転校生 二

 問題の金髪ロリ姉妹はおろか、誰とも言葉を交わすことなく迎えた放課後。


 ボッチマンは素直に体育館裏へ向かった。


 部活や同好会には入っていないので、授業が終わってしまえば暇だ。家に帰ってもパソコンを弄りながらお酒を飲むばかり。だからだろう、こうして時間を潰すことに抵抗感はない。むしろ普段と異なる放課後の流れを少なからず楽しんでいる。


 それでも文句があるとすれば、屋外なので暑い。


「……来ないじゃん」


 あと、待てど暮らせど転校生はやって来ない。


 体育館の壁に背中を預けてから、小一時間ばかりが経過していた。


 やはり聞き間違いだったのか。もしくは遊ばれたのか。


「…………」


 どちらでも、与えられる状況は変わらない。


 それなら考えることは無意味だ。


「帰るか……」


 呟いて一歩を踏み出す。


 平静を装ってはみるけれど、割とショックだった。悲しかった。二人とも可愛かったから。っていうか、ロリコン的に考えて、どストライク。あの二人の弟として生まれて、性的に虐待されたい人生だった。


「あー、可愛かったなぁー……」


 この待ちぼうけ野郎は、パッとしない見た目のコミュ障である。


 フツメンを自認しているが、実際にはどうだか。


 そんな自分であっても、あるいは興味を持ってくれる異性が現れたのなら、なんて甘い妄想は、お布団の中で幾度となく繰り返してきた。あまりにもリプレイしまくったせいで、最近は世に出回ったラノベや漫画が素直に楽しめないほど。


 ただ、妄想はどこまで行っても妄想だ。切ない。


「あぁ……」


 家に帰ってお酒を飲もう。沢山飲もう。お酒おいしい。


 体育館の壁から背を浮かせる。


 すると、まるで時宜を合わせたように、建物の角の向こう側から待ち人が現れた。しかも一人じゃない。姉に加えて、傍らには妹さんも一緒。共に朝のホームルームで眺めた際と変わらず制服姿だ。


「待たせてしまったわね」


「おまたっせー!」


 二人はこちらに向けて歩み、二、三メートルほどの距離で立ち止まった。


 人と人が話をするには少しばかり広い、この間隔はなんだろう。


「できればもう少し、涼しい場所を指定して欲しかったかも……」


 長いこと外で待っていた為、シャツの色が変わるほどに汗だく。


 なるほど。冷静に考えてみれば、相当に汗臭いだろ。


 それがこの距離感の理由か。


 明日から消臭剤とか、装備してもいいかも知れない。


 帰りにドンキで買うかね。


「ああいや、だからって別にどうかした訳じゃないけどさ。ごめん」


 っていうか、もう少し気の利いた言葉を言えないのか、俺は。


 美少女たちと男子ソロでお話をしているという状況から、どうにも緊張してしまう。おかげで凄くぶっきらぼうなこと言っちゃったよ。出会って早々に愚痴とか、印象最悪なんじゃなかろうか。


 くそう、頭の中が真っ白だ。


 緊張してしまうのですけれど。


「たしかに汗だくだねぇ。なんか髪とかベッタリしてるしぃ」


「場所を移した方がいいかしら? 喫茶店とか」


「いいや、もう今更だから……」


 出会い頭の非難に、文句の一つでも返されるかと思った。


 けれど、彼女たちはこちらの愚痴に構わず淡々と言葉を続ける。


「そう? ならこの場で話を進めさせてもらうわ」


「暑いしさっさと済ませちゃおうねー」


 下手に喫茶店など入って、彼女たちと同席しているところを学校の連中に見られたりしたら面倒だ。そういう些末な出来事が、後々苛め問題に発展するのだと、賢いボッチは知っている。ちゃんと知っている。


「一応、遅れてきた理由を説明しておくと、クラスメイトの目から逃れるのに時間が掛かってしまったの。ここまで顕著に外国人を珍しがる気風は、今の時勢、日本人くらいのものよね。まるで動物園のパンダにでもなったような気分だわ」


「本当に賑やかなクラスだよねぇ。お弁当のおかず色々と取られちゃったし」


「あぁ、なるほど……」


 納得の理由だ。


 むしろよく逃れて来られた。


「謝罪が必要であれば謝るわ。ごめんなさい」


「特に男子からの求愛が激しかったんだよねー。モテモテ?」


「いや、べ、別にいいけどさ……」


 想像以上に素直な言葉を頂戴できて、心が癒えるのを感じる。こうして可愛い子に気遣ってもらえると、この世界に自分はまだ存在していてもいいのだと、太鼓判を押されたような気がして、とても安心する。


 が、それも僅かな間の出来事だ。


「ところで、貴方、これが何だか分かるかしら?」


 エリーザベト姉がスカートのポケットから、何かを取り出して言った。


 それは幸せの青い鳥さん。


 大きさはスズメくらい。


 つい数ヶ月前に出会って、昨晩まで俺の肩に住んでいた。


 鳴き声も上げないし、碌に空も飛ばない。


 延々と肩に留っているだけの妙な鳥さん。自分のような碌に人付き合いも知らない唐変木に懐いてくれた可愛い鳥さん。トイレに行くときも寝るときも一緒だった、割と本気で嬉しい鳥さん。


 ただ、変態や鬼との遭遇を受けて、昨晩から離れ離れ。


「あ……」


 諸々の経緯も手伝い、咄嗟に声を上げてしまった。


 よくない対応だ。


 本来であれば、そこいらの人間には見えない鳥さん。


 見て見ぬ振りが正しい判断。


 とはいえ、スカートのポケットに収納とか、酷い。


「どうやら事前の調査に間違いはなかったようね」


「お姉ちゃん、いつの間に捕まえたの? それブルーバードだよね?」


「昨日の晩、この近くを飛んでいたから捕まえたのよ。まさか、こんなに早く見つけられるとは思わなかったわ。日頃の行いが良いからかしら?」


「へぇ、偶然だねぇ……」


 鳥さんの名前はブルーバードと言うらしい。


 見たまんまである。


「……その子、も、もしかして君らのだった?」


「見覚えがあるのかしら?」


「ああいや、見覚えがあると言うよりは、こっちで飼っていたというか、昨晩まで一緒に居たというか、自分が一方的に御利益に授かってというか……」


「あら、そうだったの。それは偶然ね」


 鳥ちゃんは俺の姿を見つけると、ピィピィと小さな声で鳴いた。


 よく見れば、その小さな身体は少女の手の中で、ピクピクと身動ぎを繰り返している。ただ、羽の上からギュッと握られているので、碌に動くことができないようだ。


 自分には必至に逃げようとしているように見える。


 そうした鳥さんを見つめて、エリーザベト姉は言った。


「あら、そっちへ行っては駄目よ? 貴方の主人は私なのだから」


 語る表情は笑顔だった。


 ニィと口元の歪に曲がった、少し気味の悪い笑顔。


 その傍ら、同様に怪しい笑みを浮かべて、妹さんが言う。


「お姉ちゃん、あとで私にも貸してね?」


「少しだけよ?」


「あは、やったぁー」


 先方から勝手に居ついてきたので、野良だと思っていた。


 飼い主がいたとは想定外だ。


 もしかしたら、虐待されて逃げてきたのかもしれない。


「まあ、ブルーバードは話のついでよ。本題に戻りましょう」


 エリーザベト姉は、再び鳥さんをポケットに突っ込んだ。酷い。


 そして、居住まいを正すように胸を張り、こちらに向き直る。その表情は今し方の薄ら笑いから一変して、とても真面目なものだ。すぐ隣では妹さんも同様、鳥さんから意識を移して、ジッと視線を向けてくる。


 なんだろう。


 美少女に見つめられるの、とても緊張する。


 二人とも凄く可愛い。


「色々と聞きたいことはあるけれど、一つ、最も重要なことを尋ねるわ」


「どうぞどうぞ」


「もしも一週間後、この地球が滅びてしまうとしたら。けれど、それが誰かの努力によって回避できるとしたら。貴方は私たちに協力してくれるかしら?」


「……え?」


 これまた随分と突拍子のない話だった。

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