飲み会 四

 エリーザベト姉と鬼っ子、二人と連れだって公道を進む。


 自宅アパートの近隣は住宅街。時刻が夜中であることも手伝い、人気は皆無でございます。ジージジジーというオケラの鳴き声以外、他に響くモノがあるとすれば、それは自身や金髪ロリ吸血鬼、それに鬼っ子の声だ。


 自動車の排気音すらも、どこか遠く聞こえる。


「ほらぁー! ちゃっちゃと歩きなさいよぉ! ちゃっちゃとぉっ!」


「コジマちゃん、どうして君はそんなに可愛いの? 愛してる」


「私が可愛いなんて、そんなの当然に決まってるでしょ!?」


「おーおー、地面がグルグルまわってるなー! グルグルだぁー!」


 閑静な住宅街。高校入学と共に引っ越して、それなりに慣れ親しんだ町内を進む。本来であれば歩み慣れたはずの道々が、けれど、今日この瞬間に限っては、まるで別世界のように思える。


 何故だろう。


 考えたところで、思い浮かぶ理由は一つ。


 視線の異様な低さ。


 俺はハイハイしている。


 公道ハイハイ。


 四つん這い。


 いつの間にか首には首輪が嵌められていた。そして、これに繋がる手綱を握るのは、我が愛しのコジマちゃん。ツインテールが似合うブロンドヘアーのロリロリ吸血鬼。チンポッポが口癖の愛らしい同級生。


 この首輪はどこから持ってきたのか。


 ポチって名の打たれたキーホルダーが付いているんですけれど。


 いやいや、そんなものは些末な疑問だ。


 彼女の右手には自身の首筋まで伸びたリードが握られている。また、左手には酒瓶。後者は俺が家を出る際に持ち出したものだ。これを豪快にも口元に運び、グビリグビリ、小気味よく喉を鳴らす。


 彼女の傍らでも鬼っ子が、ゴクリゴクリ、同じく酒瓶を傾けている。


 あぁ、美味しそう。


 とても気持ち良さそうに飲酒しておりますね。


 俺もお酒飲みたい。


「コジマちゃん、俺にもお酒、お酒ちょうだいっ!」


「はぁ? 駄目よ。これ私のだもの。だめ゛ぇー!」


「そんなっ! それは俺が持ってきたのにっ!?」


「下僕のモノはご主人様のモノに決まっているでしょう? うふふふ」


「なんて酷いっ!」


「それなら、ワンと鳴きなさい? 今の貴方は私の犬なのだから」


「ワン! ワンワンワン! ワンォオオオオオオオンッ!」


「んふふふふ、貴方にはプライドというものがないのかしら?」


 自身の手の平を杯に見立てて、コジマ様はグラスから酒を注ぐ。


 そして、これを四つん這いとなった犬の口元まで運んだ。


「ほら、舐めなさい。犬らしくっ! 惨めにっ! 無様にっ!」


「はっ! はっ! はっ! はっ! はっ!」


 お酒、おいしい。


 お酒、おいしい。


 ペロペロする。


 コジマ様の手の平の味が、美味しいっ! 美味!


「お、おいしいっ! おいしいです、コジマ様! コジマ様ぁっ!」


「ふふんっ、心を込めて感謝なさい? この私に。存分に」


 満足げな表情を浮かべる絶世の美少女。


 その手の平を唾液でベトベトになるまで舐め上げる。


 金髪ロリの皮膚美味しい。金髪ロリの皮膚美味しい。


「さて、それじゃあ行くわよ!」


「おー! いくぞー! おー!」


 そうこうしていると、またグイッとリードが引っ張られた。


 お酒タイム終了。


 犬はご主人様に促されるがまま、付き従わせて頂きましょう。


 それからしばらく、公道をハイハイ。


 ズボンの生地越しにアスファルトへ擦れる膝が、一歩を進む毎にズキズキと痛む。これに気遣うことなくズンズンと進む。ハイハイ、楽しい。コジマ様、可愛い。引っ張られる首輪の、肌を締め付ける感じが心地いい。


 果たしてどれだけ移動しただろうか。


 ぶつ切れの記憶はとても不鮮明。ときどきワープ。それこそ一瞬にして数百メートルを過ぎている。移り変わる周囲の風景は、暗がりに眺めていた物静かな住宅が、やがて、騒々しい音と眩い明かりを灯し始める。


 頭がクラクラ。


 自分が何をしているのか、いまいち分からない。


 ふとした拍子、耳に届いた鬼っ子の声を受けて、現実を取り戻す。


「おー、でっかい交差点だぞー!」


 気づけばいつの間にやら、周囲は賑やかになっていた。


 なにやらこちらを眺めて、ああだこうだ喧しくも声を上げる通行人の姿が、自らの頭上、視界の端々に窺えた。どうやら自宅近所の住宅街から移動して、賑やかな繁華街までやってきたらしい。


 鬼っ子が続けざまに声を上げた。


「車が沢山だぁー!」


 視線を向けた先、そこには片側三車線の基幹道路。


 更にその交わる交差点。


 十字路には信号機が設置されて、今まさに青から赤に変わろうとしている。


 深夜とあっても車の流れが滞らない大通り、これが赤信号で一律ストップ。


 車が沢山だ。人の目も沢山だ。


 あれ、俺って公道ハイハイしてね?


「これは行くしかないわね゛っ!」


「おーっ! いくいくっー! いくぞー!」


「ぐぇっ!?」


 首輪に繋がるリードを引っ張られた。


 コジマ様の吸血鬼な怪力に引きずられて、瞬く間に横断歩道の中央まで移動。まさか、抗うことなど不可能でございますね。まるで自動車にでも引っ張られているようだもの。でも、それが嫌じゃない。


 あぁ、肌が、肌が痛い。


 衣類から露出した肌が、アスファルトに擦られて痛い。


 でも、気持ちいい。痛いの気持ちいい。


 なにこれ、気持ちいい。気持ちいいんだよ。もっと引きずって。


「よぉおしっ! 踊るわよぉーっ!」


「おーう! 踊るぞぉー!」


 コジマ様と鬼っ子の叫び声が聞こえた。


 どうやら踊るらしい。


 それなら犬だって踊っちゃう。一緒に踊らないと。


「ぉおおおおおおおおっ!」


 立ち上がって、ダンシング。


 路上デビュー。


 最高だ。


 非常に気分が良い。


 横断歩道から眺める、信号機前に停止した自動車の群れ。


 フロントガラス越しに唖然とする運転手たちの姿。


「なんという快感! コジマ様、気持ちいいです! 素敵ですっ!」


「そうでしょう? 踊るわよ! もっと踊るわよっ! うふふふ!」


「うはははははははははっ! ぐるぐるだー! ぐるぐるだー!」


 三人で踊る。なんかよく分からない踊りを踊る。


 そこでふと首に嵌められた首輪が目に入った。


 ジャラジャラと音を鳴らす鎖の音色。


 犬。畜生。繋がる先、リードの行方。


 なんというペット。芸。


 芸。


 芸でございます。


「コジマ様っ! オチンチン、オチンチンのご用命をっ!」


「いいわよっ! ほら、オチンチンをなさいっ! オチンチンっ!」


「オチンチン! オチンチン! 私はオチンチンをしております!」


 オチンチン、最高。


 心身ともにオチンチン。


「私もオチンチンするぞ! オチンチン! オチンチンっ!」


「よーしよーし! 一緒にオチンチンっ! オチンチンっ!」


 鬼っ子と一緒にオチンチン。オチンチン。


 オチンチン楽しいっ!


 一生懸命、腰をカクカク。


 オチンチンは最高。


 オチンチンは悦楽。


 すると、しばらくしてブッブーと耳障りな音が鳴り始めた。


 自動車のクラクションの音だ。


 同時に叫び声が聞こえ始めた。そこを退けとか、どっか行けとか、邪魔だとか、色々と聞こえてくる。なんて邪魔なヤツらなんだろう。ここは我々のステージ。それを邪魔するなど言語道断である。ゆるすまじ。


「コジマ様っ! 周りのヤツらがうるさいですっ! じゃまです! 自動車にのった偉そうなのが、我々の素敵なオチンチンタイムをじゃましているんですっ! なんなんですかこれはっ! いみがわからない!」


「なるほど! それなら私に任せなさない!」


「流石はコジマ様ですっ! 愛してますっ! 結婚して下さいっ!」


「結婚だーっ! 結婚だーっ!」


「わたくしはコージマ・エリーザベト・フォン・プファルツですわぁぁ!」


 自ら名乗りを上げたご主人様。


 その正面で爆発が起こった。


 犬の見ている面前、ご主人様が自動車に向かい歩んでいったのは覚えている。そして、信号機の前に並んだ自動車に、懐から取り出した立派な鉄砲で、ズドンズドンと発砲を繰り返したのだ。


 そこまでが、自身の記憶の全てだった。


 ズドンという大きな音と共に、視界が輝きに包まれた。


 気づけば浮遊感。


 爆風に煽られて、犬の身体はどこへともなく吹っ飛んでいく。


 お酒にふやけた意識は、一瞬にして失われた。

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