変質者 二
「チンポッポはいいんスか? 自分でよければ幾らでも相手になるけど」
「……また刺されたいの?」
「っていうか、今更になって素に戻られても、逆に困ると思わない?」
「っ……」
ボッと相手の顔が真っ赤に染まった。
割と冷静に自分の置かれた状況を捉えている様子だ。
だがしかし、そこは伊達に吸血鬼していない、勢い任せの行動に出る。両手をアスファルトに突いて、腕の力で身体を跳ね上げるように身を起こした。足の動きを一切利用しない、完璧なハンドスプリング。マジ半端ない。
当然、彼女の上に座り混んでいた童貞は吹っ飛ばされた。危うく倒れそうになったところ、蹈鞴を踏んで持ち堪える。相手の腹を跨いで尻を落ち着けていたので、一度は両足が完全に宙へ浮いていた。
腐っても鯛、変態でも吸血鬼という訳だ。
「い、いきなりなにすんだよっ!?」
「そっちこそ、女の腹にいつまでも乗っているんじゃないわよ」
「俺には女である以前に変態性のピエロとして見える」
「っ……」
こちらの物言いに、いちいち反応してくれる。
これがまた可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「っていうか、これがアンタの趣味? 流石にどうかと思うけど」
「ち、違うわよっ!」
「じゃあどうして、そんな格好でチンポッポしてるんだよ」
「これはっ、そ、そのっ……」
冷静を取り戻すと、逆にピエロのペイントが滑稽で笑える。
吹き出しそうになるのを堪えながら、アル中は問答を続けた。
「妹さんに言ってもいい? お姉ちゃん変態チンポッポ系ピエロだって」
「い、いっ、言ったら殺すわよっ!? 絶対に殺すっ!」
「もう一度は殺されてるんだけど」
「だったら何度でも殺すわっ!」
手に持った日本刀を掲げるエリーザベト姉。
横に構えられた刀身に年季を感じる。
どうやら一連の痴態は妹さんも知らない秘密のようだ。姉妹で揃って深夜の路上、チンポッポ叫んでいるのかとも危惧していた。被害が姉だけに留まっていたことは不幸中の幸いである。エリーザベト家の未来は妹さんに託された。
もしも身内から、こんなキチガイが排出されてしまったら、そりゃもう悲しいだろう。自分だったら精神病棟へ突っ込んで、一生外には出してやらない。いいや、むしろ警察に突き出すでしょう。
「それならせめて、理由くらい教えて下さいよ」
「そ、それはっ……」
こちらの問い掛けに対して、目を伏せて口籠もるエリーザベト姉。
後ろめたいことがあると、言外に示してならない態度だ。
こちとら一度は日本刀に刺された被害者である。しかもここ数日は、目の前の相手に脅されて、一方的な労働を求められている。当然ながら鬱憤も溜まろうというもの。反撃の機会を見逃すほど温厚ではないのだよ。
「説明してくれないなら、今ここで妹さんに電話しようかなぁ」
ズボンのポケットから端末を取り出す。
姉妹から渡されたものだ。
すると日本刀の切っ先が、プルプルと震え始めた。
「わ、分かったわよっ! 言うわよっ!」
「なら早く言うんだ。さぁ」
「くっ……」
カチャリと音を立てて日本刀が下げられる。
視線も足下へ伏し目がちに。
そして、彼女はポツポツと語り出した。
「わ、私にしたって、いくら吸血鬼とは言え、まだ十七なのよ……」
「十七? 俺と同い年にしては小さいけど」
同い年とは思わなかった。往々にして人外の類いは、外見と実年齢が合致しない。過去、エリーザベト姉と大差ない外見年齢で、三千歳を超える化け物みたいなロリキツネに出会ったことがある。
「八歳で吸血鬼になったから、成長はそこで止ってしまったのよ!」
「あぁ、なるほど」
だからこんなにロリっとしている訳だ。
八歳と言われてしっくりときた。
それくらい彼女の身体は幼い。
身長も百三十に達するか否かといった程度。
本来であれば、鼻先がこちらの臍の辺りにくる。
ただ、今は胸元ほどに位置しており、普段と比べて少しだけ高い。恐らくシークレットブーツでも履いているのだろう。今にして思えば、よくまあクラスの連中は同世代として受け入れたものだ。
「怖いものは怖いのよっ! そりゃ不老不死だもの、死なないとは分かっているわ。だけど、もし実際に落ちてきたらどうなるのか。その後にはどういった世界が待っているのか。考えるだけで、ああもうっ、夜も眠れないのよっ! 悪いっ!?」
「…………」
なんだ、コイツも俺と一緒かよ。
豆腐メンタルだ。
「だからほらっ、こうしてはっちゃけていれば、少なくとも一時的には気分も優れるしっ、嫌な感じもどっかいくじゃないっ!? 素晴らしいわねっ! えぇ、素晴らしいわっ! だから貴方は、大人しく私に刺されてればいいのっ! グサッとっ!」
とはいえ、問答無用で刺されるのは嫌だ。
ヤケクソにならないで頂きたい。
「いやいや、ぜんぜんよくねぇですよ」
「私に逆らうなっ!」
「逆らうに決まってるだろっ!?」
恥ずかしいところ見られて逆ギレかよ。
肉体はおろか精神まで、八歳で成長が止ってないか。
「っていうか、そういう貴方こそ、どうして生きているのよ!」
「え?」
「あの時、私はたしかに殺したはずよ。心臓を貫いた感触があったもの。それに今日だって凍り付いて、肉は愚か脊髄まで砕けていたじゃない。だっていうのに、どうしていけしゃぁしゃぁと電話なんて掛けてこられたのよっ!」
「あぁ、そうだよ、忘れてたわ。お前ってば俺のこと見捨てて逃げたよな?」
「先に質問したのはこっちよ」
「人の生死を前にして、んな細かなことに拘らないで下さいよ」
「もしかして不死者なの? でも、人間にしか見えないけれど」
「見ての通り、普通に人間させて頂いておりますが」
「じゃあどうしてっ……」
驚きや疑念を隠すことなく問い掛けてくる。
なんて俗物的な吸血鬼だろう。
少しだけ親近感を感じた。下手な人間より余程のこと、人間らしい感情の表れではなかろうか。というよりはむしろ、今まで出会ってきた人外連中が、人間から離れすぎていたから、そちらと比較してしまっているのだろう。
「なんでも鬼に魂を食われたから、俺は死なないらしい」
「……どういうこと?」
「俺んちに二日酔いの鬼がいたろ?」
「えぇ、いたわね。餓鬼が一匹」
「アレに魂を食べられたから、この身体はどれだけ傷ついても平気なんだと」
「……それ、本気で言っているの?」
「嘘だとでも? 現にこうして殺されても生きてるじゃん」
「鬼に魂を食べられて、それでも生きていると言う時点でおかしいわ」
「あぁ、それなんだけど、消化せずに腹の中に残してくれてるらしい」
「はぁ? どうしてそんなことするのよ」
「こっちから頼んだからじゃないか? お前に刺されて死に損なってたところを、アイツに頼んでどうにかしてもらったんだよ。どうか助けてくれって。そうしたら、まあ、なんだかんだで今の状態ッスね」
「…………」
素直に伝えると、殊更に驚いてみせるエリーザベト姉だった。
鬼に魂を食われるとは、民間の伝承などにも度々登場するフレーズだ。例えば仏教概念の上では、もしも鬼に魂を食べられてしまったのな、魂は輪廻転生の環を外れて無に還る、などとある。
果たしてその伝承が事実か否か、その過程の一つとして、今の自分が存在している。食いかけのまま腹に残されると、どうやら不死になるらしい。不老であるか否かは確認していないので、まだ分からない。十年後に期待だ。
「あれが本当に鬼だったというのが、私には一番の驚きね」
「それには同感だよ」
「ただ、それなら納得だわ。鬼に魂を抜かれて不死になったと」
「らしいよ。自分もついさっき確認したばかりだけどさ」
「……あの鬼は貴方と友好的な関係にあるのかしら?」
「さぁ?」
「ちょ、さ、さぁって、アンタッ……」
「元は強引に押しかけられて、昨日と今日で酒飲み仲間? みたいな」
「意味が分からないわ」
頭でも痛くなったのか、難しそうな顔をして額を抑えるエリーザベト姉。
自身もよく分かっていないのだから、理解できないのは当然だろう。そもそもあの鬼っ子は、いつまで我が家に酒客として居着くつもりなのか。本日も当然のように、お酒を催促されてしまった。
まあ、欲しがるものを与えておけば大人しいし、外見は可愛いし、そこまで困るものではない。素直に白状すると、家出少女を囲っているようで、かなり悪くない。世のリーマンがJKを家に泊めたがる理由、理解してしまったな。
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