座敷童子 三

「ちょっと、貴方っ! なにしてくれちゃってるのっ!?」


「さ、流石にこれは酷いと思うよぉっ……」


 エリーザベト姉妹から非難が飛んだ。


 ごもっともである。


「いやあのっ、これはそのっ……!」


 座敷童子殺傷事件、美少女吸血鬼姉妹は見ていた。


 犯人は大慌てである。まさかこんな容易に結界を貫けるとは思わなかったから。むしろ腕の一本は持っていかれるものだとばかり考えていた。そして、格好いいところを皆々に見せつけてから、最終的には千年にお願いして出してもらう流れで。


「こ、こうなったら目撃者も殺すしか……」


「なに物騒なことを言ってるのよっ!」


 矢継ぎ早に怒鳴られた。


 予期せぬ出来事を受けて、ちょっと混乱しているんです。


「っていうか、あのっ、ちょっと、本当にっ……」


 胸のうちから湧き上がってくるのは悲しみ。凄く悲しい。


 同時に有り得ないほどの罪悪感。


 本当にちょっと、もう、なによこれ。


「お、おい、しっかりしてくれよ! たのむからっ!」


 大慌てで座敷童子の身体を抱き起こす。


 血液を溢れさせる首から先、そこに本来あるべきものが、どうしても見つからない。あんなに可愛かったお顔が、何故なのか見当たらない。代わりに生まれたのは、畳の上に伸びたペースト状のなにか。


「生き返れ! 生き返るんだ座敷童子ちゃん!」


 抱き上げた彼女の肩を揺する。


 すると、どうしたことか、なんと反応が返ったぞ。


 彼女の手が動いて、こちらの腕をギュッと握った。


「い、生きてるっ!? 生きてるのかっ!? おぉぉおおおっ!」


 生き返れ。生き返るんだ、座敷童子。復活だ、座敷童子。


 なんかもう必至になって、その小さな身体を抱きしめる。


 まだ暖かい。


 冷たくしてなるものか。


「復活だ座敷童子ぃぃいいいいっ!」


 今生の念を込めて叫ぶ。


 すると彼女の首先に変化が訪れた。


 断面からニョキニョキと骨が伸びる、管が伸びる、肉が生える。まるでエリーザベト姉の復活風景さながらの光景ではなかろうか。凄まじい勢いで、彼女の頭部が元の形を取り戻してゆく。


 脳幹が伸びては脳組織が蘇生し、これを覆うように頭蓋骨が生まれる。目玉や咽喉といった組織も、これに続いて瞬く間に復活した。パッと眺めた感じ、理科室の人体模型さながらの光景である。


 やがて、頭蓋骨の上に皮下組織が整い、更に肌や頭髪が生え揃う。頭髪は以前と変わらないオカッパ仕様。あっという間に元の美少女が戻ってきた。ところで最近、こういう光景ばっかり見てる気がする。


「お、おぉ……元に戻った。すげぇ」


 自身の腕の中、座敷童子ちゃんが意識を取り戻す。


 閉じられていた瞳がパチリと開いた。


 その口から漏れたのは、なんとも熱ぼったい呟きだ。


「わし、こんなに激しく愛されたの、はじめてじゃぁ……」


「お、おぉ、よかった……」


 くりくりとした大きな瞳が、俺の顔を覗き込んでいた。


 安堵から思わず全身の力が抜ける。


 良かった。マジ良かった。


 先程から心臓がバクンバクン、激しく脈を打って止まない。


 見た目が可愛いから、うっかり殺しちゃったとか罪悪感が半端ないよ。


「座敷童子って、こんなに耐久力があったかしら?」


「個体差なのかなぁ?」


 すぐ後ろではエリーザベト姉妹が言葉を交わしている。


 その点については自身も疑問が残る。


 ただ、何はともあれ無事で良かった。本当に良かった。


「っていうか、本当に大丈夫?」


 畳に膝を突いて、その身体を抱きかかえた姿勢のまま、ロリコンは座敷童子ちゃんに尋ねる。書物や伝聞に従えば、もう少し弱々しい人外だったはずだ。無理をしているようなら、ちゃんと気遣ってあげないと。


「だいじょうぶじゃよ。これでも相応に歳を重ねておるからのぉ」


「無理とかしなくてもいいからね? いやもう本当に」


「ところで、いつまで抱きしめているのかのぉ? まー、わしとしてはこのままずっと、抱きしめてくれておっても、まったく構わないのじゃがのぅ? そして、おぬしの手でここから連れ出してくれてもいいのじゃが……」


 チラリ、チラチラ、なにやら視線を寄越す座敷童子ちゃん。


 なにこのラブい生き物。お持ち帰りしたい。


「そんなことを言われたら、僕は君を抱きしめ続けてしまうんですが」


「んほぉっ」


 驚いたような顔になる座敷童子ちゃん。


 これはもしや、ナンパに成功してしまったのでは。


「ちょっとっ! 人の前で女を口説くの、止めてくれない?」


「あ、いや、別にそんなつもりじゃ……」


 こちらは魂が叫ぶがままに言葉を返しただけである。


 致し方なし、座敷童子ちゃんを開放する。


 子供特有の暖かな抱き心地が、ふっと胸元から離れて、その瞬間に切なさ感じてしまう。もっとずっと抱きしめていたかった。だってだって、エリーザベト姉妹ってば握手すらしてくれないんだもの。


「まーまー、お姉ちゃん。目的は達成したんだし、早く帰ろうよ」


「分かっているわよ。あ、ハイジ、先にヘリを呼んでおいて」


「りょーかい!」


 元気良く頷いて、懐から端末を取り出す妹さん。


 例によって電話一本でヘリを調達。


「帰りヘリなの? ここまで乗ってきたリムジンはどうするの?」


「ヘリはそこの座敷童子を乗せて、本部に直行させるわ。実質、あと一日しか猶予がないから、早い内に顔合わせは済ませておきたいでしょう? 彼女に対する説明だってあるし、悠長にしている暇はないわ」


「なるほど」


「……わし、どこに行くのじゃ?」


「これから貴方には本部に向かってもらうわ」


「本部? なんの?」


「ああ、そうね。こんな場所に閉じ込められていたんじゃ、碌に情報も入ってこないわよね。ヘリが到着するまでに一通りを説明するから、良く聞いていて頂戴。決して貴方も無関係ではない事柄よ」


「わかったのじゃ」


 エリーザベト姉の口から座敷童子ちゃんへ、地球が瀕した危機的状況が伝えられる。迫る隕石。無力な人類。失敗した数々の作戦。最後の最後で頼りとなるのは、君たちラッキー族だけなのだ。云々。


 人型の化け物とあって、彼女の理解は早かった。


「なんと、いつのまにそんなことが……」


「と言うわけで、協力してもらうわよ。いいわね?」


「わかったのじゃ。行くぞ、その本部とやらへ」


「ええ、それじゃあ外へ出ましょう。ヘリがすぐに来るわ」


 思いのほか友好的に頷いてくれた座敷童子ちゃん。


 彼女を連れて、自分とエリーザベト姉妹とは屋敷を後にした。


 途中、銃器で武装した数名から成る一団と遭遇したものの、これらは姉妹がサクッと片付けた。いつぞや雪女に撃ち込んだ大口径が、今回は役に立った。エリーザベト姉ってば、ロリの癖に大した射撃の腕前。


 男たちは頭やら腕やら、身体のあちらこちらを欠損させて絶命した。

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