終末 五

 辿り着いた先は何の因果か、我々が通っていたクラスだった。


 そして、同所で目撃した衝撃的な光景。


「うわぁー、レイプだぁー」


「あら本当」


 エリーザベト姉妹の言葉が示すとおり、教室内では今まさにレイプの儀が執り行われようとしていた。机や椅子が退けられた教室の中央、一人の女子生徒を取り囲んで、数名の男子生徒が輪を作っている。


 前者は制服を引きちぎられて半裸。後者は半数が全裸だ。


 しかもその誰もに自分は見覚えがあった。だって、クラスメイトなんだもの。それも男子生徒たちは、同クラスでもイケメンで優しいと女子から人気のある谷沢君と、そのご友人一同である。


 女子生徒の方は、学年でも美少女で評判な佐藤さん。


「あっ! コジマちゃんじゃん!」


「それにハイジちゃんもいるぜ!?」


「うぉおおおお、こいつはラッキー!」


 男子生徒たちはエリーザベト姉妹の姿を見つけて、歓喜を上げた。


 内数名はこちらが何を言う間もなく、わらわらと歩み寄ってくる。彼らが何を考えているのかは、愚鈍な自分にも手に取るように理解できた。見事にそそり立った股間の肉棒が、彼らの意思を如実に伝えて下さる。


「いやぁーん、おねえちゃん、私たち、犯されちゃうよぉー」


「あらまあ、これは大変ねぇ」


 飢えに飢えたクラスメイト。まさにチンポッポの風格。


 自分も昨晩の一件がなければ、同じことをしていただろうさ。


 それもこれも、エリーザベト姉妹の魅力が異常なのである。


「おら、こっち来いやっ! 犯してやんよ!」


「俺、ハイジちゃんのオマンコとった!」


「それじゃあ、俺はコジマちゃーん!」


「僕はそっちにいる黒い感じのロリねっ!」


 まるで薬物でも摂取しているかのように、ハイでいらっしゃる。


 その手がエリーザベト姉妹や千年に喜々として伸びた。


 しかし、指先は何に触れることもない。ある生徒は股間を蹴り上げられて。ある生徒は脛を蹴飛ばされて。ある生徒は上下真っ二つに分断されて。一様に床に転がった。若干一名の被害が甚大であるのは、その担当が千年であった為だ。


 他方、陰キャは彼らを迂回して女子生徒の下へ。


 乱交の宴に混じる為だ。


「俺もまぜてくれぇええええ!」


 全力で駆け寄り、今まさに女子生徒の膣へ陰茎を挿入しようとしていた男子生徒に、渾身のトーキックをプレゼント。正常位で挿入しようとした、その肩の辺りを目掛けて、サッカーボールを蹴りつける要領である。


 同級生に暴力を振るうなんて、生まれて初めてのことだった。


 こうして意見したことすら、思い起こせば初めてのような気がする。


「ぎゃっ!?」


 蹴り飛ばされた男子生徒は、股間を立たせたまま吹っ飛んだ。


 ガシャンと窓ガラスを割って、屋外に消えていった。


 しばらくして地面に落ちたようで、ドスンと低い音が静かになった教室に届けられる。想定した以上に軽かった。まるで空き缶でも蹴飛ばしたかのようだった。つま先が折れるかとも心配したけれど、これといって痛みはない。


 ちなみにここは地上三階。


 これにより総勢四名、教室内にいた男子生徒は一掃された。


 皆々一様に気絶、もしくは絶命していらっしゃる。


 僅か数秒の出来事だった。


「まったく、下らないわね」


「あーもう、なんかリアルに幻滅しちゃったよぉー」


 エリーザベト姉妹のお口からは愚痴が漏れる。


 どうやらお望みの展開ではなかったようだ。


 だったらどういった刺激を欲していたというのだろうか。


 陰キャも一息ついて、足元を見下ろす。


 するとそこには制服を剥かれた女子生徒の姿があった。スカートと下着は脱がされており、性器が露出している。ボタンも飛ばされて、シャツは大胆にも胸の上に押し上げられていた。ちなみに乳首はピンと立っている。


「……あの、だ、大丈夫ですか?」


 手を伸ばせば触れられる距離感で、同級生のあられもない姿を目撃。


 ふと冷静になって、陰キャの童貞野郎は全身を緊張から強張らせる。


 問い掛けはめちゃくちゃ噛みまくった。


「田中、くん……」


「これ、き、着るといいんじゃ、ないかな?」


 スーツのジャケットを脱いで、彼女の身体に掛ける。


 胸元を隠すように、ふぁさぁって感じ。


「……ありがとう」


「ど、どういたしましてっ!」


 異性の同級生から感謝の言葉をもらうなんて初めての経験だ。


 ヤバい。緊張が凄い。どうしよう、上手く話せない。


 全身がカチンコチンに固まってしまう。舌も思うように動かないぞ。


 だって相手は学園でも指折りの美少女。


 入学から一方的に眺めてきた、高嶺の花って感じの子。


 そんな体たらくだからだろうか、背後から冷やかしの声が届く。


「貴方、何を噛みまくっているの? 馬鹿なの?」


「今のはどう考えても、気持ち悪すぎだよぉー?」


 エリーザベト姉妹である。


 ちょっと君たち、佐藤さんの前でそういうこと言わないでよ。


「仕方がないじゃないッスか! こんなの初めてだし。っていうか、同世代の女の子と話するなんて、年に数回しかない一大イベントだし? 緊張するなって言う方が無理な話だと思いませんかね?」


「どうしてキレ気味なのよ。あと、それだと私とハイジはどうなるの?」


「そうだよぉー! 私たちに接するときと、態度が全然違うぞぉー!?」


「アンタらは人外だから別枠。殺るか殺られるかの関係に遠慮なんて無理だし」


「はぁ? なによそれ」


「えぇー、それは酷いんじゃないかなぁー?」


「いやだって、仕方ないでしょ? 緊張するものは緊張するんだよ。こんな可愛いクラスメイトの女の子と、しかも裸でお話なんてしたら、自分みたいなカースト下層の陰キャ野郎は、緊張するようにできてるんだよ」


「お姉ちゃん、重傷だよぉ。あと、私たちの裸の価値が地に落ちたよぉ」


「ええもう、なんて苛立たしいのかしら? これほどの侮辱はないわね」


 相手はクラスの垣根を越えて、学年でも可愛いと評判の佐藤さん。


 いいや、学年さえも越えて、我が校を代表する美少女の佐藤さん。


 文武両道の才女で、誰にも分け隔てなく接する心優しき佐藤さん。


 そんな人がレイプされている場面に遭遇とか、下層カーストの底辺野郎としては、緊張せずにはいられない。自分みたいな学園でイチニを争うコミュ障からすれば、声を掛けることすら憚られる人物である。


「あ、あの、田中くん……」


「え? あ、はい、な、なんでしょうか?」


 佐藤さんから直々に声を掛けられてしまった。


 咄嗟、ピンと背筋を伸ばして直立姿勢。


 肉体の動作は、もはや条件反射の粋である。


「あの、ありがとう。助けてくれて」


「とんでもない! 人として当然のことをしただけですからっ!」


 だってクラスメイトと話をするの緊張するじゃん。


 エリーザベト姉妹の前で素直に軽口を叩けるのは、偏に相手が人外であるからに他ならない。だから出会った当初は彼女たちに対しても、それはもう気後れしていた次第である。愛想もなく空気の読めない台詞を口走っておりましたね。


「ううん、本当にありがとう。もう駄目だと思ってたから……」


「そ、そう? それは良かったッスね」


「うん……」


 俺のジャケットをギュッと握って、背を丸ませた佐藤さん。


 すぐ近くで血を吹き出して絶命する同級生が倒れているのだけれど、それでも悲鳴を上げずに耐える彼女は、きっと肝っ玉の大きな女性なのだろう。人間が上下に分断された姿とか、自分でも辛いんだけど。


「ところで、田中くんはどうして学校にいるの?」


「え? あ、いや、どうしても気になって。さ、最後だし」


「そうなんだ……」


 凄く気まずい。これ以上ないくらい、お話が続かない。


 っていうか、今この場で俺は彼女と話を続ける必要があるのか。


 無いような気がするぞ。


 さっさと回れ右をして、他所を見て回るべきではなかろうか。


 なんてことを考えていると、早々にも佐藤さんから反応が。


「ところで、あの、そっちにいるエリーザベトさんたちは……」


 佐藤さんの視線が、チラリと自身の背後に移った。


 そこには我々を見つめるように吸血鬼姉妹。


 教室の出入り口付近に並び立っている。


 十分に手加減をしたためだろう。返り血を回避した姉妹は、本日はまだ小綺麗な格好をしている。どうにも自ら進んで他人の血を浴びる傾向があるから、一緒に行動する身としては気が気でない昨今だ。


 何故なら彼女たちが濡れるとき、自分も一緒に血みどろがよくあるパターン。


「佐藤さん、だったかしら?」


「やっほー、三日ぶりかなぁー?」


 無駄に陽気な姉妹からの言葉を受けて、佐藤さんは困惑気味。


 それでも流石は上位カーストのコミュ強、すかさず返事があった。


「あ、は、はい。三日ぶり? だね」


「一人で立てるかしら?」


「え? あ、うん……」


「こんな日に外出なんて、レイプ願望があると思われてもしかたないよぉー?」


「いや、あ、あのっ! それはっ、わ、私はただ、学校が気になって!」


 妹さんの容赦ない突っ込みを受けて、佐藤さんは必死の形相だ。


 レイプ願望のある佐藤さん、自分はとても興味があります。


「最後くらいは、ふ、普通に学校に通いたいって思って、だから……」


「ふぅん? どこかで聞いたような話かしら」


「そうだねぇー」


 チラリとこちらに視線をくれるエリーザベト姉妹。


 だったら何だと言うんですか。


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていらっしゃる。


 そうかと思えば、妹さんから続けざまに問われた。


「それでぇー、これからどーするのかなぁ?」


「いや、どうするって言われても……」


 彼女の口上を受けて、皆々の視線がこちらに集まった。


 エリーザベト姉妹からの注目はいい。


 むしろもっと見て下さい。そんな感じ。


 自分は彼女たちに見られていると思うと、それがどんな無様な姿だろうと嬉しい。あぁ、素敵だ、心の底から愛している。これは千年も同じ。なんて可愛いのだろう、千年。ずっとギュって抱きしめていたい。


 けれど、佐藤さんに見られると、駄目だ。


 緊張してしまう。


 頭が真っ白になる。


 だからだろう、続く提案はとても情けないものになった。


「それじゃあ、お酒でも飲もうか」







---あとがき---


5月29日、「田中 ~年齢イコール彼女いない歴の魔法使い~」の11巻が発売となりました。本巻より書籍版のみの独自展開となります。約23万文字あるテキストの9割以上が書き下ろしとなり、大変お買い得な最新章です。どうか何卒、よろしくお願い致します。


公式サイト:https://gcnovels.jp/tanaka/

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