座敷童子 二

 目的の一室は屋敷の最奥にあった。


 周囲を廊下に囲まれて、一つも窓がない部屋だ。屋外に面した辺が一辺もない。しかも明かりが消されており薄暗い。一歩を踏み込めば、まず目に付いたのは部屋の四方に打ち付けられた大きな杭。これに結ばれた麻縄と、そこに織り込まれた真っ白な紙。


 畳敷きの十畳ばかりの空間は、紙垂の結いつけられた注連縄にグルリと囲まれていた。事故現場への立ち入り禁止を示すキープアウトの黄色いテープのような感じ。ただ、あの手のパッキングテープより、余程のこと禍々しい。


 部屋にある唯一の家具は、中央に敷かれた座布団。


 問題の座敷童子は、これにちょこんと座り、我々を迎え入れた。


「……飯は、飯はまだかのぉ?」


 第一声はボケ老人みたいな台詞だった。


 パッと見た感じ、外見は座敷童子界のデファクトスタンダード。性別は女のようで、肩口に切りそろえたオカッパに和服姿。外見年頃は七、八才といった具合。少し長めに伸びた前髪の先、やたらと鋭い真っ赤な瞳が特徴的だった。


「お腹が減っているの? それならフランス料理のフルコースでも、満干全席でも、好きなものを好きなだけ食べさせてあげるわよ? だからここを出て、大人しく私たちと一緒に付いてきなさい」


「ん? 見ない顔じゃのぉ……」


「ほら、さっさと立ち上がりなさい」


「……強引じゃのぉ」


 一方的なエリーザベト姉の物言いを受けて、眉を潜める座敷童子。


 自分としても、もう少し優しい言い方をオススメしたい。


「いいから早くなさい」


 淡々と呟いて、室内に向かい一歩を踏み出す。


 すると、彼女の足先が麻縄で囲われた領域に踏み込んだ瞬間、バチンと強電の爆ぜたような音が辺りに響いた。同時に彼女の足の親指と人差し指が、火薬にでも当てられたように千切れ飛んだ。


 ピシャリと血肉が飛んで、俺の頬を赤く汚す。


「ぎゃっ!?」


 女の子らしくない声を上げて、エリーザベト姉はひっくり返った。


 まるでタンスに小指をぶつけたかのようなアクションである。


「あー、結界だねぇ……」


「マジか」


 この和製キープアウトは、決して伊達や見栄で作られたものではないようだ。爪先を両手で抱えてゴロンゴロン、痛い痛いと悲鳴を上げながら、廊下に転がるエリーザベト姉。その姿を眺めて我々は理解した。


 まあ、なんとなく、そんな気がしていたのだ。


 碌に考えもせず突っ込んでくれるヤツが、身内に一人いると便利でいい。平然と語ってみせるあたり、妹さんも予期してはいたのだろう。姉にその確認を押しつけるあたり、これでもかと言うほどに腹黒くて、最高に可愛い。


「……おぬしら、なにをやっとるんじゃぁ?」


「これってどうにかならないッスかね?」


 閉じ込められている当人に尋ねてみる。


 しかし、戻ってきたお返事は芳しくないものだ。


「どうにもならんのぉ」


「ですよねー」


 そうでなければ、閉じ込められてはいないだろう。


 こんな可愛い座敷童子ちゃんを結界に閉じ込めているなんて、あの老体はなんて悪いやつだろう。まさに老害だ。今更ながら妹さんのちゃぶ台返しを思い起こして、すっと胸のすく思いである。


「おぬしら、何しに来たんじゃ?」


「君をディナーへ誘いに来たのさっ!」


 キリっといい感じの表情を浮かべて言う。


 こちら見た目は陰キャですが、心はイケメンでありたいと常々。


 すると座敷童子ちゃんは感心した様子で、感嘆の声を上げた。


「ほぅ!」


「海の見える素敵なレストランで、僕と席を共にしてくれませんか? シーサイドブルーに臨むホテルの最上階、ロマンチックな夜景を楽しみながら、カリラの古いヤツでも飲もうじゃないかい」


「ほぅほぅ! ほぅ!」


「もちろんメインディッシュは君たちの好物、小豆飯さ。最高級の丹波大納言小豆をふんだんに使い、南魚沼産のこしひかりと合わせて、ふっくらと炊きあげた極上の小豆飯を堪能させると約束するよ」


「……わし、おぬしについて行くっ!」


 釣れた。フィッシュ。座敷童子、フィッシュ。


 座敷童子にとっての小豆飯は、日本人にとってのカレーライスみたいなものだ。


 彼女は座布団から立ち上がると、トコトコとこちらに寄ってきた。しかし、その歩みは部屋を囲う麻縄の前で止まる。それ以上を踏み出してはどのような目に遭うのか、全てはエリーザベト姉が身をもって示してくれた。


 互いに手を伸ばせば触れられる位置でのトーク。


「でもこの結界、私たちじゃ無理だよぉ?」


「そこはほら、お姉さんにもう一度、特攻してもらおう」


「嫌よ! すごく痛いのよ!? 冗談言わないでよっ!」


「ペチャパイでよかったな。巨乳だったら足より先に乳首が飛んでたぞ」


「……殺すわよ?」


 余程のこと痛かったのか、涙目で抗議の声を上げるエリーザベト姉。


 どうやら足の負傷が癒えたらしく、こちらに向かい歩み寄ってきた。


 ただ、肉体こそ元に戻っても、靴には穴が空いたままなので不格好だ。まるでホームレスのそれを彷彿とさせる。いいや、最近はホームレスだって、穴の空いた靴なんて履いてないだろう。なんと惨めな格好だろうか。


「しかし、それじゃあどうしたらいいのやら……」


「貴方がなんとかなさい」


「どうして俺なんスか?」


「私が無理なら、恐らくハイジでも無理よ。貴方しか残らないじゃない」


「あぁ、こんなことなら千年を連れてくればよかった」


 彼女ならきっと、笑いながら突破してくれただろう。


 振り上げた拳による一撃で、目に見えないバリアーを打ち砕く姿が、容易に想像された。果たして千年のポテンシャルは如何ほどのものなのか。把握こそできていないけれど、我々と比較したのなら、飛び抜けて高いことは間違いない。


「そうね、その点には同意するわ」


 エリーザベト姉も素直に頷いて応じた。


 目に見えないバリアの向こう側、我々を寂しげに眺める座敷童子ちゃん。ジッと上目遣いに見つめられてしまっては、胸の高鳴りを感じざるを得ない。その可愛らしい姿を思うと、どうにかしてディナーに繋げたい。


 あぁ、ここは一つ、男を見せちゃおっかな。


 とても怖いけど、頑張っちゃおうかな。


「よーし、分かった。それじゃあやってやんよ!」


「ふぅん? 言うじゃない」


「ひゅーひゅー! がんばれー!」


 妹さんの応援する声、めっちゃ可愛い。やる気がドバドバ出た。


 気合いを入れて結界に向き直る。


 しかし、人外が相手だと本当に強く出られるな。


 もしこれが同じクラスの女子だったりしたら、きっと言葉を交わすことすら叶わず、今頃は隅の方でジッと大人しくしていたことだろう。そう考えると、この金髪ロリ吸血鬼たちの存在は、自身にとって非常に貴重なものだ。


 コミュ障のリハビリに最適である。


「…………」


 ところで、イキってみたはいいものの、具体的にどうしよう。


 あれこれと考えてみるも、答えは出そうにない。


 そうなるともう、素直にぶつかる他にないな。


 幸いこの肉体は不死身だと言う。


 今はその恩恵を存分に与るとしよう。


 痛いのは嫌いだけれど、この碌でもない人生に多少なりとも華を添えられるのなら、美少女の為に苦痛を我慢することは、きっと嘗てない誉れとして、僅かばかりの充実と共に、陰キャの大切な想い出になってくれるだろう。


 これに自分は青春という名をつけようと思う。


 飲酒とオナニーに費やされた灰色の人生に、ほんの少しでも彩を。


「うぉおおおおおおお!」


 大きく振り上げた右腕による渾身のストレート。


 目に見えないバリアに向けて突き出した。


 すると間髪を容れず、パキンと乾いた音が響いた。


 更に続けざま、握り拳にドスンと柔らかな感触が伝わる。


 俺の右手はバリアを越えて、座敷童子の頬を打ち抜いていた。


「えっ!?」


 直後、パァンと大きな音を立てて、彼女の頭部が吹っ飛んだ。


 悲鳴を上げる間すらない、ほんの一瞬の出来事だった。


 首から上が消えて、代わりにその後方にベチャリと血肉が飛び散る。同時に千切れた首の断面から、大量の血液が噴き出して、部屋を天井まで真っ赤に染める。まるで噴水のようにダバダバと。


「ちょっ、なっ、これっ!?」


 思ったよりも簡単にバリアを貫いてしまった。


 おかげで拳の進行方向にあった座敷童子ちゃん、死亡のお知らせ。





--あとがき---


先月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003


オーディオドラマも絶賛配信中です。

https://mfbunkoj.jp/special/nishino/

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