VS千年 二

【コージマ視点】


 あの鬼の力の源が人間の負の感情だとすれば、その暴走を止める為にやるべきことは一つしかない。私は妹のハイジを連れて、報道各局や大手メディア、各国の大使館に向かい力の限り走った。


 急がなければならない。


 あの変態も長くは持たないだろう。


 始祖の鬼を相手に、あそこまで堂々と立ち回っている時点で、十分に奇跡だ。いくら力の出所が同じとは言え、その胆力は素直に尊敬する。私など気配に当てられた時点で動けなくなってしまったのだから。


 下着も湿ってしまっている。あぁ、恥ずかしい。


「お、お姉ちゃん! あっち! あっちだって!」


「分かったわ!」


 隕石の衝突を目前にして、交通機関は完全に麻痺していた。


 だから今は自身の足が何よりも早い。


 こういうとき、吸血鬼の肉体はありがたい。


 手狭い都内ならば、下手に自動車へ乗るよりも早く移動できる。


 市井の混乱を避けて、建物の屋根や屋上を足場として移動する。


「あった、あれっ! あれがそうみたいっ!」


 端末の地図を片手に案内をしてくれるハイジ。


 他方、私は彼女の後を追いながら、同じく端末を片手に通話を入れる。関係各所に片っ端から連絡を掛けて、状況の説明を行う。端末の先に専用線を引いておいて良かった。相手を選んでコールすれば、繋がるところには繋がる。


 もちろん、どこもかしこも混乱は著しく、まともに取り合ってくれる相手は少ない。そもそも連絡が付かない相手の方が多い。末端のみならず、上層部までもが最後の乱痴気騒ぎに興じているのだろう。


 状況を把握しているのは、確かな観測情報を持っている諸機関。


 しかしながら、正しい情報を世間に訴える術が段々と失われつつある現在、状況は芳しくない。頭上で二つの隕石が崩れる様子を目の当たりとした人間は、まだいい。問題はこれを目撃していない圧倒的大多数の人間だ。


 恐らくアジア圏を離れては、視認することも不可能だったろう。


「ここは私が向かうわ! ハイジは隣へお願い」


「りょーかい!」


 今の私たちが行うべくは、如何に早く状況を収拾するか。


 幸いにして通信インフラは死んでいない。


 急げば間に合うはずだと、自らに言い聞かせて足を急がせた。


 あの二人には、特にあの変態には、まだ死んで欲しくない。




◇ ◆ ◇




【ハイジ視点】


 何となく状況が掴めてきた。


 生粋の鬼なのだという千年ちゃんの内側に溜まった人々の負の感情。今はこれをできる限り早く取り除くことが求められているんだろう。そういうことであれば、隕石落下のお知らせを撤回するのが一番だ。


 もちろん全てが元通りという訳にはいかない。


 決して少なくない遺恨を各所に残すだろう。


 今朝、テレビ番組で眺めた限りであっても、国の一つや二つは潰れてもおかしくない混乱具合だった。この国にしたって果たして上手く立ち直れるのかどうか。崩壊しかかった社会の仕組みの将来は、とても怪しいところにある。


 ただ、今はそういったことは忘れて、身体を動かす限ばかり。


 手にした端末に表示される地図情報。


 目当てとするのは、この国の大手通信メディア。


 その所在を確認して、私は声も大きく吠えた。


「お、お姉ちゃん! あっち! あっちだって!」


「分かったわ!」


 交通機関は完全に麻痺しており、自動車は使えない。


 ヘリも自宅に放置してきた。


 おかげで自分の足で走り回る羽目になった。


 こうしてお姉ちゃんと一緒に走り回るのは、何年ぶりだろうか。燦々と注ぐ陽光がひたすらに暑い。顔も脇も胸も汗に濡れてびっしょりだ。吸血鬼的にはあまりよろしくない環境ではなかろうか。


 ただ、不思議と胸が昂揚している。


「ここは私が向かうわ! ハイジは隣へお願い」


 この辺りには他に何があったろう。


 地図を確認すると、すぐ近くに某国の大使館があった。


 なるほど。


「りょーかい!」


 こうした私たち姉妹の行動に、どれだけの意味があるかは分からない。


 地球はなんだかんだで広いのだ。


 一度散らばってしまった情報を撤回するのに、どれほどの時間が必要になるだろう。それもこれも無駄な努力に終わるかもしれない。二つの隕石の代わりに、今度は千年ちゃんによって滅ぼされる未来が、私たちには待っているのかも、とか。


 それでも諦めるという選択肢は浮かばなかった。


「急ぐわよっ!」


「分かってるよぉっ!」


 軽い調子で受け答えをして、けれど、私は必死になって足を動かした。


 なんとなく、なんとなくだけど、あの童貞には死んで欲しくない。


 きっとお姉ちゃんも、同じことを考えていることだろう。

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