説明会 三

 当初は先方の頭を疑った説明会だが、なんだかんだで協力する運びとなった。そして、既に多くの協力者を抱えているということもあって、以降の話は早かった。あれよあれよと今後の予定が立てられていく。


「リストは今日中に貴方のアドレスへ送るわ」


「え? なんで俺のアドレス知ってるの?」


「平民の個人情報を抜くくらい訳ないわよ」


「平民て……」


 言い方が古いな。


 実は意外と高齢なんじゃなかろうか。


「貴方が見鬼であると、私たちの網に引っかかったのも、精神病棟の入院履歴を走査した結果よ。その過程で連絡先の一つや二つ簡単に漁れるわ。当然、親族の住所や銀行口座も押さえてあるから、逃げようなどとは考えないことね」


「うっ……」


 実は頷くだけ頷いて、何もせずに逃げて回ろうと思ってた。人生最後の一週間になるかもしれない。当然、色々とやりたいことだってある。火事場泥棒的な意味で。人間、自分の命が懸かれば、どこまでもゲスくなれるものなのさ。


 例外があるとすれば、それは人生を幸福に過ごしてきた人くらいなもの。


 俺もできることなら、満足して逝けるくらい幸福な人生を生きたかったなぁ。


「逃げるつもりだったでしょう?」


「……なんで分かったんですかね?」


「貴方のような小物の考えることなんて、容易に想像がつくわ」


「左様でッスか……」


「あと若干だけれど、そういった匂いが感じられたから」


「匂い? 匂いってアンタ、犬か何かですか?」


「お姉ちゃん、匂いフェチだからねぇ」


「なんでそうなるのかしら?」


 吸血鬼っていうのは、人間より鼻が良いのだろうか。


 その手の話は聞いたことがないけれど。


「吸血鬼だって鬼の端くれよ? 負の感情には少なからず鼻が利くわ。貴方だってそうでしょう、ハイジ。むしろこういった面では、私より貴方の方が優れている筈なのに、どうしてそういう言い方をするのかしら」


「そうだねぇ。この子がエッチなこと考えてたってことは分かるよぉ?」


「えっ、あの、どうして分かるんですかね?」


「んー、なんとなく? 男の子って単純だし?」


 口元に人差し指を当てて、首を傾げてみせる妹さん。


 だったらそういう、エロ可愛い表情をしないで頂きたし。


「いい加減に居たたまれないので、そろそろ帰っていいですかね?」


 これ以上の長居は、いよいよ危険な気がしてきた。


 見た目可愛いとは言え、化け物には違いない。


 聞きたいことは聞けたので、さっさとお暇しよう。そうしよう。


「そうね。伝えることは伝えたから、今日はもう帰っていいわよ」


「……どうも」


「それとこれを持ちなさい」


 エリーザベト姉が、何かをこちらへ投げて寄越した。


 受け取った先、手の中には携帯端末が。


「私たちの連絡先が入っているわ。さっき説明したリストも」


「あぁ、どうも」


「常に持ち歩くようになさい。その端末はGPSで監視しているから、ラッキー集めを怠けたりしたら、すぐに分かるようになっているわ。隕石の衝突を待たずに死にたくなかったら、馬車馬のように働きなさい」


「……なんて酷い話だ」


「一週間後を無事に乗り切れたのなら、ちゃんと報酬は出すわよ」


「ぜんぜん嬉しくないな、それ」


「完全に諦めてるわね?」


「だってラッキーとか、マジねーですよ」


 どんなラッキーが起こったら、衝突必死の隕石から逃れられるの。


 数ヶ月前、幸せの青い鳥ちゃんを拾って以後、自分もラッキーというものの存在は、強く意識するようになった。こうして高校入学と共に一人暮らしをしているのも、そのラッキーのおかげだ。


 一人暮らしをしたい。


 そう願った翌月の出来事だ。


 万年平社員だった四十過ぎの親父が、僅か数週間足らずの間で、親会社に異動の上、課長職に昇進、海外の事業部へ栄転、という普通じゃないコンボを決めて、母親と共にアメリカに渡っていったのだ。


 たしかにラッキーはある。幸福っていう目に見えない力は、あると思う。


 だがしかし、それとこれとは次元が違うんじゃなかろうか。


「お姉ちゃーん、このニンゲン使えなさそぉー。ここで吸っちゃお?」


「そうは言っても、今は一人でも多くの協力者が欲しいのよ」


「なんか見ててムカムカするんだもん。こういう男って嫌いだなぁ」


「安心なさい。それは私も同じだから」


 しかもなんか勝手に言ってるし。


 可愛い子に言われるとダメージ大きいから勘弁してよ。


「数年前から事情を知ってたアンタたちと、今まさに状況を把握した俺とで、同じ温度感を持てとか、幾らなんでも無理な話じゃないですかね? もうちょっとは相手を気遣ってくれてもいいんじゃないかと」


「貴方の言うことは理解できるけれど、時間が無いのも事実なの」


「そっスか」


「ということで、話はここまでよ。今日のところは帰りなさい。帰宅後は休んでいいけれど、明日からは十分に働いて欲しいものね」


「了解っス……」


 そんなこんなで一方的に連れて来られたかと思えば、早々のこと帰宅命令を出された。しかも帰りは実費で電車移動ときたもんだ。せめて交通費を寄越せよ。


 まったくもう。

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