VS千年 一

 力一杯、黒いヤツをドバ―ッとしてやった。


 もうこれ以上はないくらい。


 すると千年が言ったとおり、それっぽいのが出た。宇宙に浮かんだ無数の星々の煌めきを視界から遮り、真っ黒に染め上げてしまうほど、黒々とした何かがである。それはまっすぐに放たれて、二つ並んだ隕石の片割れを飲み込んだ。


 結果、対象は木っ端微塵だ。


 自分と千年で二つとも粉々になった。


 散々悩まされていたからだろう、なかなかいい気分である。


 ざまぁみろって感じ。


 ただし、その代償なのか何なのか、どうにも身体がだるい。


 碌に手足を動かすこともできない。


 おかげで千年と共に、生身で大気圏突入中である。


 彼女曰く、障壁とやらがあるので、直射日光で肌を焼かれたり、気圧の変化から気絶したりはしていない。しかしながら、いよいよ近づいてきた地表を眺めると、恐怖心まではなかったことにはできない。胸のドキドキは最高潮である。


「な、なあ、千年……」


「っ……ぅっ……うぅっ……」


 俺の腕の中で、千年はとても辛そうにしている。


 まるで熱病にでも魘されているようだ。


 あるいはいつぞやの二日酔い。


 だから、そんな彼女に頼ることはできない。


 こうなったら自分でなんとかするしかあるまい。


「うぉおおおおおおお、飛べっ! 飛ぶんだっ、俺っ!」


 必死になって念じる。


 黒いヤツはドバ―っと出てくれた。


 だからきっと空も飛べるはず。


 なんて淡い期待は、けれど、まったく答えてくれなくて。


「うぉあああああああああああああああっ!」


 我々は為す術もなく、地上に落下した。


 着地に直前に垣間見えた光景は、どこか見覚えのある都内の高層ビル群。千年が軌道を取り持ってくれたのかも知れない。落下する最中、呻き声を上げながらも、チラリチラリと薄目で地上に視線を向けていた彼女だ。


 なんて気配りのできる良い女だ、千年。


 マジ愛してる。


 心の底から愛してる。


 死んでも愛してる。


 このロリッ子ってば、可愛すぎるだろう。


 やがて衝突の衝撃とともに、ロリコンの意識は一瞬にして刈り取られた。




◇ ◆ ◇




「ちょっと! しっかりしなさいっ!」


「おーきーろぉー!」


 再び意識が戻ったとき、すぐ近くにはエリーザベト姉妹の姿があった。仰向けに横たわるこちらを覗き込むように、二人が声を掛けてくれていた。目の前に金髪碧眼の美少女が並び、顔を近づけているという奇跡。


「う、おぉ……」


 大慌てで身体を起こした。


 場所はビル街の一角。


 周囲を確認すると、まるで自身が隕石の一欠片にでもなったかのように、数十メートルの規模でクレーターが生まれていた。どうやら我々は、その中央にいるようだ。なかなか刺激的な光景である。


 周囲には姉妹の他に人の姿は見当たらない。


「そうだ、千年っ! 千年はどこにっ!?」


 空の上で彼女から伝えられた言葉を思い起こす。


 これに答えてくれたのはエリーザベト姉。


「彼女だったら、ほら、そこに……」


 自分の倒れた場所から二、三メートルの地点。


 エリーザベト姉妹の視線が向かう先で、今まさに身を起こさんとする千年の姿があった。身体の上に散らばったコンクリートの欠片を落として、その下から這い出すように、ゆっくりと自らの足で立ち上がる。


 最後まで抱いていたつもりだったのに。


 くそう、どうやら手から離れてしまったようだ。


 悔しいなぁ。


 もの凄く悔しいなぁ。


「千年ーっ! 今行くぞーっ!」


 大慌てで立ち上がり、彼女の下に駆ける。


 全力でダッシュだ。


「あ、ちょっとっ!」


「アンタたちは逃げてください! これからがヤバいらしいッス!」


「ど、どうしてなの!? 隕石はもう消えたのでしょうっ!」


「そーだよぉー! どーいうことぉー!?」


 それ以上は二人と言葉を交わす余裕もなかった。


 ゆらりと立ち上がった千年が、次の瞬間、こちらに向かい駆けてきた。大きく振り上げられた右腕が、陰キャの腹部をめがけて、凄まじい勢いで振り下ろされる。手を閉じているのか開いているのか、それさえ判断ができないほど。


「えぇぇ!?」


「ちょっ……」


 背中越しにエリーザベト姉妹の悲鳴染みた声が聞こえた。


 両手を正面に突き出して、千年の拳を辛うじて受け止める。


「千年っ!」


「ぐっ、ぃぎっ……」


 腹に大穴が空くかと思った。


 だから、受け止めた手が痺れる程度で済んだのは、大変にありがたいことだった。彼女の言葉は信じるのなら、恐らく今の自分と千年とは、寸分違わず拮抗した状況にあるのではなかろうか。


 だからこそ、空の上でのお願いに他ならない。


「っていうか、いつまで止めてればいいんッスかっ!?」


「んぁぁああああああああああっ!」


 まるで獣のように吠える千年。


 これ以上は拳が進まないと理解して、彼女は大きく後方へ飛び退いた。


 その視線が陰キャから逸れて、後ろに立ったエリーザベト姉妹に移る。


 なんて諦めの良い子だ。


「んぁあああああっ! あぁぁあっ!」


 狙われたのはエリーザベト姉だった。


 この場で一番弱っちい相手を即座に判定したようだ。


 流石は千年、大正解。なんて賢い鬼っ子だろう。


「ちょ、ちょっと待った! 千年っ!」


 彼女は地を蹴って一息に跳躍。


 大きく振り上げられた拳が、我が愛しの金髪ロリ吸血鬼を狙う。


「なっ……」


 狙われた側は、想定外の出来事に硬直。


 このままでは絶命必至である。


「待て千年ぇ! それは俺の金髪ロリータだぁぁああ!」


 力一杯に地面を蹴って、自身もエリーザベト姉の下に急ぐ。


 迫る千年が全力でなかったのか。あるいは自身の金髪ロリ吸血鬼を愛するパワーが、火事場の馬鹿力的に働いたのか。先行する褐色ロリータにギリギリで追いついた。そして、平時には一度として触れられなかった、魅惑のブロンドを抱き寄せる。


 千年の拳から庇う。


 直後にズドンと低い音が響いた。


 エリーザベト姉の代わりに、脇腹に気合いの入った一発を受けた、


 悶絶必至。


 手の平で受け止めた際とは、比較にならない痛みが腹部に伝わった。


「っ……」


 白目を剥きそうになる。


 その顔が余程キモかったのか、腕の中で声を荒げるエリーザベト姉。


「ちょ、ちょっと、貴方っ!」


 だけど、痛がっている暇はない。


 痛い痛いと喚きながら、ゴロンゴロンと地面に転がりたいのを涙目で我慢。危ういところで踏ん張る。エリーザベト姉を胸中から開放すると共に、妹さんと合わせて自らの背後へ庇うように位置を取った。


 猛る千年と真正面から相対する形だ。


「な、な、何を、何を勝手に助けているのっ!?」


「自分、アンタのこと大好きですから。当然ですから」


「っ……」


 外野からの声に軽口を返しながら、意識は前方の千年に集中。


 理性を失った彼女は大変危険である。


 少しでも目を逸らしたら、また何かしでかしてくれそうだ。


「んぁあああああああああっ!」


 耳が痛くなるほどの声量で上がる咆吼。どうやら相手はやる気満々のご様子。自らの行いを邪魔されたのが、余程のこと悔しいのか、それはもう怒っていらっしゃる。大きく見開かれた金色の目が、ギロリとこちらを睨み付けていた。


 今の千年、めっちゃ格好いいな。


「よーしよし、いい子だから千年、ずっと俺のことだけを見ていてくれよ。他のヤツに浮気なんてされたら、童貞は嫉妬に狂ってしまうからな」


 どれだけ期間を止めていればいいのか分からない。


 ただ、止めろと言われたのだから、止めるしかないだろう。


 相手は巨大な隕石を一撃に吹き飛ばすような存在だ。まさか放っておけるものか。それになによりも、これは本人からのご依頼である。彼女と約束したのだから、何が何でも果たしてみせましょう。


 千年は俺が止める。


 俺だけが止められるのである。


 なんて誇らしい。


「ちとせぇぇえ! 俺だぁぁあ! 愛してるぞぉおおお!」


「ん゛!? んあぁあぁっ! あぁあああああああああっ!」


 叫びながら全力で抱きつく。千年に。


 すると余程のこと嫌だったのだろう。


 腕の中でめっちゃ暴れ始めた。


 まるでマシンガンのように連続で腹パン。思わず胃の中のものを吐き出しそうになる。だがしかし、目の前には彼女の美しい黒髪が靡く。まさか陰キャの汚らしい胃液で汚す訳にもいかない。今は我慢だ、我慢のときだ。


 一撃を受ける都度、ドン、ドンと辺り一帯に地響きが響く。


 足下、地面にヒビが入る。


 更には周囲の建物が崩壊を始める。


 いやちょっと、どんだけ凄いパンチなんだよ、と。


 なんとか腕を押さえつけようと試みるも、こんどは足が動いて、股やら脛やらを激しく蹴りつけてくる。更には頭を激しく前後に振るい、頭突きまで仕掛けてくるから困った。まるで駄々をこねる子供のようじゃないの。


「千年、痛いっ、すごく痛いからっ! おねがい、やめたげてっ!」


「んぁぁあああああああああ!」


 ただただ、今は耐えるしかなかった。


 だって、千年を殴るなんて、とんでもない。


 可愛いロリータを殴るなんて、とんでもない。


 俺は絶対に千年を殴らないね。


 途中、腕の中からスルリと逃げ出されても、速攻で引っ付いて再び抱きつく。これは本人たっての希望だ。嫌よ嫌よも好きのうちってやつですね。ロリっ子に何の後ろめたさもなく抱きつく空前絶後の機会。最高。最高だ。


 多少の痛みはご褒美だ。


 こんな幸せ、自分には勿体ないくらい。


「ハイジ! 報道をかけるわよ、付いてらっしゃい!」


「え? な、なんでぇ!? そんないきなりっ……」


「世間に事情が正しく伝われば、きっと彼女の暴走も収まるわっ!」


「えっと、よ、よく分からないけど、分かったぁっ!」


 慌ただしく言葉を交わして、どこへとも駆けてゆくエリーザベト姉妹。


 我々の為に動かんとしていることは、何となく理解できた。


 何を始めるつもりなのか、仔細は知れない。ただ、今はそんな二人がとても心強くて、もう少し頑張ろうという気が沸いてきた。自身はただ千年を止めていればいいのだ。なんて楽で美味しい仕事だろうか。


「千年っ、も、もうちょっと大人しくっ……っぅ……」


「んぁぁあああああああああっ!」


 こういう激しいのも、自分、嫌いじゃないッスね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る