二日酔い 一

 翌日、二日酔いの頭痛にも先んじて訪れたのは、自己嫌悪だった。


「……マジか」


 途中までしか覚えていない昨晩の出来事が、けれど、途中までであっても十分に深刻な問題だった。失った先の記憶も非常に気になるけれど、失う以前までに関しても、決して無視できない由々しき問題。


 しかも何故か、今こうして自宅で眠っている不思議。


「オチンチン……オチンチン……」


 傍らから卑猥な単語が聞こえてきた。


 何事かと視線をやれば、そこには全裸で眠る鬼っ子の姿が。


 すやすやと眠っている。どうやら今の呟きは寝言らしい。


 何も身に付けていないので、胸は当然のこと下腹部まで丸出しだ。


 それまで着ていた和服は、部屋の隅の方でクシャッとなっている。


「なんだこれは……」


 ただ、今はロリータの淫靡な姿に興奮する以上に、昨晩の出来事に意識が向いていた。有り余る羞恥心から、頭を抱えたくなる。冷静な自分、お帰りなさい。テレビをつけてニュースを見るのが怖い。


「……あぁ、俺はなんてことを……」


 二日酔いに痛む頭を擦りながら部屋の状況を窺う。


 鬼っ子の傍らには、エリーザベト姉の姿もあった。


 彼女も素っ裸でこそないものの、かなり危うい格好をしている。ズボンを履いておらずパンツ丸出し。ジャケットとコートはどこへとも消失。シャツは大きくはだけて、臍まで露出している。これはこれで非常にエロい格好だ。


「オチンチン……オチンチン……」


 そして、こっちも卑猥なことを寝言に呟いている。


 そんなにオチンチンが欲しいのなら、すぐにでも突っ込んでやるわ。この淫乱ロリビッチめが。みたな台詞が自ずと脳裏に思い浮かぶ。しかし、今はとてもではないけれど、そんな気分じゃあない。


 二日酔いが酷い。


 昨日以上に具合が良くない。


 頭が痛い。気持ちが悪い。喉はカラカラ。


「あぁ……水ぅ……」


 粘つく口の中を何とかしようと立ち上がる。


 台所でグラスに水道水を注ぎ、二杯ほど飲み干した。それでも全身を覆う不快感は決して拭えるものではない。ただ、多少なりとも口の中の具合は良くなった。漫然と感じていた乾きが癒えていく感じ。


「はぁ……」


 ふと思い出して首元に手をやると、未だそこには首輪があった。


 リードも繋がっており、足下に垂れている。


「……俺、マゾなんだろうか」


 自分が自分で信じられなくなりそうだった。


 ところで、俺はもしかして鬼っ子と致してしまったのだろうか。記憶にはないけれど、全裸ということは、可能性は高いように思える。エリーザベト姉にしても、服の乱れ具合は如何ともしがたい。


 下着を横にずらして、とか、ありえる、ありえるぞ。


「あぁ、そういう一番に大切なところ、どうして忘れているっ……」


 脱童貞の瞬間を覚えてないなんて悲しすぎる。


 陰キャの大切な童貞が。


 そうこうするうちに他所から声が聞こえてきた。


「いっつぅぅ……」


 どうやらエリーザベト姉が目覚めたようだ。


 台所から居室を振り返ると、身体を起こした彼女の姿が見えた。綺麗に結われていた形の良いツインテールも、今やリボンをどこかに落としてストレートだ。瞼には大きな隈を浮かべている。


 彼女は上半身を起こしてしばらく、はてここはどこだろう、みたいな面持ちで呆けていた。さらりと流れた艶やかなブロンドが、はだけた衣服の上、素肌を見せる肩口を降る様子は美しい。


 童貞は咄嗟にガン見だ。これは乳首を狙えるポジション。


 ただ、それも僅かな間のこと。


「あっ、あっ、あぁぁあああああ!?」


 どうやら彼女も昨晩の出来事を思い起こしたらしい。


 その可愛らしいお口から悲鳴があがった。


 乱れた衣服にも気付いたようだ。


 バッと自らの身体を両手で抱きしめては狼狽。


「わ、わ、わた、わたわたっ……」


 この世の終わりでも見てきたかのような、絶望的表情となる。


 そんな彼女と、ふと視線があった。


「…………」


「…………」


 互いに何を口にいいか分からず、無言。


 なんて居心地の悪い沈黙だろう。


 とりあえず、こちらから挨拶をしてみることに。


「お、おちんちん?」


「……殺す」


 気付けばエリーザベト姉が肉薄していた。


 いつの間に立ち上がったのか。


 大きく振り上げられた腕が、童貞の頭部を的確に捉える。最後に目の当たりとしたのは、面前まで迫った彼女の拳骨だ。次の瞬間には意識が失われて、何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。


 やるじゃないか、新米吸血鬼め。


 再び蘇るには、それから数分を要した。

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