飲み会 二

 コンビニでは普段より多めにお酒を購入した。鬼っ子がやたらと飲むからだ。一晩で瓶一本を軽々と開けてしまうのだ。より具体的には四十度のお酒を七百ミリリットル、一人でサクッと飲み干してしまう。


 ということで、両手に重量級のビニール袋をぶら下げての帰宅。


「相変わらずボロ臭いアパートね」


「うるせぇよ。住めば都ってやつだ」


「田舎者が偉そうなことを」


「だから都って言ってるだろ? ここ限定で都会なんだよ。発展してるんだよ」


「なんでもいいから早くしてくれない? 外は暑いわ」


「ぐっ……」


 コンビニの便所でピエロメイクを落としてから、エリーザベト姉の態度が三割増しで偉そうだ。元の美少女スタイルに戻ったことで、自分に対する自信とか優越感とか、そういうのが復活したのだろう。


 それはもう可愛いから、こちらとしても嬉しいのだけれど。


「ほら、早くなさい」


「なんて不貞不貞しい」


 促されて玄関のドアを開ける。


 玄関で靴を脱ぐ。


 僅かばかりの廊下を越えて、六畳一間の居室へ。


 するとそこには、大人しく留守番をしていた鬼っ子の姿が。


 ちゃんと暴れずに待っていてくれたようだ。良い子だ。


「おー、帰ったかー!」


「おう、帰ったわー」


「なんか変なのが一緒だな? それもコンビニで買えるのか?」


 早速、鬼っ子が金髪ロリ吸血鬼に興味を示した。


 ジッとエリーザベト姉のことを見つめているぞ。


「咥内射精からアナルファック、やり放題で八十分、五千円だ」


「おぉ、安いなっ!」


「安すぎるわよっ!」


 後頭部をグーパンで殴られた。


 ガツンと目の奥に火花が散った。そうかと思えば視界が暗転して、畳の上に倒れる羽目となる。まるでビール瓶で殴られたような感じ。立ち上がろうとしても、ちょっとやそっとじゃ起き上がれない。四肢に力が入らない。


「痛っぇえぇええ……」


 悶絶、動けなくなる。


 ちょっとこれ中身とか出ちゃってるんじゃないかね。


「買われたのか?」


「違うわよ! 貴方に話があって来たのっ!」


 その間にも残る鬼二人は言葉を交わす。


 一方的にエリーザベト姉が絡んでいるようにも見えるが。


「……吸血鬼が、なんの用だぁ?」


「彼の魂を喰らったと聞いたので、確認しに来たのよ」


「魂? 欲しいのか?」


「いいえ、欠片ほども欲しくないわ」


 この金髪ロリ吸血鬼、こっちが満足に動けないからって、好き勝手に言ってくれる。しかも本心から欲しくないという思いが伝わってくる。殴られた後頭部に加えて、心にまでダメージ大だ。


「本当に鬼なのかしら?」


「だったらなんだよぉー」


「…………」


 鬼っ子を眺めて、エリーザベト姉は考える素振りを見せる。


 一方的に値踏みするように、頭の天辺から足の先までジロジロと。


 観察される側にとっては、不愉快この上ない視線だろう。


「なーなー、何だよコイツ。面倒だぞぉー」


「お、俺に言うなよっ、うぅ……無理矢理付いてきたんだから……」


 段々と痛みが引いていくのを感じて、ゆっくりと身体を起こす。


 流石に刀で刺された時ほど、ダウンタイムは長くなかった。手の平で後頭部を擦ってみると、今まさにタンコブが縮んでゆくのに遭遇した。しゅるしゅると凸凹が平らになってゆく。割と気持ち悪い。


 これはもう人間じゃないな。


「それより飲もうぞー! おさけー!」


 鬼っ子が吠えた。


 その視線が見つめる先には、俺の脇に落ちたコンビニのビニール袋。


 中には何本か納められた酒瓶と、沢山のおつまみ。


「あぁ、そうだな。こんな変態は放っておいて飲もう、飲もう」


「おしゃー!」


 俺も飲みたい。沢山飲みたい。


 今日も飲んで飲んで酔っ払おう。


「貴方たち、昨日あれだけ酔うまで飲んでおいて、今日も飲むの?」


「残り五日だろ? 飲まなきゃ損じゃないですか」


 隕石が落ちてきたら酒も何もあったもんじゃない。いくら不死の肉体を得たとはいえ、それも鬼っ子が生きていてこその代物だ。そして、彼女の雑魚っぽさを鑑みるに、恐らく隕石の衝突を生きながらえることは不可能だろう。


 ならば今は残すところ僅かとなった命を全力で謳歌する限り。


 この吸血鬼が提唱するラッキー救済大作戦も、成功するか怪しいものだ。


「……お酒って、そんなに美味しいとは思えないのだけれど」


「はぁん? それはアンタの舌がお子様だからだな。俺らは大人だし」


「おー! おとなだな。おとなー」


「っ……」


 ピクリと、エリーザベト姉の眉間がピクついた。


 なんて分かりやすい。


 鬼っ子と比べても、どちらが子供だか分からない。


 ところで、ふと疑問に思ったのだが、この鬼っ子は果たして何歳なのか。吸血鬼に限らず、人外の方々は外見年齢と実年齢が比例しない。この形で実は五百歳だとか、そうしたことも往々にしてあり得る。


「分かったわ。それなら飲んであげましょう。存分に」


「いやいやいや、頼んでないから。大人しく家に帰ろうよ」


「黙りなさい」


 ギロリ、俺を睨み付けて、足下のビニール袋を漁り始めた。


 取り出したるは白州。


 これを荒々しくも封を切り、口元に運ぶ。


「こんなもの、夕食でいくらでも飲んでるわよっ!」


 そして、あろうことか直に口を付けて、豪快に流し込んだ。


 ゴクゴクと喉が大きな音を立てて鳴る。


 まるで清涼飲料水でも口にしているようではなかろうか。


 そうかと思えば次の瞬間、彼女は壮大に吹き出した。


「ぶっぅふうぅううううううううっ!」


 霧状になった酒が俺に降りかかった。


 主に顔から腹にかけて、上半身が酒まみれとなる。


「ってぇえっ! お、おいこら何やっちゃってんのっ!?」


「げほっ! ごほっ! げほぉおっ!」


 壮大に咽せ始める金髪ロリ吸血鬼。


 それまでの威勢はどこへやら、途端に涙目となりゲホゲホと。


「それ高いんだぞっ!? 普段だったら絶対に買わないんだぞっ!?」


「ちょ、ちょっと、なによこれっ! ふざけんじゃないわよっ!?」


「ふざけてんのはお前だろっ!?」


 貧乏な学生にとっては、白州など大した贅沢なのだ。


 それも年に一度、手が届くかどうかといったレベルの。


「ぁあああああ、喉が、喉が痛いっ! ごほっ、げほぉっ!」


「ウィスキーをゴクゴク飲むヤツがあるか。あーあー、こんなに減らしちゃって、まったく何なんだよもう。どうしてくれるんだよ、アンタっていう吸血鬼は。こういうのはゆっくりとチビチビ飲むのがいいのに……」


「こいつ、馬鹿?」


 鬼っ子がエリーザベト姉を眺めて言う。


「そうだ。コイツはとんでもない馬鹿だ。大馬鹿者だ」


「だったら仕方がない」


 腕を組んでウンウンと頷いてみせる鬼っ子。


 他方、喉を灼かれた大馬鹿者は、ヒーヒーと阿呆みたいに大口を開けながら、ああでもない、こうでもない、悲鳴を上げ続けている。ご近所の迷惑だ。苦情とか言われたらどうしてくれるんだよもう。


「水っ! 水を寄越しなさい! はやくっ!」


「あぁ、ちょっとまて……」


 水なんて買っていない。この女なら、水道水で十分だろう。


 台所へグラスを取りに向かおうと腰を上げる。


 するとこちらの手前、鬼っ子が何やらボトルを差し出した。ラベルに示された品名を確認して、俺はこれを止めようとする。しかし、間に合わない。差し出した人物の顔にはニコニコと笑み。それつまり確信犯。


「ほれ、水だぞー」


 エリーザベト姉は差し出されたボトルを素直に口へ運んだ。


 先ほどにも増して勢いよくゴクゴクと。


「ぶぅふぅうううううううううううっ!」


「うぉっ!?」


 なんてこった、また拭きやがったコイツ。


 しかもいちいち俺に吹きかけてくるのは狙ってのことか。


 美少女の唾液ブレンドとか、普通に嬉しいじゃないの。


 思わず顔がにやけそうになるのを隠すのが大変だわし。


「だから、いちいち拭くじゃねぇよっ! ポンプか何かなのっ!?」


「ちょ、ちょっと! なによこれっ! お酒じゃないっ!?」


「ボトルのラベルを見りゃ分かるだろ?」


「うはははっ! 馬鹿だ! 馬鹿がいるぞおい! うはははっ!」


「こ、このっ……」


 笑いこける鬼っ子。


 彼女が渡したのは山崎だった。同じメーカーの製造で、白州とは姉妹商品のような位置づけにあるお酒だ。似たようなボトルなのに、なんら疑わずに飲んだエリーザベト姉は、どこへ出しても恥ずかしい馬鹿だ。とんでもない大馬鹿者だ。


「殺すわっ!」


 右手にボトルを持ったまま、金髪ロリ吸血鬼の左ストレートが唸る。


 向かう先は鬼っ子の顔面。


 とても人外らしい反応である。


 人間なら歳幼い子供を相手に手を上げるとなると、多くの人は無意識のうちに、抑止力が働くことだろう。けれど、外見年齢と実年齢が、あるいは姿そのものが変幻自在の彼ら彼女らだから、見た目など見た目以上の何の価値もない。


 繰り出される一撃も、自ずと勢いの乗ったものになる。


「おおっ」


 これを鬼っ子は正面から受けた。


 褐色肌のお手々を顔の正面に差し出す。


 直後に拳が触れて、パァンと良い音が鳴った。


「なっ……」


「ふふんっ」


 鬼っ子の着ていた和服の袖が、衝撃からヒラヒラとする。


 まるで格闘ゲームの演出みたいだ。


 自分が受けたら、手首を巻き込んで頭部の爆散は免れまい。


「ど、どうして、こんな餓鬼にっ……」


 鬼っ子はエリーザベト姉の拳を受け止めて余裕綽々。


 なんら堪えた様子も見られない。


 次いで与えられたのは、問答無用の一言だ。


「あんまり暴れるようなら、殺すぞ?」


「っ……」


 ニコニコと笑みを浮かべながらの文句。


 自身も同じような台詞を、つい先日にも頂戴したばかりだ。


 褐色ロリ強い。


 それ以上は争うまでもなく、軍配は鬼っ子に上がった。


「……貴方、この力はどこから?」


「おさけ」


「そ、そんなことある訳ないじゃないっ!」


 笑みを崩さない鬼っ子を前に、エリーザベト姉は狼狽える。


 今まさに起こった出来事が信じられないと言わんばかり。


「おさけ飲むぞ-。たくさん飲むぞ-」


「って言う訳だから、諦めてお前も飲め。飲めば万事解決だ」


「ちょ、ちょっと、なんでそうなるのよっ!」


 別にいくつか買っておいたチューハイの缶を手渡してやる。


 これを受け取って、弱小ツインテール吸血鬼は慌てた。


 せっかくこうして、鬼っ子がお膳立てしてくれたのだ、この場は押して押して押しまくろう。酔っ払った金髪ロリ美少女と前後不覚のセックスとか、最高ではなかろうか。一度でいいからそういうのやってみたかった。


「んじゃ、かんぱいだー!」


「おうおう、乾杯だ」


「な、なんで私がっ……」


 済し崩し的に一名追加、三名での飲み会と相成った。


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