飲み会 五

 エリーザベト姉妹に案内されたのは、都心の高層マンションの最上階。


 その一角に設けられた宅内バーだった。


 宅内とは言っても、設備としては極上である。そこいらの雑居ビルに入っているショットバーなどとは比較にならない。広さや設備も有名ホテルに併設された高級バーラウンジのようである。


 窓ガラスから眺める夜景は、それだけでお金を取れそう。


 夜の明かりに彩られた都内の町並みがキラキラと。


「自宅にバーがあるとか、なにこのブルジョアジー」


 規模としてはカウンター席が多少と、幅広なボックス席が一つ。


 また、バー設備の対面には、広々としたリビングルーム。


 どうやら同階に関しては、フロアをぶち抜きでこちらのお部屋が利用しているようだ。。おかげで恐ろしく広い。リビングの先には寝室やシャワールームなど、他にお部屋が見受けられる。全体で数百平米はありそうだ。


 これならどれだけ酔っても大丈夫。


 すぐに寝室まで行ける。


 最高の酒飲み空間でございますね。宅飲みが捗る。


「これくらい普通でしょう? 貴方のような貧乏人には縁遠いでしょうが」


「いやいやいや、本当に凄いじゃん。こういうの憧れだったんだよ!」


 カウンターの向かい側にはバーテンダーもいるぞ。


 四十代の渋いオッサンと、二十歳くらいの綺麗なお姉さんの二人組。


 オッサンの方はダンディの一言に尽きる。長身の白人で、かなりのイケメンだ。長めの金髪をオールバックに撫で付けている。少しばかり痩けた頬と、やたらと深い目元の堀とが、怖いくらいに雰囲気を出している。


 多分だけれど、彼は双子姉妹の趣味だろう。


 もしかしたら夜の相手なども担当しているのかも知れない。


 なんて羨ましい。俺と代われよ。


 一方でお姉さんの方は、こちらもオッサンと同じく金髪の白人美女。流石の欧米人で、背丈が百七十はあるんじゃなかろうか。ヒールを加えると、俺よりも尚のこと背が高い。シニヨンにまとめられた髪型が、大人の格好良さを感じさせる。


 そして、共に値の張りそうなスーツ姿。


 完璧な布陣でございます。


「こういうときだけ、素直にならないで欲しいのだけれど」


「だって凄いじゃん! マジ最高だよアンタ! 見直したっ!」


 こういうところで飲むのが夢だったんだよ。


 並の億ションじゃあ、こんな設備は普通付いてないよ。仮にあったとしても、共有スペースにいわゆるラウンジとして併設されている程度でしょう。特注で付けたとしても、バーテンまでは付いてこないし。


 込み込み、どれくらい掛かっているのか。


「アンタ、吸血鬼としては最低だけど、人間としては最高だよな!」


「貴方の言っていることの意味が分からないわ」


「持つべきは金持ちの愛人ってことだよ。マジ愛してる」


「いい加減に殺すわよ? 海の底にコンクリで固めて埋めるわよ?」


「まあまあ、それより飲もうじゃないの。俺は早くお酒が飲みたい」


「人間のクズね。このアル中っ!」


「それ、褒め言葉ですから」


 テンションが上がってきた。これはもう飲みまくるしかない。


 俺の隣でも、鬼っ子がバーを眺めてキャッキャしてるよ。


「おい、あれ全部お酒か? お酒なのか? 私も飲めるのか?」


 彼女の視線はカウンターの先、バーテンダーの後ろにズラリと並んだ、棚の上のボトルに注目している。我が家で行われた酒盛りの比ではない、その圧倒的な酒量に興奮していらっしゃるぞ。


 しかもパッと見た感じ、どれも高価な銘柄ばかりだ。


 三十路歳超えのお酒とか、生まれてはじめて目撃しました。


「そうだよぉ? 好きなの頼んでいいよー」


「おおぉっ、本当か! 本当にどれでも飲んでいいのか!?」


「本当だよー。どれでも好きなの飲んでいいよぉー」


「おほぉっ!」


 妹さんの言葉に鬼っ子は満面の笑みだ。


 瞳をキラキラと輝かせている。


「ここは楽園だな! 酒の楽園だ! 私ここに住むぞっ!」


「え? あっ、じゃあ俺もここに住むっ! 住むぞっ!」


「ちょ、ちょっと、貴方たちは何を勝手なこと言っているのかしらっ!」


 我先にとボックス席に駆け足で向かう鬼っ子。これに負けじと自分も続く。尻を落ち着けたソファーはやたらとフカフカで、我が家の座布団の不甲斐なさを嘆きたくなるほど。素直に体重を預けると、ぐわっと腰をホールドされた。


「すみませーん! 注文いいですかー?」


「さけー! さけー! おいしいのくれー!」


 鬼っ子と二人、ソファーに並び腰掛けて声を上げる。


 すると女性の方のバーテンダーがやって来た。


 おしぼりもらったよ。おしぼり。


 折角の機会なので、俺は鬼っ子の分と併せて、本来であれば絶対に飲めない高い酒を注文だ。たった一杯で、自身の一ヶ月分の生活費が吹っ飛ぶようなやつ。飲み物というよりは、マニアのコレクターズアイテムになっているような銘柄。


「お姉ちゃん、あの二人ってここに居座るつもりじゃないよね?」


「……私に聞かれても困るわよ」


「あぁーん、かなり気に入ってたのにぃー!」


 エリーザベト姉妹が何か言ってるけど気にしない。


 どうせあと四日の人生だ。


 だったら精々、他所様に迷惑をかけて過ごしてやろう。そもそも彼女たちだって、俺に対して遠慮がないのだからな。思い起こしてみれば、もう二回も殺されているのだ。こちらも好き放題やらせてもらおうじゃない。


「おーい、オマエらも早く来いよー。じゃないと殺すぞぉ?」


 鬼っ子もテンションが上がって思われる。


 口癖なのか、彼女なりの交渉術なのか、例によって殺すぞ宣言。しかし、そうして姉妹に語りかける表情は、満面の笑顔である。きっとコイツは気分が良くても悪くても、誰でも殺しちゃうんだろう。困った鬼っ子だ。


「わ、分かってるわよっ!」


「あっ、お姉ちゃん、ちょっと待ってよぉ……」


 渋々といった面持ちで、二人は対面のソファーに腰掛けた。


 その姿を確認して、すぐさま女性バーテンダーから声が掛かる。


「お嬢様方はいかがされますか?」


 こちらに尋ねた際と同様、おしぼりを渡しつつ注文を取る。


 子供相手とは思えない、とても恭しい態度だ。


「いつものをもらえるかしら?」


「私もー」


「かしこまりました」


 なにそれ格好いい。エリーザベト姉妹、格好いい。こういう高級感溢れるバーで、いつもの、とか自分も一度でいいから言ってみたかった。あちらの娘さんに一杯、と合わせてバーで言いたい台詞、ナンバーワンツーである。


 バーテンダーさんは小さく頷いて、カウンターの向こう側に戻ってゆく。


 しかしなんだ、糊が良く利いたピシっとしたスーツ姿は、かなりグッと来るものがあるな。俺はロリコンだけど、あのムッチリした尻と、引き締まった腰回り、そして何より、はち切れんばかりの胸はかなりエロい。堪らない。


 それに引き替え、目の前のロリータたちの平坦具合は、なんと清々しいこと。


「アンタらの私服っていつ見ても優雅だよな。そのドレスとか」


「それがなに? 悪いかしら?」


「陰キャには目の毒だよねぇー」


 血まみれになった制服を脱いで、エリーザベト姉妹は私服姿だった。


 いつだか某国の大使館で眺めた際とも、また違った装いのドレスである。一般人からすれば、これからどこかパーティーにでも出掛けるつもりなのかと、問いたくなるほどにお金が掛かって思われる。


「俺だけTシャツにジーパンで場違い感が半端ないんだけど」


「なら出ていけばいいじゃない」


「誰が出てくものか」


「私もボロボロだぞー? 和服だぞー?」


「いいや、アンタはいいんだよ。可愛いから」


「そうかー」


 何気ないふうを装い、鬼っ子の頭をナデナデしてやる。


 サラサラの頭髪が心地良い。艶々している。


「あぁー、もうセクハラしてるよぉ? 小さい女の子にー」


「お酒の席でのセクハラは男の嗜み。むしろ義務と言ってもいいね」


「おーい、セクハラってなんだよ?」


 頭部を撫でられる姿勢のまま、こちらに顔を向けて上目遣いの鬼っ子。


 ジッと見つめてくる姿はすこぶる可愛らしい。愛してしまいたい。


「俺とオマエが幸せになる為の儀式だ」


「おほー」


「どうだ?」


 あー、ギュッてしたい。


 っていうか、正面の座ったエリーザベト姉妹にしても、ドレス姿で足を組んでいるから、生足が見えちゃっている。太股の付け根まで丸っと見えちゃってる。妹さんの言葉じゃないけれど、これはたしかに目の毒だな。


「それなら、もっとしていいぞ。セクハラしていいぞ。私に」


「ほらみろ、お許しがでたぞ」


 高ぶる性欲を散らすように、より激しく鬼っ子の頭をナデナデ。


 鬼っ子は為されるがまま、ジッとこちらを見つめるばかり。


「お姉ちゃん。私、この男のことがかなり嫌いかも」


「私も同じだから気にしない方がいいわよ。ストレス溜まるから」


「そういうことを本人の前で言うのは、流石にどうかと思いません?」


 そうこうしているうちに、テーブルまでお酒が運ばれてくる。


 やったぞ、待望のアルコールタイムだ。






--あとがき---


今月の25日、「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の8巻が発売となりました。書き下ろしも本編に混ぜ込む形で、多めにお送りさせて頂いております。どうか何卒、よろしくお願い致します。https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018042003


オーディオドラマも絶賛配信中です。

https://mfbunkoj.jp/special/nishino/

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