森林捜索 一

 自分とエリーザベト姉妹、それにリムジンの運転手の四名は、それぞれ手分けする形で、近隣を捜索することになった。方法は目視。ただひたすらに草の根をかき分けて、みたいな感じである。


 当然ながら効率は最悪。


 このやたらと広い田舎の土地、捜索対象は指の先ほどの綿毛だ。


 そう容易に成果を上げることなど不可能である。


 小一時間を探したところで、こちらは当然、姉妹も音を上げた。


 一度はバラバラとなった面々も、自ずと自動車の脇に集まってきて、エリーザベト姉から提案されたプランの無謀さに頭を悩ませる羽目となった。誰も彼も額にはビッシリと汗を浮かべている。


「……これは難しいわね」


「そんなの実行するまでもなく、明らかだったと思うんですがね」


「お姉ちゃん、流石にこれは私も擁護できないよぉ……」


 リムジンの運転手に至っては、地べたに座り混んで頭を垂れている。パッと見た感じ四十を過ぎているっぽいし、日頃の運動不足が祟ったのだろう。しかもスーツ姿でネクタイまで締めているから、とても可愛そうなことになっている。


「し、仕方がないでしょう? 他に手立てがなかったのだから!」


「本当にこのあたりで報告が上がったのかよ?」


「ええ、そうよ。一週間くらい前に連絡があったもの」


「だとしてもさぁ、これはちょっと無理なんじゃないかなぁー?」


「ぐっ……」


 妹さんにまで駄目出しをされて、流石の姉も続く言葉を失う。


 さっさと帰りたいし、こちらからも追撃させて頂こうか。


「せめてもう少し、具体的な場所を探るなり、詳細な情報を集めるなりした方がいいんじゃない? 時間がないっていうなら、ここは後回しにして、他の候補を捜索するっていう選択もあるだろうし」


「わ、分かったわよ! それじゃあ近場の集落に行くわよっ! 貴方たちの言うとおり、情報収集を進めるわ! とはいっても、あまり時間はかけられないから、本日中に確証が得られなかった場合は、他の対象を優先する。……それでいいっ!?」


「なんで最後の方、キレてんだよ」


「うるさいわよっ!」


 まったくもって賑やかな娘さんである。


 こういう子と結婚したら、きっと人生楽しいだろうな。


「段々とお姉ちゃんの使い方が分かってきたみたいだねぇ」


「だろ?」


「この調子で頑張って欲しいかなっ!」


「でも、どっちかといえば、俺は妹さんの扱い方を学びたいなぁ」


「……あの、そういうの本当に無理だから、止めてね?」


「そっスか」


 妹さん、脈はゼロらしい。


 分かってたけど、ショック大きいわ。


 露骨に一歩引かれた上、もの凄く嫌そうな顔をされた。


 本当に止めて欲しいらしい。


 自業自得だけれど、それはもう胸が痛みます。


「なにを馬鹿なことを言っているの? 行くわよっ!」


 エリーザベト姉がリムジンへ向けて歩み出す。


 これに従い自分と妹さんが一歩を踏み出した真際のこと。


 急にブォっと雪が吹雪いた。


「うぉ!? なにこれ寒っ……」


 ビュォーっと流れてきた寒波が、半袖シャツの袖から出た腕を直撃。汗にじっとりと湿っていた肌が、早々のこと冷えて乾燥するのを感じた。いや、薄っすらと凍りついてさえいるのではなかろうか。


 ちなみに今は七月。


 梅雨も終えた夏場なのに。


「お姉ちゃんっ、あそこっ!」


 妹さんが吠えた。


 その人差し指が指し示す先、我々が見つけたのは和服姿の美女。


「……マジか」


 真っ白な肌と髪の女性が、木々の合間に立ち、こちらをジッと見つめている。どうやら冷気はそちらから発せられているようだ。その証拠に彼女の周囲に生える植物は、どれも根元から凍っていた。


 たしかに青梅と言えば、雪女の伝説は観光商材になるほど有名だ。


「あれは雪女ねっ!」


 ドヤ顔でエリーザベト姉が言う。


 俺は妹さんに尋ねた。


「吸血鬼とどっちが強いんですかね?」


「えっとぉー……一概には、判断できないと思うなぁ」


「つまりヤバいってことか」


「あと百年くらい待ってくれれば、あんなの一発なのにねぇ」


「大変に素直でありがたいよ」


 若い吸血鬼は本当に使えないね。態度ばかり大きくて困る。


 しかし、自分も人のことは言えない。雪女に対して、どれほどの知見があるかといえば、幼い頃に一度会ったことがある程度。しかもその時ですら殺されかけた。小学生就労前くらいの、とても小さな雪女に命の危機を感じたものだ。


 対して本日我々が遭遇したのは、どう計っても成体。グラマラスなお姉さんである。大きく開いた和服の胸元から、ボインボインのオッパイが頭を覗かせている。お尻もムッチリと安産型で最高にエロい。俺の男の子な部分が全力で中出しを望んでいる。


「貴方たちっ、何をボウッとしているのっ!?」


 ガゥンガゥンと、火薬の爆ぜる音が響いた。


 何事かと驚いて、音の聞こえてきた方に意識を向ける。


 そこには拳銃を構えてたエリーザベト姉の姿が。


 銃口はピタリと雪女をターゲットしている。


「って、拳銃かい」


 かなりの大口径だ。たしか、デザートイーグルとかいうやつ。


 以前にも何度か見たことあるから知ってる。


 日本の警察官が携帯するニューナンプと比較して、かなり大きく映る。彼女のような小柄なロリータが手にしていると違和感も甚だしい。反動が大きいため、いい年した大人が撃っても、なかなか的に当たらないのだとか。


 それを片手でブレなく、連続で撃ち放つ。


 正直、格好いい。めっちゃ惚れる。


 けれど、なんか違う。


「もう少しこう、吸血鬼的な対応はないんですかね?」


「黙りなさい、下手に殴るより効果的じゃないの!」


「いやしかし……」


「しかも遠くから攻撃できて、とても安全だわ!」


「……そうっスね」


 弾丸は雪女の胸や頭部へ次々と命中。頭部が砕けて首から上が吹き飛ぶと、悲鳴すらも満足に上がらなくなる。胴体には心臓を中心として、衣服の下に大きな穴がいくつも空いているのが確認できた。


 しかし、それも束の間のこと。


 次の瞬間には患部がニョキニョキと生えて、対象の肉体は元通り。雪女は一般的な物理耐性に加えて、強い蘇生能力を備えている。普通に争ったのでは、人間にどうこうできる手合いではない。


 一方で高い知性を備えており、多くは人語を解する。


 不意の遭遇に対して、最も有効な手立ては交渉だと、師匠も言っていた。


「なっ……」


 一連の蘇生を目の当たりとして、驚愕に目を見開くエリーザベト姉。


 どうやら雪女の生態を知らなかったようだ。


 全力でドヤってた癖に、知ってたの名前だけかよ。


「いやいや、それくらい知っててよ。コイツらに銃は無理ゲー」


「そ、そういうことは最初に言いなさいっ!」


 自信満々だった表情から一転、マジ顔で狼狽え始める。


 狼狽する金髪ロリータも非常に可愛らしいものだ。


「言う前に撃ってたじゃん。交渉する前にいきなり撃ってたじゃん」


「だって危険じゃない! 冷気を放ってきたのよっ!?」


「そりゃアンタ、雪女なんだから仕方ないだろ? あれは人間で言うなれば、いわば中年親父の加齢臭みたいなもんだよ。パッシブなんだよ。常時効果発動中ってやつなんだよ」


「下品な例えは止めてちょうだいっ!」


 こうなってしまっては平和的な解決など望めない。先に手を出したのはこっちなのだ。やっぱり今のなしで、とは通じないだろう。僅かばかりあった和平の可能性が、エリーザベト姉の初動によって完全にゼロだ。


 頭部の蘇生が終わると同時に、彼女の真っ赤な瞳が我々を睨み付ける。


「に、逃げるわよっ!」


 リムジンに向かって、エリーザベト姉は一目散に走り出した。


 妹さんと運転手は、いつの間にやら既に乗り込んでいる。


 なんて逃げ足の速いヤツらだろう。ブロロロロとエンジンが掛けられて、ゆっくりと動き出しつつある。タイヤの砂利を踏みしめる音が妙に大きく聞こえた。後部座席からはドアを開いた妹さんが顔を出している。


「お姉ちゃん、早くっ!」


「っ……!」


 差し出された手を取り、後部座席に転がり込むエリーザベト姉姉。


 吸血鬼としての身体能力が功を奏したのだろう。


 間一髪、危ういところで乗り込んだ。


 これに応じて、自動車が急に勢いを増す。急発進だ。


 完全に置いてけぼりの俺。


 迫る雪女は和服が開けてオッパイ丸出し。


 他の部分も色々と見えてしまっており、それはもう絶景かな、絶景かな。


 その色香に惑わされて、一瞬ばかり初動が遅れてしまった点には、多少なりとも反省すべき点ではないかと考えている。けれど、示し合わせたように置いてけぼりは、いくらなんでも酷いと思うんだ。


「お、おいこら! ちょっと待ってよっ!」


「早く出して頂戴っ!」


「ちょっとぉおおおおおっ!」


 半開きだった後部ドアに飛びつく。


 アウタハンドルに指を差し込んで必死にしがみつく。


「ぉぉぉおおおおおおおっ!」


 背後では雪女が吠えていらっしゃる。


 先程とは比べものにならない冷気が、こちらの身体を襲った。冷たいと感じたのは一瞬のこと。次の瞬間には背面の感覚が失われる。どうやら凍り付いてしまったようだ。急に身体が重たくなる。まるで大きなリュックでも背負ったかのよう。


 時を同じくして、ハンドルから指が外れて、そのまま路上に転がり落ちた。碌に舗装もされていない砂利道に叩き付けられる。背面からちんグリ返しの姿勢で、それはもう惨めな落下風景と相成った。


 直後にガシャンと何かの砕ける音。


 凄まじい勢いで遠退いていくリムジン。


「ちょ、待って……」


 腕を伸ばすも、まさか届くはずもない。


 身体は満足に動かなかった。


 恐らくは凍り付いた背中が、落下の衝撃に砕けたのだろう。どこまでが破損したのかは分からない。ただ、下半身の感覚が完全に失われていることから、致命傷を負ったことは間違いない。あまり想像したくない状態だ。


「あ、ヤバ……」


 急に視界が暗くなっていく感覚。


 そこで意識は失われた。

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