説明会 二
「生意気なこと言うと、チューチューしちゃうぞぉ?」
両手の人差し指に頬の肉を開いて、口内を見せてみせる妹さん。開かれた口から覗くのは、異様に尖った犬歯だった。その姿がエロ可愛らしくて、真っ赤な舌が艶かしくて、ちょっとチューチューされたくなった。
「化け物も化け物で焦ってるんだな……」
なんだよ、二人とも人外なのか。
それならそうと早く言って欲しかった。
緊張して損した。
てっきり同世代の女の子だとばかり考えていた。
「そういうことよ。理解したのなら協力なさい」
「そうだぞぉー!」
姉妹からの提案は、どこまでも一方的だった。
当然、ムカっとくる。
下手に出ろとは言わないが、せめて対等に行きたかった。
だけれども、彼女たちを相手に抗う術を、自分は持たない。吸血鬼と言えば不死者の中でも、かなり上等な化け物だと、今は亡き師匠から教えられた。仮に見た目相応の年齢であったとしても、俺など鼻くそをほじる合間に、片手でちょちょいのちょいだろう。
「……別に、いいけどさ」
こちらが頷くと、姉妹は可愛らしい笑顔を浮かべた。
露骨に接待用。
「快諾してもらえて嬉しいわ」
「いよっ、男前っ!」
それでも向けられた言葉に、ドキンと胸が高鳴る。
作り笑いだとは理解している。十分に理解している。けれど、可愛いものは可愛いのです。どうしてこんなに可愛いの。こういう子を彼女にしたい。ドイツ産の吸血鬼はラブいったらありゃしない。
「だろ? 俺マジでイケメン」
せっかくなのでカッコつけてみる。
ふぁさぁと前髪を掻き上げてみたりして。
「どこが?」
「本音と建前が分からないアホの子は嫌いだよ?」
途端に姉妹はジト目。
そういうお顔もなかなか悪くない。
「……君ら素敵な性格してるよね。とても」
「でしょう?」
「近所でも可愛い評判の姉妹ですからぁ」
教室では根暗野郎で通っている。クラスの女子とは碌に話をしたことがない。当然、女性経験はゼロ。中学校に上がって以後は、異性と手を触れ合わせた経験も皆無。生粋の童貞野郎。それが私です。
だけど今この瞬間、どうにも異性相手に口が軽い。
相手が人間でないと知ったからだろうか。それとも一週間後に迫った地球滅亡のお知らせがショックだったのか。きっと両方だろう。自分でも驚くほど、下らない台詞がスラスラと出てくる。
「協力する見返りに、姉妹丼で一発やらせて欲しいのですが」
「隕石の衝突を待たず死にたいのかしら?」
「特に断る理由を挙げるとすれば、私は君の顔が嫌だなぁー」
セクハラが楽しくて仕方がない。
この子たちに罵られると、どうにも胸がドキドキするよ。
っていうか、一発くらいいいじゃん。
「こんな可愛い美少女姉妹を前にして、お預けとか残念すぎる」
「私は貴方の欲望を一欠片ほども預かった覚えはないのだけれど」
「陰キャが調子乗ってんじゃねーぞぉー?」
クラスのイケメン連中が、躍起となり声を掛けていた相手が、俺と話をしてくれている。まったく、その事実だけでお腹が一杯になるな。女っ気のない生活をしていたからだろう。とても幸せな気分じゃないの。
「とはいえ、それだけ余裕があるのなら、捜索の方は問題なさそうね」
ふっと少しだけ表情を穏やかにして、エリーザベト姉が言った。
威力的な表情も可愛いけど、デレたら最高に可愛いだろうな。
「余裕?」
「協力を求めて事情を説明した途端、発狂した者もいたかしら」
「うひゃひゃひゃぁー、って叫んで、いきなり逃げてったのもいたよぉー」
「あぁ……」
そりゃそうだろう。むしろそっちの方が普通じゃないか。
事実上の死刑宣告だし。
「話が大き過ぎて、上手く飲み込めてないんだよ。きっと今晩あたり、部屋で一人になってから震えるし。っていうか、絶対に震える自信があるから、だから、どっちか一人でいいから今日は一緒にいてくれない?」
「嫌よ。全力で」
「君がもっと格好良かったら、考えてもよかったんだけどねぇ」
「……そうですか」
ちっくしょう。今日から一週間、お酒の量が増えそうだ。
今もの凄く彼女が欲しい気分。
このまま童貞で死ぬのは嫌だなぁ。
「ところで一つ、確認したいことがあるんだけど……」
「なに?」
「探すって言ったって、どうやって探せばいいんですかね?」
まさか座敷童や倉ぼっこの知り合いなんていないぞ、俺は。
「ラッキー系の連中で、大方の目処がついた相手を既にリストアップしてあるわ。これに従って細かいところを捜索して欲しいの。一応、危険度別に分けてあるから、低い方から探せば、貴方で対応可能なモノもある筈よ」
「ある筈よって……」
どうにも不安だな。
「いかに多くのラッキーを集められるか、それが勝負なの。貴方のような末端の数が物を言うわ。人間と化け物の垣根を越えて、既にかなりの者たちがラッキーを探して世界中を飛び回っているの」
「人間と人外とで、一致団結した総力戦ってやつですか」
「そういうことね。まあ、必ずしも全てが協力的とは言えないのだけれど」
「地球が壊れて欲しい子たちも少なからず居るしねぇ」
「単独で成層圏を離脱可能、尚且つ臆病だったり、隕石の衝突に耐え切る自信がない連中は、早々に地球を逃げ出しているわ。今頃は安全な場所から、事の成り行きを眺めているんじゃないかしら」
「生モノが自力で成層圏を離脱とか、これほど現実味に欠ける話はないな」
「そうかしら? 決して少なくないと思うのだけれど」
「そもそも隕石が衝突しても平気なやつなんているの? アンタらの仲間だって、叩けば凹むような作りしてるでしょ。メテオされたら普通にアウトじゃないの? 軽く蒸発してしまう気がするんだけど」
「一部の頑丈な連中や、私たちのような不死であれば、物理的な衝突を耐え切ることは可能だわ。けれど、その後に長らく続くだろう劣悪な地球環境で、延々と過ごすストレスは、あまり想像したくないわね」
「アニメも漫画もゲームもなくなっちゃうしねー」
「あぁ、そういうこと」
岩石が蒸発するくらい熱くなって、海も蒸発しちゃうんだっけ? そんな状況で何千年も堪え忍ぶってのは、確かに相当なストレスだろう。どうやって堪え忍ぶつもりなのか、まるで想像が及ばない。
仮に今と同じような生態系が優先されても、人間が生まれて、アニメや漫画を作り出すまでには、とんでもない時間が必要だ。地球誕生から人が発生するまで、四十六億年、人類への旅を引率する羽目になるな。
これで更に、今と異なる生態系が優先されたのなら、ああ、ヤバいね。幾十億年も待って、やっとのこと現れた知的生命体が、人間とは似ても似つかない形とか、人間の形をしているコイツらとしちゃ、心中複雑な気分だろう。
俺が当事者なら自殺を考えるね。或いはもう一回、自分で隕石ぶつけるわ。いやでも、その前に太陽が寿命を迎えるんだっけ? 駄目じゃん、完全に詰んでる。地球人類の進化って、実は宇宙的に見ても、凄く尊いものだったんだな。ちょっと感動した。
「なに妙な顔をしているの?」
「あぁ、いや、ちょっと人類発生の素晴らしさに感動してただけ」
「……はぁ?」
まるで気持ち悪いものでも眺めるよう、ジト目で見られた。
ほら見てみなさい、またラブいってば、この金髪ロリ。
ジト目最高ですから。
「いやまあ、状況は十分に理解したよ。オッケーです」
「そう、ならいいわ」
相変わらず実感は沸かないけどさ。
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