ラッキー砲 四

 部屋に沢山いたラッキーたちも、随分と数を減らしてしまった。ラッキー砲が発動してから、既に小一時間ほどが経過している。その間に人口、否、人外口は当初の二割を下回ることになった。


 死屍累々。


 姿を残してくたばる者もいれば、肉の一欠片も残さず消す者もいる。


「が、頑張れっ! 頑張るんだ、座敷童子ちゃん!」


 そして自分は今、座敷童子ちゃんを応援している。


 どうやら、座敷童子ちゃんは後者のようだ。


 段々と影を薄くしてゆく和服美少女。


「いや、も、もう、頑張らなくてもいいから! いいから!」


 思わず本音が漏れた。


 けれど、そんな俺に彼女は微笑みを返して言う。


「まだまだ、わしはこんなものじゃないぞぅ」


「いやいやいや、もうこんなものだから! だから止めていいから!」


「おぬしに、ヒトに、ここまで言われて、止めることはできんのぉ」


「座敷童子ちゃん!」


 なんて素敵な笑顔なのだとは、とても場違いな寸感。


 ずっと見ていたいよ。座敷童子ちゃん。


『あと五分ほどで完全に軌道が逸れますっ!』


 オペレーターから催促するような声が掛かる。


 お前はちょっと黙ってろ。


「それなら少し休もうよっ! 休んでからでもいいじゃんっ!」


「いいや、休めんよのぉ。まだまだこれからが本番じゃ」


「だってまだレストラン行ってないし、約束守ろうよっ! ねっ!? 一緒にディナーしてくれる約束だったじゃん! 最高級の丹波大納言小豆を利用した小豆飯を、一緒に食べるって約束したよね!?」


「それはこれが終わってからかのぉ」


 朗らかな笑みこそ浮かべてはいるものの、顔は汗だくだ。


 誰がどう見てもやせ我慢。


 すぐ傍らでは妹さんも自分と同じように、今まさに消えようとする人外を相手に声を掛けている。その口から投げ掛けられるのは、つい数十分前までとは些か趣を変えた、応援兼気遣いの言葉。彼女もとても辛そうな表情をしている。


「ざ、座敷童子ちゃんっ! 足がっ! 足っ! 足っ!」


「んぬぅ……少々、色が薄いかのぉ」


「薄いなんてもんじゃないでしょっ!? 消えちゃってるよ! 足っ!」


「おぬし、足がない女は嫌いかのぉ?」


「冗談言ってる場合じゃないよ! 大好きだよ! だから止めようよっ!」


 隕石もへったくれも無い。


 どうせ死ぬなら俺と一緒に隕石で死んでよ座敷童子ちゃん。


「悪いが、わしは先に逝くのじゃ」


「ざ、座敷童子ちゃんっ!」


「せっかく助けてくれたのに、悪かったのぉ……」


「ちょ、ちょっとぉおおおおおっ!」


 どこぞの坊主と同じだ。


 座敷童子ちゃんの身体が、フッと消え失せた。


 身につけていた衣服すら残さず、髪の一糸すら残さず、無くなってしまった。


 脳裏にこびり付いた微笑みが、どうにも心苦しい。胸が張り裂けそうだよ。


「ちょっとちょっと、流石にこれは辛いじゃないの……」


 なんかもう、こういうの嫌なんだけど。


 座敷童子ちゃん。


 気付いたら頬に涙が伝っていた。


 美しい幼女が逝く姿は、とても悲しい。


 なんて悲しいんだ幼女。


「ちょっと! 遊んでないでそっちに手を回して頂戴っ!」


 座敷童子ちゃんを看取って即座、エリーザベト姉から声が掛かった。


 一瞬、反発の声を上げそうになる。


 これを飲み込んで、陰キャは次なるラッキーの下に駆け足で向かった。




◇ ◆ ◇




 結局、最後まで残ったのは福寿録様だけだった。


 他はすべてが逝ってしまった。


「まさか、こうまでも強力な手合いとは、思わなんだっ……」


 陽気を装い語ってみせる姿は、けれど、それまでの頼もしさが失われて思える。我々に威勢を張る元気もないようだ。今や姿すら縮んでしまい、外見こそ変わらずとも、大きさは未就学の子供ほどに変化してしまっている。


 それでも必死に念じ続ける姿は、流石は広く名の知られた善神。


『あと三十秒、二十九、二十八っ!』


 作戦開始当初には喜びを感じたオペレータの声。


 けれど、今はそれがどうにも苛立たしい。


『十秒、九、八っ、七っ!』


 カウントが徐々に減ってゆく。


「も、もう少しですよ! 福寿碌様っ! 頑張ってくださいっ!」


 自分にできることは、応援すること。


 全身全霊を込めて声を上げる。


「うむ、お主の心の底からの訴えが伝わる。力となるぞぃ」


「応援してますから、頑張って下さいよっ! 残って下さいよ!」


「分かっておるわい。まさか、ここまできて折れるわけにはゆかぬわ。そうでなければ、先に逝ってしまった者たちに示しが付かぬ。たとえ何が起ころうとも、必ずやすべてを挽回してくれよう」


「う、うぃスっ!」


 頼もしい福寿碌様の声。


 これを信じて声を掛け続ける。


 隣ではエリーザベト姉妹も声を張り上げている。


『六、五、四っ』


 オペレータからのカウントダウン。


「あと少しです! 少しですからっ!」


「ぬぅうううううううううっ!」


 部屋中を揺さぶるような、大きな声が神様の口から吐かれる。


 こちらの身体までビリビリと痺れるほど。


『三っ、二っ、一!』


 そして、ようやくである。やっとことさである。


 永遠にも感じられたカウントダウンが終えられた。


『ゼロ! 完了です。隕石軌道、完全に地球を脱しましたっ!』


 オペレータの声がフロアに響き渡った。


 直後にディスプレイの向こう側から、人間たちの狂喜する声が届けられる。


 喜びの声が。


 他方、自分のすぐ側からは、疲弊した神様の声が届けられる。


 長らく人の世を見守ってきた存在の最後の声が。


「うむ、これで、万事、幸福だ……」


 最後にニコリと満面の笑みを浮かべて、福寿録様は逝かれた。


 我々が何の返事をする間もなく、その姿はフロアから消え去った。


 一方的に苦手だとか思っていたこと、ごめんなさい。




◇ ◆ ◇




 その知らせは、福寿録様が消えてから数分後に訪れた。


『い、隕石の軌道に変化がありますっ!』


「え?」


 当然、俺とエリーザベト姉妹はこれに反応した。


 大慌てでフロア正面のディスプレイに視線を向ける。するとそこでは、つい先程まで地球を逸れる形で弧を描いていた一本の線が、あぁ、何故だろう、今は直撃するように形を変化させていた。


「そ、それ、マジですかっ……」


『駄目ですっ! 再計算しても軌道は変わりませんっ!』


 お祭り騒ぎだった画面の向こう側が、打って変わって静かになる。


 愕然とした面持ちで、誰もが計器の値に釘付けだった。


「まさか、幸せが潰えてしまったから、それが原因で……」


「せ、せっかく、あんなにも頑張ってくれたのに、なぁー……」


「いやいや、ちょっと待てよ!? どんだけ不幸なんだ地球は!」


 愕然とした面持ちで膝を床に落とすエリーザベト姉。


 妹さんも今回は流石に堪えたようで、表情を失い呆然としている。


 自分もきっと同じだろう。


「なんでなんだよ……」


 もうフロアには、陰キャと吸血鬼姉妹しか残っていないのに。

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