森林捜索 二

 気がついたら、夜だった。それも場所は変わらず、森のなか。


「……俺、生きてるわ」


 更には五体満足で、どこも痛くないときたもんだ。


 いつだかキチガイの通り魔に刺された際のことを思い起こす。あの時は鬼っ子に助けてもらった。しかし、今回は誰の助けもなかったはずだ。逆に雪女から追い打ちを掛けられて然るべき状況だった。


 それがどうして、怪我一つなくピンピンとしているのか。


「意味がわからんね」


 まあ、生きているに越したことはない。


 分からないものは分からない。


 これ以上は考えても仕方ないと思うの。


「っしょと……」


 立ち上がって周囲を見渡す。


 やはり倒れた場所から位置は変わっていない。


 ただ、時間はしっかりと過ぎており、辺りは真っ暗になっていた。ズボンから端末を取り出して、電源ボタンを軽く押下する。ディスプレイに映し出された時刻は午後七時半とのこと。どうやら三、四時間ほど気を失っていたようだ。


 足下には水にまみれてグチャグチャになった、何だかよく分からない肉っぽいものが落ちている。革靴越しに気色の悪い感触を覚えて、その正体を疑問に思った直後、ああ、なるほど、凍って砕けた俺の背肉の成れの果てだ。


「とりあえず、家に帰るか……」


 端末が壊れなかったのは幸いだ。


 今にいる場所は東京も隅の隅、青梅の樹海。最寄り駅まで歩いていては日が暮れる。そもそも無事に人里まで戻れるかどうかすら怪しい。これ以上世話になるのは癪だが、素直に連絡を入れることとしよう。


 アドレス帳からエリーザベト姉の番号を呼び出す。


 通話ボタンを押すと、三コールばかりで回線は繋がった。


『……誰かしら?』


「俺だけど、ちょっと迎えに来てくれない?」


『ちょっと、貴方、だ、誰なのかしらっ!?』


 こちらが死んだと思っているのだろう。


 電話の向こう側で、エリーザベト姉は焦っていた。


 その様子が手に取るように想像できる。


「置いてけぼりの恨みを晴らす為、地獄の底から這い上がってきました。お願いだからセックスさせて下さい。できれば妹さんともセックスさせて下さい。可能なら姉妹丼プレイを希望です」


『……どうして生きているのかしら?』


 こちらの存命は一発で伝わった。


 流石は俺だ。


 先日からセクハラが楽しくて仕方がない。


「さぁ? 理由は定かでないけれど、何故だか無傷で生きてる」


『…………』


「とりあえず迎えに来てくんない? 場所は変わってないから」


『……あれはどうなったの? 私たちを襲った雪女は』


「気づいたらいなかった。家に帰ったんじゃないのかね?」


『そう……』


 幾らばかりか間をおいて、弱虫吸血鬼は頷いた。


 どうやらこちらの言葉を信じたようだ。


『分かったわ。迎えを行かせるから、しばらくそこで待ってなさい」


「あいよ」


 僅かばかりの会話を終えて、通話回線を切断する。


 迎えを待っている時間が暇だったので、少しだけケサランパサランを探してみた。ただ、それらしいモノを見つけることはできなかった。代わりにそこらじゅうを蚊に刺されて、踏んだり蹴ったりである。


 しかも、どうしたことか。


 蚊に刺された跡は、数分と経たぬ間に元通り。


 完治、とでも称すればいいのか。


 まるでビデオの逆再生をでも眺めているかのような光景は、一連の現象が自らの肉体で起こったことも手伝い、驚きも一入である。試しに爪でちょいと腕の表皮を切ってみると、そちらも同様に元通り。


「…………」


 なんて恐ろしい。


 全身に鳥肌が立つのを感じた。


 自身の肉体の在り方にガクブルとしてしまう。


 そうして小一時間ほど、同所で一人寂しく震えて過ごす羽目となった。


 ちなみに迎えはヘリコプターが来た。


 あの吸血鬼姉妹、正真正銘のブルジョアだよ。

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