学校捜索 四

「なるほど、承知した」


 吸血鬼姉妹の訴えに対して、爺さまは肯定的だった。ひとしきり説明を耳にしたところで、素直に頷いて応じる。善神は伊達じゃなさそうだ。その表情には一貫して笑みが浮かべられて、ニコニコとしているぞ。


 そうした振る舞いに安心したのか、ようやく姉妹も肩の力を抜く。


「ご協力に感謝します」


「なに、人を導くのが、我々のような神の行いである」


 ただし、一言毎に響く野太い声は相変わらずだ。


 それはもう大した迫力でございます。


 人外としての、神様としての格ってやつを感じさせる。


「そう仰って頂けると幸いです」


「本日中に迎えの者が参りますので、今しばらくお待ち下さい。恐らく日が暮れる前には、我々の拠点にご案内できるかと思います。お待たせしてしまい申し訳ありませんが、どうか何卒」


「うむ。しかと頼まれた」


 こうして俺たちは無事に福の神、福禄寿様との交渉を終えた。


 話し合いが終わると、神様は早々に姿を消した。


 もちろん姿を消すといっても、歩いてどこかに向かった訳ではない。その場で霞み消えるように、どこへともなく向かわれてしまったのだ。宿直室の神棚に収まった気配は感じられないのだけれどな。


 まあ、いずれにせよこれで仕事は終わりだ。


 我々も長居は無用とばかり、旧校舎を後にした。


 気づけばいつの間にやら昼休みは終わっており、時刻は午後二時を過ぎている。五時間目の授業が始まっていた。学内に限らず、近隣地域一帯に響いて聞こえる同校のチャイムだが、その音にすら気付けないほど、宿直室での出来事に集中していたようだ。


 旧校舎を後にしてしばらく。


 屋外を数歩ばかりを歩んだところで、エリーザベト姉が立ち止まった。


 新校舎との間を結ぶ、渡り廊下の中程でのことである。


「ふぅ……流石に疲れたわね」


「そうだねぇ。私も今日はもうお腹一杯だよぉ……」


 かなり辟易している。


 妹さんも似たような感じ。


 彼女たちは吸血鬼として、まだ歳幼いと言う。これが千年とか二千年とか生きた老齢であったのなら、異なる結果になっていたのだろうか。吸血鬼と福の神。戦ったらどっちが強いのかとは、多少なりとも気になるぞ。


「っていうかさ、アンタら、俺のこと放置して逃げようとしたよね?」


「なんのことかしら?」


「えー? そんなことしてないよぉー」


 しれっと否定してみせる。


 しかし、一瞬ではあるが、視線が泳いだのを俺は見逃さなかった。態度こそ随分と偉そうだけれど、もしかしたら彼女らは、実際は大したことないのかもしれない。そりゃ人間の俺と比べれば強い。しかし、化け物としてはどれほどのものなのか。


「吸血鬼だなんだ言ってるけど、アンタら姉妹って意外と雑魚いのな。せめて、もう少し根性とかプライドとか、そういうのあると思ってたわ。大物に遭遇した途端に迸る小物感、どうにかならないもんですか?」


「な、なんですって!?」


「めっちゃ涙目だったじゃん。足とがガクガクしてたし」


「っ……」


 咄嗟、上手い反論が浮かばなかったのだろう。


 悔しそうな顔になるエリーザベト姉。


「それだったら、これから貴方で試してみようかしら?」


「いやいやいや、弱いもの苛めは止めようよ。みっともない」


「先に噛み付いてきたのはそっちでしょう?」


「普通の人間とか虐めて楽しいの? 試すまでもないでしょうに」


「ええ、とても楽しいわ。最高じゃないかしら」


「開き直るなよ」


 雑魚決定だ。


 あと百年は寝かさないと、コイツら使い物にならない気がする。きっと、吸血鬼とはそういう生き物なんだろう。また一つ利口になった。恐らく鬼としての格はそこまで高くない。むしろ不死者であることに強みがあるのだろうな。


「っていうか、吸血鬼のアンタらがラッキー集めとか、色々と相性が悪すぎない? どちらかと言えば悪い系の化け物じゃないの。逆にラッキーな連中は、良い系の化け物が多いイメージだし」


 聖と邪


 LOWとCHAOS。


 陽キャと陰キャ。


 そんな対応関係。


「いちいちうるさい人間ね。今はそういう細かいことに、いちいち拘っていられる状況じゃないの。そんな簡単なことも理解できないのかしら? 頭が悪いわねっ!」


「そうだぞぉー! 文句ばっかり言ってるとチューチューしちゃうぞぉ!」


「チンポを?」


「えぇっ!? そ、その顔で下ネタとか言うのぉー……?」


 妹さんに凄い嫌そうな顔をされた。


 めっちゃ的確に反応されてしまった。


「自分、モブ属性の陵辱要員だから。そっち系でお願いします」


「戦う前に負けてるねぇ……」


「うっせ」


 あぁーくそ、妹さんとセックスしたい。可愛いなぁもう。隕石衝突の前日くらいになれば、土下座とかしたら、一発やらせてくれるかもしれない。どうしよう。駄目元で頼んでみようかな。


「あ、エロいこと考えてるね? エロい顔してるよ!」


「可愛い子と一緒なんだから仕方ないでしょ。エロくもなるって」


「そういうの本気で嫌だよぉ、私」


「そっスか……」


 まあいいや、やることやったし家に帰ろう。


 今は自宅で床に伏しているだろう鬼っ子が気になって仕方ない。見ず知らずの人外を家に一人きりとか、流石に不安が募る。帰ったらアパートが炎上していたとか、家具一式が消えていたとか、色々と笑えない。


「んじゃまあ、自分は帰るんで。お疲れ様っしたー」


 小さく会釈をして昇降口に向かい歩み出す。


 今日は授業を受けるつもりもなかったので、教科書や筆記道具は持ってきていない。というか、鞄さえ持ってきていない。このまま上履きから下履きへ履き替えれば、そのまま学外に出て行ける。


 そうだ、帰りにコンビニでポカリとゼリー飯を買っていこう。


「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」


「なんッスか?」


 一歩を踏み出した直後、エリーザベト姉に呼び止められた。


 先程までとは一変、有無を言わさぬ力強い声色だ。


「まだ昼過ぎなのよ?」


「だから?」


「仕事を続けるわ。私たちに付いてらっしゃい」


「なんでだよ……」


「さっきも言ったわよね? 私たちには時間がないの」


「アンタたちで進めればいいじゃん」


「さっき貴方が指摘したとおりよ。私たちとラッキーな連中とでは、相性が非常に悪いの。この間に人間である貴方が入ることで、ここまでやり易くなるのであれば、協力させない理由はないわ」


「それって遠回りに俺のこと好きだって言ってる? 一緒に居たい感じ?」


 福寿録様にビビって、二人だけで行動するのが怖くなったな?


 そんなだから自分みたいな人間にも舐められるんだよ。


「正直、隕石を乗り切ったのなら、殺したいくらいに苛立ってるわ。さっきのアレで惚れたとか思ってるなら、それはとんでもない勘違いだから、自意識を訂正した方がいいわよ? 貴方みたいな冴えない男に明るい未来はないのだから」


「そっスか」


 ちょっとした冗談なのに、本気で返さなくてもいいじゃん。


 セクハラの通じない女はモテないぞ。


「ほら、行くわよ」


「別に行ってもいいけど、ちょっと家に寄らせて下さいよ」


「どうして?」


「置いてきたヤツが気になるんだってば」


「あぁ、あの餓鬼ね」


「少しくらいいいだろ? 軽く様子を見に帰るだけだから」


「……まあいいわ。けれど、本当に寄るだけよ? 時間がないのだから」


「そんなに何度も繰り返さえなくたって、十分に理解してるから」


 ということで、エリーザベト姉妹と共に自宅へ向かうことになった。

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