転校生 一

 翌日、朝のホームルームで担任が言った。


「転校生を紹介します」


 途端に教室が賑やかとなった。


 両腕を枕に机へ突っ伏していても、クラスメイトの沸き立つ気配が窺える。お調子者の男子生徒や、ミーハーな女子生徒の発言は際立って響く。その後ろで流れるように、他大勢の雑多に入り交じった呟きが届けられる。


 あと数日を待てば夏休みという昨今、随分と時期違いな転校生だった。


「入って来て下さい」


 続けられた担任の言葉に応じて、教室の前側のドアが開かれた。


 興味が無いかと問われれば、そんなことはない。その面を一目拝んでやろうと、二日酔いに痛む頭を片手に押さえつつ、伏せていた頭を机から上げる。きっと酷い顔つきになっていたことだろう。


 すると教壇の傍らには、可愛らしい金髪ロリータが並んでいた。


「自己紹介をお願いします」


 担任教師に促されて、小柄な少女二人が一歩を前に歩み出る。


 まるで中学生のようだ。


 いいや、小学生であっても不思議でない。


 小さいのはいいことだ。


「姉のコージマ・エリーザベト・フォン・プファルツです」


「妹のアーデルハイト・エリーザベト・フォン・プファルツです」


 どうやら双子姉妹のようである。


 一卵性なのだろう。外見は酷似している。パッと見て判断できる唯一の違いは、髪を結うリボンの色。姉が白で妹が黒。学校指定の制服姿であることも手伝い、他で見分けることは不可能に近い。


 ちなみにツインテール。


「二人はドイツの出身です。日本語は話せますが、文化的には理解の及ばないところも多々あるでしょう。皆さん、何か気づいたことがありましたら、能動的に助けてあげるようにして下さい」


 淡々と述べる教師。


 これとは対照的に教室は沸き立った。


「では、お姉さんの方から自己紹介を」


 促されて、姉妹の片割れが口を開いた。


「はじめまして。ドイツから来ました。コージマ・エリーザベト・フォン・プファルツです。コージマと呼んで下さって結構です」


 流暢な日本語だった。


 凛とした響きのなかにも、さりとて幼い少女の可愛らしさが窺える。ただ、本人が意識して押さえているのか、語り草は抑揚のないもの。良く言えば落ち着いた、悪く言えば冷淡な喋り方だった。


「趣味は読書と映画鑑賞です。日本での生活はあまり長くないので、至らないところも多々あるとは思いますが、どうぞ、よろしくお願い致します」


 自己紹介の内容はごくごくありふれたもの。


 けれど、これをクラスメイトは歓声で迎えた。


 担任は淡々と司会進行を続ける。


「では続いて妹さん、お願いします」


「はいっ! 妹のアーデルハイト・エリーザベト・フォン・プファルツです。気軽にハイジって呼んで下さいっ! 日本の学校は初めてなので、とても楽しみです!」


 こっちは下手な日本人以上に日本人らしい自己紹介だった。


 落ち着いた姉とは一変して元気一杯だ。


 歳幼く映る外見に相応の語り草。けれど、声の質は似ているように感じられた。もしも喋り方を真似られたら、クラスメイトは見分けがつかないんじゃなかろうか。少なくとも自分はつかない。


「趣味はゲームとアニメ、それに漫画ですっ! 最近は漫画喫茶にハマってますっ! 面白い作品とか知ってたら教えてねっ! よろしくお願いしますっ!」


 姉の時と同様に、クラスメイトは歓声を上げる。


 更にクラス一番のお調子者が、声も大きく野次を飛ばした。


「ハイジちゃん、かわいいよーっ!」


「本当!? ありがとぉっー!」


 教室内がドッと湧き上がった。


 これに構わず、担任は転校生二人に向けて説明を続ける。


「二人の席は一番後ろに並んで空いている、あちらになります。夏休み明けには席替えを予定しているので、一時的なものと考えて頂いて結構です。どちらがどちらでも構いませんので、都合の良いように着席して下さい」


「分かりました」


「はーい!」


 この担任教師は堅苦しいことで有名だった。異例の外国人転校生に対しても、これは変わらない。僅かばかりの自己紹介に過ぎて、朝のホームルームは普段どおり淡々と進んでいった。


 ただ一つ、留意すべき事柄があったとすれば、それは一瞬。


 姉妹が自席へ向かうべく歩み、俺の席を横切った際のこと。


「放課後に体育館裏で待ってるわ」


「……えぇ?」


 姉の方から、ボソリ、そんなことを言われた。




◇ ◆ ◇




 その日は普段と比べて教室が賑やかだった。同じクラスの三十余名は当然のこと、他のクラスからも、季節外れの転校生を拝むべく、多くの生徒が訪れた。金髪ロリ姉妹の周囲には常に人が溢れていた。


「コージマちゃん、次の授業の教室って分かる?」


「いいえ。分からないので、教えて頂けると有り難いのだけれど……」


「おっし、それなら俺に任せてよっ!」


「ありがとう。日本の男の子は優しいのね」


「そ、そんなことないってっ!」


 朝のホームルーム、すれ違い様に呟かれた言葉は、こちらの聞き間違いなのではなかろうか。この一点を確認したかった。けれど、人の輪の中心にいる彼女たちには、話し掛ける隙がなかった。


「ハイジちゃん! 一緒にお昼ご飯食べよう?」


「うん! お弁当、とっても楽しみにしてたんだ! いいよね、お弁当!」


「あ、ハイジちゃんのお弁当ってば、めちゃめちゃ可愛いね!」


「えへへー、いいでしょ? 早起きして頑張って作ったんだよぉ!」


「え、自分で作ったの!? すごぉーいっ!」


 昼休みは当然として、授業の合間の僅かな休み時間も、人の流れはひっきりなし。果ては移動時間や授業中、彼女たちが何を行うにしても、傍らには誰かしらが付いていた。それこそまるでアイドルに付き従うマネージャーさながら。


「コージマちゃん! ハイジちゃん! 今日の放課後は空いてる? 二人の歓迎会をしようって、このクラスの連中で話してたんだけど」


「申し訳ないのだけれど、今日は他に予定が入ってしまっているの」


「ごめんね! 別の日に誘ってもらえたら、今度は絶対に行くからっ!」


「それじゃあ予定が空いてる日とか、教えてもらってもいい? お願い!」


「うんっ! えっとねぇ……」


 もしも俺がクラス内ヒエラルキーの上の方にいたのなら、彼女たちと接点を持つことは容易だっただろう。けれど、どちらかと言えば下の方、というか最底辺に位置する昨今、他のクラスメイトを押しのけてまで、会話の場を得ることは憚られた。


 いつもと変わらず、寝たふりと文庫本に過ごす一日だった。

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