宝刀捜索 二
「ここよ」
リムジンから降り立ったエリーザベト姉。その視線が向かう先には、一軒の寂れた神社が建っている。
日本全国津々浦々、どこにでもある稲荷信仰の一社だ。百坪ない程度のこじんまりとした敷地に、申し訳程度の拝殿と、これに続く形で一体となった本殿。その脇に社務所だろうか。人の生活の気配が感じられる平屋が建つ。
碌に手入れもされていないのだろう。建築物はどれも土埃にまみれて汚らしく、更に周囲が木々に囲まれているとあって、酷く見窄らしく映る。
この近辺は都内にあっても田舎と呼ばれる地域だ。隣家は野良地を隔てて、数十メートル先に築数十年と思しきぼろ屋がちらほらといった具合。当然ながら閑散としており、そこへ豪華なリムジンが駐車する光景は違和感も甚だしい。
「こんなところにラッキーなものがあるんですかね? むしろ、不幸な何かが詰まってそうな気配がビンビンに感じられるんだけれど」
「調査は私が行った訳じゃないわ。いいから行くわよっ!」
有無を言わさず、真正面から進入を試みるエリーザベト姉。
なんて頼もしい姿だろう。
その背中は自信と余裕に満ちあふれているではないか。
「あ、お姉ちゃん、待ってよっ!」
これに妹さんが続く。
仕方なく、俺も鬼っ子を連れて姉妹の後を追った。
神主は余程のこと掃除が嫌いらしい。境内は酷く荒れていた。雑草は生えっぱなしだし、木造建築のそこらかしこは虫が食っていたり、カビが生えていたり。遠目にも汚らしく映る光景だ。
唯一、社務所だけが辛うじて手入れの跡が窺える。けれど、それも非常に適当であって、明らかに立て付けの悪い玄関ドアだとか、傾いた郵便ポストだとか、住んでいる人間のズボラさが、あちらこちらに窺えた。
真っ当な人間が住んでいるようには到底思えない。この様子では同社に所在するお稲荷様も困りものだろう。あるいは既に主人は留守となり、代わりに性悪な妖怪の類いでも住み着いているのか。そう考えると怖い。
「お、おい、ちょっとは警戒とかした方がいいんじゃ……」
こちらの言葉は姉妹の下まで届かなかった。
何故ならば、届けようとした矢先、その耳が頭部ごと吹き飛んだ。
バァンバァンと二つ続けて、銃声のようなものが響いた。
同時にエリーザベト姉妹の首から上が消えた。足下にグチャリと、汁気を伴う何かの飛び散る音。何事かと視線を向ければ、赤いものにまみれて、グチャグチャになった肉だとか骨だとかが広がっていた。
その中に形を残す目玉を見つけて、辛うじて彼女たちの頭部だと理解できる。脳味噌のウネウネしたピンク色が、砂利に混じって鮮やかな光沢を放つ光景は、なんだろう、段々と慣れつつあるな。
「何の警告もなく、いきなりヘッドショットかよ」
「おー、綺麗に吹っ飛んだなー」
鬼っ子は何ら動じた様子もなく、これを眺める。
エリーザベト姉妹の頭部が吹き飛んだ方向を鑑みるに、銃弾は間違いなく神社の方から放たれたものだ。っていうか、こんな昼間から問答無用で銃を撃つとか、相手の正気を疑いたくなる。絶対にまともな人物ではないぞ。
「コイツら、だ、大丈夫だよな?」
倒れた二人を見つめて疑問を口にする。
頭部を失った姉妹の肉体は、その場にバタリと仰向けに倒れた。千切れた首から吹き出した血液が、まるで噴水のように飛び散り、辺り一帯を真っ赤に染める。あまりにも現実感のない光景に、映画のワンシーンかと疑いたくなるほど。
ところで、スカートがめくれて、パンチラしている。
妹さんは黒のローレグ。
姉の方はシンプルな白。
素直に喜べないのが悲しいところだ。でもエロい。
「今のは普通の鉄砲だろ? あれじゃ吸血鬼は死なないぞ」
「今朝のアンタのパンチと同じか」
「そうそう」
鬼っ子が語るとおり、二人の肉体に変化が始まった。
失われた頭部を取り戻すように、首の断面から肉や骨が盛り上がり始めた。ニョキニョキと伸びた頸骨が、筋や管を伴い頭部の芯を作る。これを覆うように各組織が付いていく。脳幹から小脳、間脳、大脳へと脳内組織が膨れ整っていく。
やがて頭蓋骨が生え始めた頃には顔形も整い始めた。
エリーザベト姉妹のアイデンティティーが再生されていく。
鼻筋が浮き上がった脇に両眼がボコり。まるでキノコの成長を早送りで眺めているかのような光景だ。それがプルプルと震えながら、我々日本人より幾分か深く掘られた眼窩に収まっていく。
他方、口周りでは歯が生えると同時に、舌が喉の方から伸びてくる。
舌はこんな深い部分から生えていたのかと、思わず関心した。
更にひとしきり待つと、筋肉が整い、これに皮下組織と肌が乗って、人の顔と呼べるものが完成した。本来、一人前の吸血鬼であれば、これくらいは一瞬でやってのけるらしい。ソースは以前に知り合った吸血鬼の言だ。
ということで、彼女たちは半人前確定である。
「お姉ちゃん、今の……」
「ハイジっ、気をつけなさい!」
意識が戻ったのか、ゆっくりと身体を起こすエリーザベト姉妹。
つい先刻までの余裕はどこへ行ってしまったのか、途端に厳しい顔つきとなり注意を促す姉。これに妹さんが頷いてみせたところで、二人は大きく後ろに飛んで、自分や鬼っ子が立っている位置まで移動した。
それもこれも敵前までリムジンで乗り付けた彼女たちの失態である。
どう見ても怪しいよ、あの豪華絢爛な外交ナンバーは。
「ちょっとちょっと、こっちくんなよ。俺らまで巻き添えを食うじゃん」
「私たちの為に命を捨ててくれる覚悟は、どこへ行ってしまったのかしら?」
「今はその時じゃないのさ」
「まったく、使えない男ね……」
「今の銃弾、あっちから飛んで来たよ。流石に弾は見えなかったけど」
妹さんの人差し指が指し示す先には社務所がある。よくよく見てみれば、並んだ窓ガラスの一つに、僅かばかり隙間が窺えた。そこからは小さい筒のようなものが、チラリと顔を覗かせている。
距離にして三十メートルほどだろうか。
恐らくショットガンと思われる。小豆が飛んだ気配はなかったので、きっとスラッグショットだろう。見通しの良い境内に立つ我々だから、そこいらでシカやイノシシを狩るより、余程のこと容易に撃てそうだ。
これが引っ込むと同時に、先方で人の動き回る気配。
やがて我々の見つめる先で、社務所のドアがガラリと開いた。
「不死者の類いか。それなら銀玉を飛ばせばよかった」
現れたのは四十代中頃を思わせる壮年男性。
鬼っ子に同じく和服を着ている。強面のイケメンだ。
髪型は時代物の日本映画さながら、黒い長髪を頭の高い位置で結っている。身長は百九十センチくらい。ゆったりとした着物の上からでも容易に窺えるガタイの良さが、否応なくこちらの危機感を煽ってくれる。
そして、極めつけは正面に構えられた銃。
銃床に木が利用された古めかしいデザインだ。たしか、レミントンM870とかいう銃だったと思う。以前、師匠に見せてもらった覚えがあるので間違いない。二連装とは言え、先の射撃音の間隔の短さから、かなり撃ち慣れていらっしゃる。
化け物の相手をするとき、人間側の銃器武装として一番適しているのは、なんでもショットガンらしい。喧嘩が始まれば、必然的に近距での争いとなる上、拳銃では火力不足。弾を色々と選べる利便性も大きい。とは、師匠のお言葉。
特に銃身を切り詰めて大型のハンドガンほどのサイズにしたものが良いと言って、常日頃から愛用していたことを思い出す。世間的にはソードオフショットガンと呼ばれていることを、後日ネットで検索して知った。この国では違法だそうで。
だからきっと、この男もそれなりに知識のある人なんだろう。
「貴方、今のは私たちに対する反逆の意志であると捉えていいかしら?」
頭に一発もらったことで、エリーザベト姉はご立腹の様子。
ギリリと鋭い眼差しで男を睨み付ける。
これに対して男は、油断ならない面持ちで我々を見つめている。
「貴様らも我が家の宝を奪いに来やがったんだろう。この盗人共がっ」
「お姉ちゃん、もうお話できる雰囲気じゃないような気がするよぉ?」
「ええ、どうやらそうみたいね。面倒だし殺してしまいましょう」
「アンタたち、ちょっと待てよ。相手は化け物じゃなくて人間なんッスよ? きっと戸籍とかお持ちだと思うんですけれど、そこのところどうなんですかね? 今みたいな短絡的な考え方、よくないと思うんですけど」
「こんな貧民の一人や二人、殺したところでどうにでもなるわよ」
「わたしたちぃ、お金持ちだもぉーん」
どうやら姉ばかりでなく、妹さんもブチ切れているようだった。
男を眺めて喜々として語ってみせる姿に、頼もしさを感じる。
「……そうっスか」
「サクッとやっちゃいましょう、ハイジ」
「りょーかい!」
ニィと不敵な笑みを浮かべるエリーザベト姉。
ニコニコと人懐っこい笑顔の妹さん。
まあ、そういうことならこの場は、彼女たちに丸っとお任せしよう。こちらとしては当初から気の進まない仕事であった。勝手に片付けてくれるというのなら、是非ともお願いしたいところである。
---あとがき---
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