可愛い名前だよ?」


「……だから、別に悪いとは言ってないわよ」


 妹さんにまで宥められて、不貞腐れるエリーザベト姉。


 これに構わず、鬼ッ子改め千年は満足気な表情で言った。


「んふ。いい気分だから、もっと飲むぞ」


「おう、俺も飲む」


「よーしよし、一緒に飲むぞ。千年と一緒に飲むぞ」


「おぅしおぅし、千年と一緒に飲むぞ。たくさん飲むぞ」


 自分のグラスと彼女のグラス、それぞれにお酒を注ぐ。


 そして、どちらともなく杯を掲げては、乾杯。


 美味しい。


 お酒、美味しい。


 千年が千年を認めてくれて、凄く幸せな気分だった。


 天にも昇る心地とはこのことである。






--あとがき---


先月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003


オーディオドラマも絶賛配信中です。

https://mfbunkoj.jp/special/nishino/

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