終末 六

 ヘリに乗り込んで移動した先は、例によってエリーザベト姉妹の自宅となる高級マンション。昨晩のメンバーに加えて、今晩は佐藤さんというゲスト付き。おかげで先程から上手く舌が回らない。


 会話は姉妹に任せっぱなしだ。


 自身が唯一、能動的に動いて行ったことはといえば、千年に彼女を殺さないように言い聞かせたくらい。佐藤さんは普通の女の子だ。鬼っ子パワーで撫でられては、それが愛撫でも股間が吹き飛びかねない。


 誠意を込めて説明すると、千年は存外のこと素直に頷いてくれた。


「す、凄い……」


「好きなようにしてもらって構わないわ。佐藤さん」


「自分の家だと思って寛いでねぇー」


「さ、流石にそれは無理だと思うなぁ……」


 ブルジョアのブルジョアたる所以に触れて、緊張した面持ちの佐藤さん。


 無駄に金持ちなエリーザベト姉妹の身元だとか、何故か頭に角を生やしている幼女千年だとか、突っ込みどころは満載の我々だ。事実、彼女の視線はせわしなく、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。


 ただ、それでも深くは尋ねてこなかった。


 恐らく彼女なりの気遣いなのではなかろうか。


「まあ、どこかの誰かさんには自重してもらいたいのだけれど」


「ぐっ……」


 エリーザベト姉妹にしては先程から、都度都度こちらに軽口を飛ばすの止めてもらいたい。佐藤さんの発言をだしにして、ヘリでの移動中から今に居たるまで、皮肉やら何やら、ひっきりなしだ。


 というのも、佐藤さんの目があると思うと、なんだろう、どうしても上手く喋れない。それはエリーザベト姉妹を相手にしたものだとしても、すぐ近くに同じ人間の彼女がいるだけで、舌が動いてくれないのだ。


「あら、どうしたのかしら? これまでの威勢が感じられないわね」


「セクハラもぜんぜんだよぉー? キミィ、どーしたのかなぁー?」


「ちょ、ちょっと、佐藤さんの前でそういうこと言うなよなっ!」


 そうした陰キャの情けない姿が面白いのだろう。


 一方的にイジられ続けている。


 それじゃあ俺が変態みたいじゃないか。


「え? セ、セクハラ? 田中くんが?」


「いやいや、違うんですよ。違うんですってばっ!」


 顔が真っ赤になる。上手く呼吸ができない。


 天井のある方向が分からない。


 グルグルする。視界が。


「凄いんだよぉー? 私とお姉ちゃんなんて、もう毎晩だもん」


「どれだけ叱っても、下ネタを自重しないのは困りものかしら」


「昨日なんて、ねぇー?」


「そうね。あれは流石に酷かったわよねぇ」


「そ、そうなの? なんか田中くんのイメージと違う、かも」


 佐藤さんのみならず、エリーザベト姉妹からも視線が集まる。


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる彼女たちは、間違いなく今この瞬間を楽しんでいる。こちらを苛めることに快楽を見いだしている。弱点を見つけたことで、とても活き活きした表情をしているよ。


 なんて捻くれた性格。


 そういうところも大好きだ。心底愛してる。


「まっ、とりあえず乾杯かなぁー? 千年ちゃんも飲みたそうだし」


「おーう、お酒が飲みたいぞー。早くお酒よこせー」


 千年の言葉に流されて、リビングに併設された宅内バーのテーブル席に移動する。本日もどうぞよろしくおねがいします。当初はやたらと柔らかな座り心地に違和感を抱いたものだけれど、三日三晩を過ぎれば、既に馴染んで思える。いい感じ。


 ちなみに佐藤さんの所在は、エリーザベト姉妹の間である。


 幅広なソファーなので、美少女三人が並んでも余裕があるぞ。


 バーテンのお姉さんは一昨日から姿が見えないので、何をするにしてもセルフサービス。まあ、そのあたりは致し方なし。勝手にカウンターの後ろの棚を物色して、気になるお酒を手に取り、好きなだけ注ぐ。


 本当、ここは天国だ。


 お酒の天国。アルコールヘブン。


「それじゃあ、地球人類の消滅に、乾杯っ!」


「かんぱぁーい!」


 エリーザベト姉が声高らかに言う。


 即座に応じた妹さんの姿に、自身や千年も続く。


「おつさまです、かんぱーい!」


「おーう! 呑むぞー! 今日もたくさん呑むぞー!」


 その場の流れを受けて、佐藤さんも控えめに声を上げた。


 どうやら飲酒に対してはあまり抵抗感がないようだ。


「あっ、か、かんぱーいっ!」


 これが最後の酒盛りかと思うと、どうにも悲しい気持ちである。


 席を同じくしている面々も、自分と同じ感慨を抱いているだろうか。


 考え出すと詮無きことである。




◇ ◆ ◇




 一杯でも飲み出すと止まらないのが、アルコールというものだ。


 なんでもその依存性や毒性は、大麻やコカインといった薬物と比較しても、殊更に強力らしい。その手の識者のなかには、どうして他の薬物が法規制される中、アルコールだけが許容されているのかと、声を上げる者もいるという。


 ということで、グラスを手にして小一時間が経過。


 あっという間に皆々、出来上がってしまった次第である。


「あはぁー、どーしたのぉ? どーして見ないのぉー?」


「ちょ、ちょっと妹さん、はしたないでしょうに!」


 妹さんが陰キャの目の前で、スカートをめくり上げている。


 ソファーに腰掛けたまま、足の短いローテーブルに両足を投げ出した姿勢。両手にドレスの裾を掴んでいる。その奥には黒のローレグ。非常に浅い作りをしており、生地の先の凹凸さえもが見えてしまっている。


 エッチ過ぎる。舐めたい。ペロペロしたい。


 でも、彼女のすぐ隣には佐藤さんがいる。


 だからどうしても、できない。


 というか今日は、何故だろう。お酒が進まない。


 上手く酔えない。テンションが上がらない。


 自分だけ皆々から置いてけぼりを喰らっている感じ。


「どぉーしたのー? 触りたくないのぉー? おまんまんだよぉー?」


「ハ、ハイジちゃん!? あの、さ、流石にそれはどうかなっ……」


 佐藤さんも面食らった面持ちで妹さんを見つめているぞ。


 その調子でもう少しキツめに言ってやって欲しい。


 でも、パンモロはもう少しだけ楽しませて頂きたい。


「君がだぁーいすきな、毛の生えてないおまんまんだよぉー? 締まりが良いって評判のおまんまんだよぉ-? 今なら中にピュッピュし放題だよぉー? どぉーして見ないのかなぁ? ねぇー? ねぇー?」


「いやいや、だから佐藤さんが見てるでしょう」


「あははぁー! 可愛いよねぇー? 彼ってばすごーく駄目な男なんだよぉ?」


「あ、あの、コジマさん、ハイジちゃんが酔っ払って凄いことに……」


 妹さんの逆セクを目の当たりとして、お隣に伺いを立てる佐藤さん。


 これに答えてみせるエリーザベト姉のなんと適当なこと。


「放っておけばいいのよ。もう二度とアニメや漫画が楽しめないって、昨日も延々と嘆いていたし、色々とストレスが溜まっているのよ。無駄にプライドが高いから、ああいう歪な方法でしか発散できないのが、我が妹ながら哀れよねぇ」


 カランと氷を鳴らしてグラスを傾ける。


 そんな姉の態度に、佐藤さんは続く言葉を躊躇した。


「確かにそうだよね。今日で、お、終わりだもんね……」


「そうよ? 今日で何もかもが終わりなのよ? あと十数時間足らずでね」


「うん……。本当に、死んじゃうんだよね。みんな。ぜんぶ」


「ええ、何一つ残らないわね。人間の生きていた痕跡が全て吹き飛ぶわ」


「わたし、怖いなぁ。凄く」


 自虐めいたエリーザベト姉の呟き。


 佐藤さんは神妙な顔で頷いた。


 前者は現在手にしているのが三杯目。恐らく既に彼女の記憶は、寝たら失われるタイプの一時領域に漏れ出していることだろう。一方で後者は、そろそろ四杯目を終えようとしている。なのに見たところ素面。どうやら佐藤さんはザル体質のようだ。


「おーい、吸血鬼、そこの白いやつ私にもくれー」


「ん? このチョコでいいのかしら?」


「そうそう、それー」


 にゅっと正面に伸ばされた千年の手。


 そこにエリーザベト姉はホワイトチョコをいくつか与えた。


 手の平に載ったそれを、彼女はパクパクと勢い良く頬張る。


「おほー、これおいしいよなー、やっぱりおいしいよなぁー」


「チョコが好きなのかしら?」


「おー、白いのが好きだー」


「そうなの? だったら、こっちのも美味しいわよ」


「お?」


 着実に餌付けが進む千年。


 差し出されたあれやこれやを口にして嬉しそうな顔となる。


「ねー、君はさぁー」


「は、はい。なんでしょうかね、ハイジさん」


「あはっ、ハイジさんだってぇー!」


「だってアンタはハイジさんでしょ? ハイジさん」


「ほらぁ、びらびらぁー! びらびらぁー!」


「っ……」


 下着を上に引っ張り、ぷにぷにのお肉に食い込ませる。


 更に人刺し指と中指で左右に引っ張り、御開帳。


 決して見えてはいない。見えてはいないけれど見えている。


 これが目の錯覚というものか。


「どーしたのぉー? なんで」


「いやいやいや、してないから、俺、ロリコンじゃないしっ」


 指摘されて、大慌てで前屈み。だと、ちょっとおかしいかも。


 それとなく足を組んで、クールに股間を隠してみる。


 実はまったく勃起していない。


 予防だよ、予防。


 佐藤さんの目があって、どうしても肉体が萎縮してしまう。


「今更取繕ってもおそくなぁーい? ビンビン? ビンビンでしょ?」


「ハイジさん、佐藤さんが見てるから、そういうの止めない?」


「それが楽しいんだよぉー。私は見られてた方が興奮するのにぃー」


 なんて淫乱なんだ妹さん。


 佐藤さんがいなかったら、佐藤さんさえいなければ、もう、全力で襲いかかっているのに。ペロペロして、ズプズプして、ドクドクして、ギュッてするのに。その小さな身体を抱きしめて、艶々な金髪をナデナデして、ナデナデナデナデ。


 したいのに。


 だというのに、オチンチンは一向に堅くならない。しかも何故か脇の辺りから嫌な汗がジワジワと滲んでいて、非常に気持ちが悪い。それもこれも第三者の視線。あぁ、佐藤さん、今この瞬間だけは恨み申し上げたい。


 さようなら、陰キャのラストチャンス。


「なぁーんかもぉー、つまんないのぉー!」


 ひたすら否定を繰り返していると、いよいよ飽きたのか、妹さんはクパァを停止。更にスカートを上げる腕も下ろして、テーブルに載せた足さえも下ろしてしまう。あぁ、なんてことだろう。フィーバータイム、終了のお知らせ。


 したかった。妹さんとエッチなこと、したかった。


「もっと飲もぉーっと! お姉ちゃん、私にもそれ頂戴!」


「それくらい自分で注ぎなさいよ、まったく」


 グラスに琥珀色の液体が満たされてゆく。


 これをエリーザベト姉から受け取り、妹さんは一気に煽った。その姿を眺めて、自分も手元のお酒に口を付ける。なんとかして、どうにかして、気持ち良くなろうと。最後の夜くらい、何もかも忘れて、憂いのない気分を。幸せな気持ちを。


 そうして誰もが自然と杯を重ねてゆく。


 皆々、酔いを深めていく。


 最後の夜が更けてゆく。






---あとがき---


5月29日、「田中 ~年齢イコール彼女いない歴の魔法使い~」の11巻が発売となりました。本巻より書籍版のみの独自展開となります。約23万文字あるテキストの9割以上が書き下ろしとなり、大変お買い得な最新章です。どうか何卒、よろしくお願い致します。


公式サイト:https://gcnovels.jp/tanaka/

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