飲み会 一

 帰路のヘリコプターに姉妹の姿はなかった。運転手だけが乗っていた。そして、生まれて初めてとなる空の旅を楽しむこと小一時間。道中の会話を、早く乗れ、着いたぞ、の二言で済ませての帰宅と相成った。


 今日はもう遅いので、姉妹からは明日になったら連絡が来るとのこと。


「ただいまー」


 挨拶を口にしながら、玄関を超えて居室へ。


 何にも先んじて目に入ったのは、昨晩にも我が家へ迎え入れた鬼っ子の姿だ。乱雑に敷かれた布団の上、何をするでもなく胡座をかいて座っていた。その傍らには昼に与えた食事のゴミが散らばっている。


「おー、帰ったかぁー」


 鬼っ子はこちらに気づいて、何気ない面持ちで声を掛けてきた。


 まるでパートに出た妻の帰りを待つヒモ旦那のようだ。


「アンタ、もう調子はいいのか?」


「なんとか耐えた。凄い頑張った気がする」


「そうか、そりゃよかった」


 どうやら二日酔いから立ち直ったらしい。


 たしかに顔色は元に戻っているし、舌も回りも順当。


 指先や足先に見られた小刻みな痙攣も失われている。


 よかったよかった。


「っていうかさ、自分、アンタに聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「俺の身体、どうなってるんだ?」


 ヘリに揺られている間、延々と考えていた疑問を尋ねてみることにした。


 もしもこの身に起こった不思議を解決する糸口があるとすれば、それはこの鬼っ子に他ならない。エリーザベト姉や妹さんのような吸血鬼に咬まれたのなら、お話は簡単だった。眷属というやつである。彼女たちの性奴隷になりたい。


 しかし、そういう訳でもなさそうだし。


「身体がどうしたんだ? 痛いのか?」


「だからほら、アンタって俺のこと助けてくれましたよね?」


「おー、助けたな。死に損ないを」


「その時、何か変なことしてたりしません?」


「変なことって、どういうことだ?」


「ぶっちゃけ無敵感が半端ないんです。何されても死なないっていうか」


「あー、そうだなぁー……」


 やはり鬼っ子、何か知ってるっぽい。


 歯切れの悪い相づちを頂戴した。


「そこんところ、ちょっと詳しく説明してくれない?」


「えっとなぁ」


 問われた彼女は、舌足らずな調子で語り始めた。


「お前の魂を私が食べたんだ。普通なら食べてすぐに消化しちゃうんだけど、私はお前の魂を消化しないで残してる。今もお前の魂は私の中に残ってる。こう、お腹のなかでフヨフヨしている感じ」


「それで?」


「鬼に食べられた人間の魂は消滅するだろ? けど、お前の魂は消化されてない。私の中にそのままの形で残ってる。お前ら人間の世界だと、不老不死とか、そんな感じで呼ばれてた気がする」


「……で?」


「身体がどれだけ駄目になっても、魂は無事だから、ちゃんと元通りに治る。お前はどれだけ酷い目に遭っても死なない。ぐちゃぐちゃになっても、私が生きていれば、そのうち勝手に復活する」


「…………」


「でも、私が消化しようと決めたら、お前は死んじゃう。だから、お前は私に美味しいお酒を振る舞う義務がある。昨日のお酒、凄く美味しかったから、私はもっともっと飲みたいと思っているぞ!」


 エヘンと胸を張って言う。


「あんだけ酷い二日酔いを喰らっておいて、まだ飲みたいのか」


「そろそろ大丈夫だと思う」


「……そか」


 自身も経験があるから分かる。アル中ってそういうもんだ。


 しかし、これは困った。


 つまるところ、コイツの気まぐれでいつ死んでもおかしくない状況、ってことだろう。なんて危うい立ち位置にいるのか。こんなことなら詳しく聞かなければよかったと、後悔せざるを得ない。


「共存繁栄ってやつだ。前に偉そうな人間が言ってたぞ? お前は私にお酒を寄越して、私はお前に不老不死の身体をくれてやる。どうだ、凄いだろ。まるで蟻とキリギリスの関係じゃないか」


「最後のはちょっと違うと思うけどな」


「そうか?」


「けどまあ、大凡は理解した。ありがとな」


 何はともあれ、可愛いので頭を撫でておく。


 俺はロリコンだからな。


 相手も満更でもない面持ちで、目を細めている。


 コイツは本当に鬼なのだろうか。


「ところで、アンタが熱望してやまないお酒なんだが……」


「おうぅ、早くだしてくれよぉ」


「昨日、ほとんど飲んじゃったから、買いに行かないとないわ」


「え? ないのか?」


「いやいや、だから買いに行かないと、って言っただろう? 買ってくれば大丈夫だから、そんな不安そうな顔してくれるなよ。こっちも不安になるじゃないですか。間違っても魂さんのこと、消化しないで下さいね?」


 勘違いで殺されたら堪らないでしょう。


「ここで待ってればいいのか?」


「そのとおり。すぐに買ってくるから」


「分かった。待ってる」


「よし、んじゃ行ってくる」


 まさか頭に角の生えた子供を連れて歩く訳にはいかない。


 居室に鬼っ子を残して、アル中はアパートを出発した。

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