座敷童子 一
「すみませーん」
純和風な造りの門を正面に置いて、俺は声を上げた。
一路、向かった先は小田原に所在する日本邸宅。都内の高級住宅街に立ち並ぶ成金家屋と比較しては地味に映る。けれど、その造りは確かなもので、歴史を感じさせる荘厳な風格は、建築のいろはを知らない自分でも素直に凄いと思った。
一重に言えば、座敷童子の効果効能を示唆して止まないお宅だった。
費用だけを考慮すれば、他にもっとお金の掛かった家はあるだろう。けれども、それ以上の何かが、この先には存在するのだと、訪れる者に予感させるだけの妙な存在感が、こちらの邸宅には感じられる。
「すみませぇーん!」
そんなお宅を前として、俺は声を上げている。
後ろにはエリーザベト姉妹の他、エンジンを切って停車したリムジン。
気分的にはあれだよ、ほら。
あまり仲の良くない友達の家に、学校のプリントを届けに行くような感じ。
「すみませぇーーーん!」
声高々に叫ぶこと幾十回。
何度繰り返しても、お屋敷からは反応がない。
もしかして留守なのだろうか。いやしかし、これだけ大きなお屋敷で、家に人が一人もいないということがあり得るのだろうか? 家族で旅行に出かけるにしても、お手伝いさんに留守番をお願いするくらいのことはしそうだけれど。
「なぁ、本当にいるの? っていうか、ここって誰の家?」
「留守でないことは確認してあるわ。事前に連絡を入れたもの」
「連絡取ったのかよ?」
「ええ、取ったわよ」
だったらどうして反応がないのか。
居留守ってやつだろうか。
いやしかし、だとしても何故に。
まあいい、そういうことならご挨拶を続けようじゃないの。こうなると意地でもご対面してみたくなる。声を上げるばかりではなく、邸宅の門に手を伸ばして、これをドンドンと叩きながらのお声掛け。
「すみませぇーんっ! すみませぇーん! 」
軽く握った拳で門を叩きながら、すみませんを繰り返す。
しばらくすると、叩いていた部分が壊れた。
バキッという音と共に、閉じた門の正面、格子状に組まれた板が割れた。
「ちょっと貴方、なに壊してるのよ」
「あ、いや、もっと頑丈だと思ってたんだけど……」
これと時を同じくして、先方にも反応があった。
流石に自宅を壊されるのは嫌だったのだろう。
『エリーザベト様方ですね? 少々お待ち下さい』
インターホンのスピーカー越し、良く通る女性の声。
直後に目前の門が、誰の手で押されることもなく、ガラガラと横にスライドして開いた。自動ドアとは思わなかったので、ちょいと驚いた。その先には広大な庭が広がっており、遙か先に純和風なデザインの母屋が窺える。
「まったく、無駄に時間を取らせないで欲しいわね」
「だよねぇー」
躊躇なく進むエリーザベト姉妹。
その小さな背中を追いかけて、自身も一緒にお邪魔します。
◇ ◆ ◇
我々が通された先は、広々とした畳敷きの一間だった。
まず目に付くいたのは、同室に面する縁側と、その先に眺める庭。特に金が掛かって思える。時折、カコンと小気味良い音を立てて鹿威しが鳴く。他に灯籠やつくばいの並ぶ様子は、典型的な日本庭園を絵に描いたよう。
意識を室内に戻すと、部屋の中央には大きな和テーブル。
正面には七十代から八十代を思わせる老年の男性。
「こんな場所に何の用だ?」
老体は我々をしかめ面で迎え入れた。
渋みの効いた、有無を言わさぬ迫力の感じられる声色だった。
ヤクザの大親分的な気迫を感じる。
彼の正面にはテーブルを挟んで、三つばかり座布団が並んでいる。
そこへ座れということだろう。
自分は大人しく座布団に向かおうとした。だが、エリーザベト姉妹は部屋に入って二、三歩を歩んだところで静止。立ったまま相手と対峙していらっしゃる。なんてお行儀が悪いのだろう。
「お、おい、座らないのか?」
「座敷童子をもらいに来たわ」
「さっさと出そうねー?」
俺の言葉を無視して、エリーザベト姉妹が言った。
彼女たちの振る舞いには、目の前の老体に対して、敬意のけの字も感じられなかった。むしろ全力で煽って思える。出会った当初の自分に対する振る舞いと比較しても、尚のこと適当に感じられる。
「…………」
これを受けて、老体はスゥと目を瞑った。
怒りを静める為だろうか。
「どうせもう長くないのだから、さっさと渡しなさい? 最後くらいは楽に逝きたいでしょう。それとも生きたまま腹を割かれて死にたいのかしら
「いうこと聞かないと、ちゅーちゅーしちゃうぞ? って普段なら言うけど、流石にこんなにしわくちゃなのは嫌だなぁ。なんか気持ち悪いよ、おじーちゃん」
「……黙れ、糞ガキ共が」
今しがたに閉じられた瞳が、早々にもカッっと開かれる。
出会って数分と経たずに老体がキレた。
その表情は憤怒一色である。
自身の孫より歳幼いだろうエリーザベト姉妹にマジギレだ。
「それはこちらの台詞よ? 糞ジジイ。さっさと出すもの出しなさい」
「っていうか、お茶の一杯も出さないって、どーなの? ねーねー?」
いつ老体が腰を上げて二人と喧嘩になるか気が気でない。
これ以上、目の前でスプラッタは勘弁だ。
「儂を舐めているのか? 最近は随分と羽振りが良いようだが」
「こんな小さな島国で、僅かなパンを取った取られたしている乞食風情が、随分と大それたことを言うものね? フィクサーだの何だとの囃し立てられて、自分の立場を勘違いしてしまったのかしら?」
「あ、もしかして老害ってやつー? 私、初めて見たぁー」
「こ、この糞ガキ共っ……」
妹さんの立ち振る舞いは、眺めていて自分もイラッとする。
他人をおちょくるセンスがあるよ、彼女には。
「私は父ほど甘くないわよ? 死にたくなかったらさっさと出しなさい」
エリーザベト姉が凄む。
背丈や体付きなど、外見は完全に小学生のそれ。けれども、吸血鬼としての風格がそうさせるのか、あるいは弱者に対する強者としての奢りが遺憾なく発揮されているのか。一連の言葉には妙な威圧感が感じられた。
だからだろうか、相手も続く言葉に躊躇する。
「……何が、目的だ」
「事前に本部から通達を入れたわよね? 第一、私たちが伝えなくとも、貴方にだって事情くらいは伝わっているのでなくて? それとも既に手を尽した後で、米国やロシアの抽選にでも漏れて、ふて腐れているのかしら」
「別にこの屋敷のものでなくとも、他にいくらでも探せばいい」
「うっわぁー、すっごい自己中だぁー」
目の前の老体も地球に迫った隕石については既に知識があるようだ。
ただ、こうして話をした感じ、決して協力的とは言えない。
ところでエリーザベト姉が口にした、米国やロシアの抽選というのは、やっぱりあれだろうか、地球脱出的な意味で。アッパー階級の間でどういったやり取りが為されているのか、気にならないと言えば嘘になる。
「話にならないわね。勝手にもらっていくわ」
「ま、待て! 馬鹿なことを言うなっ!」
「もう十分に楽しんだのだから、そろそろ諦めなさい?」
「このっ……」
両手を畳に突き、膝を挙げて立ち上がらんとする老体。
これに妹さんが歩み寄った。
そして、彼の正面に置かれたテーブルを蹴り飛ばす。
まるで空き缶でも蹴るような気軽さだった。
しかし、彼女は腐っても吸血鬼。重そうな木製の和テーブルは、まるでちゃぶ台返しにでもあったかのように、見事にひっくり返った。進行方向には、今まさに立ち上がろうとした老体の姿がある。
ガツンと音を立てて、彼の顔面と天板がぶつかった。
「へぎゃっ!?」
情けない悲鳴と共に、彼はテーブルの下敷きになって倒れた。
気を失ったのか、それとも死んでしまったのか、ピクリとも動かなくなる。こちらから窺えるのは、凶器の下敷きとなり、ぐったりと伸びたその下半身ばかり。はだけた和服の下から覗くしわくちゃな足回りがキモい。
「おーう、見事にやっちまったよ」
「黙りなさい? 座敷童子を回収しにいくわよ」
果たしてこの老体が誰なのか、気にならないでもない。
しかし、知ったところで何になる訳もなし、今は大人しくエリーザベト姉の言うとおりにしよう。この場で下手に逆らって、帰りの自動車に乗せてもらえなくなったりしたら、とても大変なことだからな。
--あとがき---
先月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003
オーディオドラマも絶賛配信中です。
https://mfbunkoj.jp/special/nishino/
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