終末 三

 鬼という存在の起源は、人間に代表される高等な精神活動を行う生き物が湛える、負の感情だと言う。これが膨大な時間を掛けて集まり、一カ所に濃縮、やがては形を取り、鬼という存在へ至ったのだそうな。


 つまり、人間がご飯を食べて日々の糧とするように、元来からの鬼という化け物は、人間の負の感情を食べて、それを原動力とするのだと言う。これは鬼と名の付く存在にとっては、とても一般的で、ごく当たり前のことらしい。


 とはいえ、一口に鬼とは言っても、昨今、実にバリエーションに富む。元来からの負の感情に限らず、人と交じり血を欲する吸血鬼や、夜な夜な徘徊しては屍肉を啜る屍鬼のように、多くは求めるところに変化を生んでいた。


 ただ、元々はそういう存在だったということ。


 故に鬼としての純度が高ければ高いほど、負の感情に大きな影響を受ける。


「なるほど」


 千年と妹さんから説明を受けて、色々と納得できた。


「つまり、今まさに世界中で溢れる絶望が、千年の下にどんどん集まっていると。んで、千年の中に取り込まれている自分も、同じように影響を受けているのだと。この黒いモヤモヤは、そうして集まってきたものが原因という感じで」


「おう。そういう感じだ」


 こちらの確認を受けて、笑みと共に頷く千年。


 やったぞ、正解してしまった。


「けれど、随分と大きく影響を受けているんだねぇ……」


「千年が言うには、もう取り出せないくらい引っ付いちゃってるらしい」


「へぇー?」


「一心同体だな!」


「おうおう! 俺はアンタとだったら全然構わないけどな!」


「本当か?」


「当然だ」


「おほー、かなり嫌じゃないぞー!」


 満更でもない表情を浮かべる千年に、なんかちょっと嬉しい。


 千年、可愛い。チューとかしたくなってしまったぜ。


「まあ、そういう理由なら、実害はなさそうだねぇ」


「そうだな。よかったよかった」


「しれっと人間辞めちゃったのに、割と気にしないねぇ?」


「まーな。今更どうなったところで関係ないし。むしろ千年との繋がりが深くなったようで嬉しいから、逆にハッピーエンド。死ぬ前に良い経験ができた。他所様と比べたら、なんぼか幸せでございます」


「ふぅん? 器が大きいのか小さいのか分からないなぁ」


「器なんて入れ物に興味はないね。男だったら中身で勝負だ」


「それって外見が悪い男の常套句だよね。私知ってるよぉ?」


「それでもいいの!」


 千年も交えて、ああだこうだとリビングで言葉を交わす。


 するとしばらくして、入浴を終えたエリーザベト姉が戻ってきた。


 妹さんと同じくバスローブを着用の上、首にはバスタオルというスタイル。


「あぁ、なんて美しいっ!」


 その姿を一瞥して、気付けば思わず吠えていた。


 対する彼女は、ビクッと身体を震わせてのお返事。


「な、なによ、いきなりっ……」


「アンタの美しさだけは、たとえ人類が失われたとしても残るのだと思い返して、その美が永遠のものであることに満足を覚えたよ! アンタは美し過ぎる。俺は最後の瞬間をアンタと共に過ごせることが、こんなにも嬉しくてならないね」


「よくまあ惜しげもなく、そんな臭い台詞を言えるわね。その顔で」


「愛してますから! 結婚したいですから!」


「だからそれが気持悪いって言ってんのよ」


 エリーザベト姉はスタスタと歩んで、リビングのソファーに座った。


 各々の位置関係はローテーブルを挟んで、俺と千年、吸血鬼姉妹の二人とでお互いに顔を向き合わせる形である。ここ数日で随分と馴染んで思える配置ではなかろうか。千年をナデナデしつつ、姉妹のパンチラを狙えるポジションが最高である。


「ところで貴方と千年、なんか出てない?」


「あぁ、気にしなくていいよ。無害らしいから」


「だぞー」


「……流石に気になるのだけれど、まあいいわ」


 どうやら黒い靄が気になったご様子。


 そりゃ誰でも気になるさ。


 ただ、こちらが気にするなと言えば、それで話は切り上げられた。


 代わりに話題を変えるよう、彼女は改めて声を上げる。


「さて、いよいよ終わりも近いようだけれど……」


 依然として付けっぱなしのテレビ。そこに映し出された中継を眺めて、エリーザベト姉が言う。わしゃわしゃとバスタオルで濡れた髪を拭きながら、つまらんそうに映像を見つめていらっしゃいますね。


 屋外での乱交に興味がなさそうな点が寂しい。


「あのー、今日くらいは学校に行ってもいいですかね?」


 誰にも先んじて俺は言った。


 疑問はエリーザベト姉の口から。


「え? 学校?」


「やっぱりほら、最後は自分に馴染みのある場所を巡りたいし」


「……ふぅん?」


「駄目ッスか?」


「別に、いいわよ」


「んじゃ、自分はこれで失礼するわ」


 あまり時間もないようだし、すぐに席を立つ。


 すると先方からは言葉が続けられた。


「ヘリを用意する必要があるわね。ハイジ」


「でもぉー、運転手、きっともういないよぉー?」


「貴方が運転すればいいじゃない」


「もー、お姉ちゃんも運転できるくせにぃー」


「こういうのは妹の役目でしょう? 最後くらいは姉を立てなさいな」


「分かったよぉ」


「え? あ、ちょっと、別にアンタらまで来なくても……」


 予期せぬ姉妹の言葉に慌てる。


 まさか付いてくるとは思わなかった。


「籍を置いているという意味では、私たちも同じなのよ? 別に貴方だけのものでもないのだし、同行するくらい問題ないのではなくて? それとも、私たちと一緒というのが気に入らないのかしら」


「日本の学校も、もぉ―少しだけ楽しみたかったんだよねぇ。ほら、いわゆるアニメみたいなの? 教室でお弁当食べたりとかぁー、放課後に部室で遊んだりとかぁー、色々と憧れてたんだけどさぁ」


「オマエら、どこか行くのか?」


 すぐ隣で千年からも疑問の声が上がった。


 こちらを見上げるように、ジッと顔を見つめられた。


「それじゃあ皆さん、人類文化文明、最後の観光ツアーに出発ッス」





---あとがき---


本日、「田中 ~年齢イコール彼女いない歴の魔法使い~」の11巻が発売となりました。本巻より書籍版のみの独自展開となります。約23万文字あるテキストの9割以上が書き下ろしとなり、大変お買い得な最新章です。どうか何卒、よろしくお願い致します。


公式サイト:https://gcnovels.jp/tanaka/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る