説明会 一

 結局、場所を移すことになった。


 しかも自動車で。


 これ以上は誰かに聞かれたらまずいから、体育館裏だとちょっとね、とのこと。双子の案内に従い、学校の近くに止めてあった白塗りのリムジンに乗り込み、以後、終始無言のまま走ることしばらく。辿り着いた先は某国の大使館だった。


 お話の続きは、同所の高級感溢れる応接室でのこと。


「隕石?」


「ええ、あと数日で地球にぶつかるわ」


「…………」


 もしも場所が変わらず、高校の体育館裏であったなら、笑い飛ばしたかも知れない。お前は転校初日から何を言っているのだと。そういうの今どき流行らないし、もう少しオカルト雑誌を読み込んでセンスを磨いてきなさいと。


 けれど、今この場に至るまでの過程と、腰掛けたソファーの柔らかさとが、彼女の言葉に圧倒的な信憑性を与えていた。応接室の外ではスーツ姿の厳つい白人が、警備に当たっていたりするのだよ。


「先日、米軍とNASAの主導で最後の迎撃作戦が行われたわ」


「ど、どうなったんですかね?」


「失敗したわね」


「あれは酷かったよねぇ」


 部屋には彼女たちと自分の他、誰の姿も見受けられない。


 足の短いテーブルを挟んで、対面のソファーに腰掛けるのは金髪ロリ姉妹。共に制服から私服に着替えている。姉は白い色のシンプルなドレス。妹も同じデザインのドレスで、色違いの黒。頭髪を結ぶリボンと同一の配色だ。


「失敗しちゃ駄目じゃん……」


 今という瞬間に実感が沸かないまま、二人の言葉に耳を傾ける。


「作戦内容はシンプルだったわ。隕石の大きさは約四百四十二キロ。サイズ的に破壊処理が不可能と判断されて、核弾頭ミサイルによる軌道変更を立案。この際に発生する欠片のサイズは最大で二百メートルから三百メートル。最悪、どこかの都市が一つ潰れる程度で済む、というのが向こう側の説明だったわね」


「だけど、当初想定していた隕石の構成成分と、実際のそれとが違ってたみたいで、作戦は失敗。負荷の計算が狂って、ピーナッツの形をした隕石を、真ん中で二つに割っちゃったんだよね。おかげで余計に対処が面倒になっちゃって、もう誰もお手上げ状態。落花生じゃないんだから、割っちゃ駄目だよねぇ?」


 ケラケラと他人事のように笑う妹さん。


 んなこと、同意を求めらても困る。


 あと、よく落花生なんて単語を知っておりますね。


「割れてしまった隕石の、どちらか一つが衝突した限りであっても、今の地球文明を破壊し尽くして余りある代物とのことよ。恐竜が絶滅したときの比じゃない影響があるらしいわ。衝突予定時刻は今から約百五十九時間後。日本時間だと、そうね、六日後の午前十時くらいになるかしら」


「午前十時だと、えっとぉ……君の学校だと、二時間目の授業の最中だねぇ」


「マジですか。俺の好きな家庭科の時間だし」


「ちなみに恐竜が絶滅したときの隕石は、十キロくらいのサイズらしいわ」


「今回、四十倍っ!?」


 そりゃ飯を作ってる場合じゃないな。


 自分が知らないところで、地球が未曾有の危機にあったとは驚いた。しかも既に米軍とNASAが最終作戦に失敗済とか、事実上クリア不可能な状況じゃないの。あれだけ何度もハリウッドで予行練習したのに、どうして失敗しちゃったんだよアルマゲドン。


 っていうか、こんなことは知りたくなかった。


 ところで、こういうときに米軍とかNASAとか耳にすると、途端に安っぽく感じるの何だろうな。ロシアの秘密組織とか、中国の極秘部隊とか言われたほうが、むしろ地球滅亡へのカウントダウンに説得力を感じてしまう。


 そういう意味だと、日本のJAXAのまったり感は異常だわ。


 このままだと、はやぶさちゃんもカムバックの地が失われてしまう。


 あぁ、切ないぜ。


「事情は分かったけど、それを俺に教えてどうすんの?」


「アメリカ、中国、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス、日本、その他多くの国が、この隕石の対応を巡り協力して、実に様々な手段を用いた回避策を提案、実行してきたわ。それこそ数年前からね。けれど、全てが失敗に終わったの」


 数年前から地球はピンチだったのか。


 下手すれば、俺まだ小学生じゃん。


「当初は誰かがなんとかするだろうと、私たちも静観していたわ。これまでもそうであったようにね。人間は個体としてこそ酷く脆い存在。けれども数を群れれば、大妖にさえも匹敵する。ここ数世紀では殊更に顕著だわ」


「そっすか」


「けれど、流石にもう任せてはいられないの。タイムリミットが近いから」


 なんか語りだしたよ、このドイツ人。


 決して冗談を言っているようには見えないけれど。


「任せるも何も、アメリカが駄目だったんでしょ?」


 今頃は国の偉いヤツとかが、宇宙船に乗って地球脱出してる頃だろ。


 今の俺は如何に一週間後の十時を迎えるかで頭の中が一杯だ。お酒に酔ってベロンベロンになるべきか。それとも睡眠薬を飲んで眠っているべきか。あるいはオナニーの絶頂を合わせるべきか。最後のはかなり難易度が高そうだ。


 オカズの局面チョイスと併せて、リタルタイムの戦いである。


「この国では、こう言うのでしょう? 困ったときの神頼み、って」


「私たちは君のような人をスカウトして、協力してもらってるんだよー」


 姉妹が示し合わせた様子で言った。


 なんだい、それは。


「自分みたいな人? それに神頼みって君ら、何をするつもりなんですか」


 相手の言わんとするところが、まるで理解できなかった。


 神様の存在には覚えがあるけど、隕石とか流石に無理でしょう。


「ミサイルも、レーザーも、体当たりも、何を持ってしても回避不可能な不幸なの。事実上、人類に太刀打ちできる不幸ではないわ。だからこそ、この史上最高の不幸を迎え撃つのは、同じように史上最高の幸福でなくてはならないの」


「……幸福?」


「そう、私たちは幸福の力、ラッキーの力で隕石を食い止めるわ!」


 問いかけたこちらに、彼女は酷く真面目な表情で答えた。


 断言されてしまった。


 ラッキー。


 ラッキーかよ。


 何と答えたらいいのか、続く言葉が浮かばなかった。酷く漠然としていて、とても抽象的で、具体的に何をどうするつもりなのか、まるで見えてこない感じ。


 それは隕石をどうこうできるほど大したものなのか。


「……マジですか?」


「マジよ。大マジよ」


「お姉ちゃんも説明してて恥ずかしいから、こうして居直ってるの」


「いちいち補足説明しなくてもいいから、貴方は黙ってなさい」


「あふん」


 困ったことに本気らしい。


 なるほど。だから神頼み。


「っていうか、それにどうして自分みたいなのが?」


「貴方にはラッキー集めを手伝って欲しいの」


「ラッキー集めって……」


 そんなベルマークでも集めるように言わないでよ。


 あれ結構大変なんだよ。


 ハマると面白いっていう人もいるけど。


「見えるのでしょう?」


「そりゃ見えるっちゃ見えるんですけど……」


 なんとなく理解できた。


 自分が彼女たちから、この場に呼ばれた理由が。


「私たちが貴方の高校へ転校してきた理由は大きく二つ。一つは見鬼である貴方に協力を取り付けること。そして、もう一つはこの近辺で度々、目撃情報の上がっていたブルーバードを確保すること」


「あとは私のしゅみー!」


「っていうと、やっぱりあれは幸せの青い鳥なんですかね?」


 妙なことを口走ってくれる妹さんはスルー。


 視線はエリーザベト姉のスカートのポケットへ。


 めっちゃモゾモゾしている。


 死ぬんじゃないぞ、鳥さん。


「ええ。ラッキー度は弱いけれど、ちりも積もれば何とやらよ」


「ラッキー度って……」


 なんか妙な単位だな。


「っていうか、そっちが元の飼い主じゃなかったんですかね?」


「違うわよ。この手の脆弱な存在が、私たちに懐く筈がないじゃない」


「私たちが相手だと、こういう子はすぐ逃げちゃうからねぇー」


 なるほど。それなら遠慮する必要なんてなかった訳だ。


 ちゃんと飼い主を主張しておけば良かった。


 だからこそ、制服のポケットなんかに突っ込んでいたのか。


 どうりで愛が感じられなかったはずですよ。


「細かな所在の知れている相手、特に一定の知性を持ち合わせた、交渉可能な手合いについては、こちらから既に対話を入れて、かなりの数で協力を得ているわ。貴方に行ってもらいたいのは、これら以外で詳細の知れない相手の捜索と交渉よ」


「できればあんまり、そっち系とは関わりたくないんだけど」


 俺は見えるだけだ。他には何もできない普通の人間だ。


 凶暴なヤツに当たったら、隕石の衝突を待つ間もなく死んでしまうよ。


「君に拒否権はないよぉ? もし断るなら、この場でぜんぶ吸っちゃうから」


「え?」


 妹さんが妙なことを口走った。


 姉の方もこれに続く。


「あら、気づいてなかったのかしら?」


「……どういうことで?」


 エリーザベト姉妹は、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる。


 その身体から黒い霧のようなモノが、じんわりと周囲に広がり始めた。常温で昇華するドライアイスの発散に指向性を持たせて黒くした感じ。肌に触れると、なんというかこう、風邪に似た倦怠感を催す。


 ここへ来て、俺は自身が犯したミスに気づいた。


「私とお姉ちゃん、人間じゃないよ?」


「理解しているものだとばかり思っていたのだけれど」


「……マジか」


 ぜんぜん気づかなかった。


 なんかもう、段々と驚くのが面倒になってきたな。

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