二日酔い 二
俺が再び意識を取り戻したとき、居室ではエリーザベト姉に加えて、鬼っ子も目を覚ましていた。一昨日と比較しては具合もいいらしく、割と元気にしていらっしゃる。表情も明るい。どうやら昨晩は加減を間違えずに飲めたようだ。
そして、前者が後者を抱えて、風呂場に向かったのが先刻のこと。
エリーザベト姉が服を乱れさせていたのに併せて、鬼っ子に至っては全裸だ。当人は暑いから脱いだと言っていたが、彼女はこれを信用しなかった。こちらの息子に容疑をかけた彼女は、自身のモノも含めて、貞操の確認に向かったのだった。
絶対に覗くんじゃないわよ、とはまさに鬼のような形相で。
それが今ちょうど、完了したようだ。
風呂場のドアを開けて、浴室からエリーザベト姉が戻ってきた。
傍らには鬼っ子の姿もある。
「どうだった? 僕らの愛の結晶、入ってた?」
「いちいち聞かないで! 大丈夫に決まってるでしょっ!?」
「私も入ってなかったみたいだぞー」
前者はパンツの上にシャツを着用している。裸ワイシャツってやつ。後者は昨日までと変わらない和服姿だ。どうして前者が下着を晒しているかと言えば、居室にズボンが見当たらなかったからである。どうやらどこかに落としてきたらしい。
落とし物は酔っぱらいの定番だが、ズボンを落としてくるとは凄い。
「いやでも、心配だから確認しに行ったんだろ? っていうか、わざわざ他人の家の風呂場まで借りて、どんだけ貞操が大切なんだよ。今時そういうのって流行らないんじゃないの? そもそも君、ビッチでしょ?」
絶対にヤリマンなビッチだと思うんだけど。
お酒飲んだら誰にでもお股開くタイプでしょ。
「……もう一回死んでみる?」
「流石にそれは勘弁して欲しいんですけど」
台所には未だ俺の頭部だったものが飛び散って、それはもう偉いことになっている。掃除をするのが億劫でならない。グチャグチャに飛び散った脳味噌の欠片を雑巾がけとか、どんな罰ゲームだよと。
もう何もかもが滅茶苦茶だ。お酒、怖い。
「ああもう、生きた心地がしないわね。この状況は」
「あのぉ、そこまで俺とするのは嫌なのですかね?」
「当然でしょ!?」
「そですか……」
「貴方と交わるなんて、冗談じゃないわよっ! 死んだほうがマシね!」
「私はお酒くれるなら交尾してやってもいいぞー。やるかぁ?」
「え? マジで!?」
なんということだ、鬼っ子が誘ってくれている。
この際、人間だろうと人外だろうと構うものか。
童貞のまま死にたくない。
むしろこんな可愛い褐色ロリと致して死ねるなら本望。
「やるっ! 是非お願いしますっ! どうか何卒!」
「おぉーう」
「ちょっと貴方、本当にやったら殺すわよ?」
「す、少しくらい、いいじゃないッスか……」
頷いてくれた鬼っ子とは対照的なのがエリーザベト姉。
目くじらを立てて、鬼気迫る面持ちで威嚇された。
「それよりもズボン! なんでもいいからズボンを貸しなさいっ!」
「え? せっかく綺麗な太股なのに、まさか隠すつもりなの?」
「今の私は貴方の下らない冗談に付き合うほど寛容じゃないわよ」
「普段から問答無用だと思うんですけどね……」
仕方ない。居室まで血肉で汚されたら最悪だからな。
衣装ダンスからジーンズを取り出して、彼女に放り投げる。
「っていうか……」
それと時を同じくして、ピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴った。
どうやら客人のようだ。
新聞勧誘か何かだろうか。最近は土日の昼頃に、よく宗教勧誘がやってくるんだよな。翌日の二日酔いを覚悟して、週末の晩酌を楽しんだ翌朝、ピンポーンで目が覚めるパターン、マジ勘弁してほしい。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。私、まだズボンを履いてないっ!」
大慌てでズボンに足を通そうとするエリーザベト姉。
焦ったためか、二日酔いが原因か、見事に畳の上ですっ転ぶ。ザマァ。その光景を目の当たりにして、少しばかり胸がスッとした。肩を畳についた姿勢から、むっちりとした尻肉周りを堪能できた点も大きい。
今晩のオカズはこれと鬼っ子の裸体で決定だな。
「あれぇ? カギが空いてる、不用心だなぁー」
他方、玄関側から届けられたのは来訪者の声。
声の主には覚えがあった。
間違いない。妹さんだ。
姉が心配で様子を見に来たのだろう。
我々が所持する携帯端末にはGPSのトレーサーが組み込まれている。
これを追いかければ、その位置情報は筒抜けである。
あぁ、そうだ。
そのログを追いかければ、昨晩の軌跡を確認できるかも。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいっ!
「お姉ちゃん? やっぱりここに居るの?」
姉が吠えるに応じて、薄い玄関扉の向こう側から明確な声が返った。
自分が立つ間もない。
客人の手により玄関のドアが開かれた。
手狭い六畳一間という間取りの都合上、仕切り戸が開きっぱなしの現在、玄関から居室は丸見えだ。手狭いキッチン兼廊下スペースを越えて、妹さんの目に映ったのは、パンツ丸出しで転んだ姉の姿である。
すぐ傍らには自分の姿もある。
「……お姉ちゃん?」
「ハイジっ、こ、これはっ、そのっ……」
見る見るうちに顔が真っ赤になるエリーザベト姉。
こちらの童貞が彼女の下着を見ても、頬を赤くすることはなかった。それはもう堂々としていた。アンタなんかに見られても、ぜんぜん恥ずかしくないんだからね、みたいな。
だというのに、妹さんに見られただけでこの反応は何だ。
自分は彼女から異性として認識されていないのだろうか。
割と悲しい事実を再認識である。ちっくしょう。
「こういうことなら、事前に連絡を入れて欲しかったかなぁ」
「違うのっ! ハイジ、わ、私の話を聞いて頂戴っ!」
「それじゃあ、先に行ってるね?」
「あっ……」
パタンと軽い音を立てて、玄関のドアが閉まる。
妹さんの去っていくパタパタという足音は、すぐに遠退いて聞こえなくなった。ややあって、自動車の走り去る排気音が届けられる。どうやら彼女は本当に姉の下から立ち去ったようである。
その数秒後、俺は再び脳味噌を自室に散らした。
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