第57話:ラナージ・ポリス攻防戦:包囲
***
──翌日の明朝から、真昼にかけて。
イスタニア・ゲルガニア連合軍の猛攻が、ラナージ・ポリスを襲った。
イスタニア軍は、巨大な石弩を城下に設置。昨晩の野戦で得た魔王軍兵士の首を鏃に括り付け、ラナージ・ポリス城内に撃ち込んだ。士気の減少を狙った、卑劣な作戦である。
ゲルガニア軍は、イスタニア軍が構築した即席の土塁を登り、馬を踏み台にして胸壁に侵入。一部の崩れかけた城壁を足掛かりに、市街戦を試みる。
しかし、騎兵の機動力を活かせないゲルガニア兵と、魔王軍の魔法弾に手を焼くイスタニア兵は、見込んでいたほどの戦果を上げることができなかった。石弩など主立った攻城兵器は木製のため炎弾の餌食となり、壁超えを試みたゲルガニア兵は待ち構えていた魔族兵士に突き殺された。シェイド隊は城壁の修復が間に合わない代わりに、防御面が脆弱な箇所を徹底的に洗い出していた。城内の魔王軍部隊は、エルトルトとアングエルの差配に基づき、機械的にゲルガニア兵士らを抹殺する。
イスタニア軍の本営には、早くも険悪な空気が漂っていた。
と言っても、イスタニアの将マルキウスは、眉間にシワ一つ寄せていない。賓客として招かれているゲルガニア諸将が、舌打ちや貧乏揺すりで場の空気を悪くしていた。
「随分と激しい抵抗のようだな」
ゲルガニア軍の参謀が、マルキウスを睨み据えた。
「所詮は、一度陥落した街です。いずれ落ちますよ」
マルキウスは、余裕の態度を崩さない。
「ゲルガニアのお兄さん、ちょっと五月蠅いんですけど?」
「黙れ小娘! だいたい、何故かようなところに女が……」
天幕の片隅に置かれた簡素な寝台には、身体の各所に包帯を巻いたアイテトラが寝そべっていた。
「彼女は、昨晩の戦闘で獅子奮迅の活躍をした将軍です。それなりの敬意を持って接していただきたい」
「黙れッ! 我々は、総督を失ったのだぞ! 貴様らが不甲斐ないから我らが手を貸してやっているというのに、何だこの仕打ちは!」
「ご不満でしたら、今すぐにでも兵を引き払っていただいて結構ですよ。──何の手柄もありませんでした! と、恥も外聞もなく本国に報告すれば宜しい」
「くッ……!!」
「……時に。これより新制イスタニア軍は攻城戦を一時中断し、包囲網の再構築に当たります。東西と北面は我々イスタニアが受け持ちますので、南方はゲルガニア諸兄にお任せします」
「ふん……。好きにさせてもらうぞ」
ゲルガニア軍の参与たちは、雑な足取りで本営を後にした。
マルキウスは短く嘆息すると、近従たちに指示を出す。
「各部隊に通達。──敵軍が城内から打って出てくることはない。防塁は、外側を固めよ。……良いね?」
近従たちは、命令書を持って天幕を出る。
「……どういうこと?」
アイテトラは問うた。
「……籠城戦は、見方の援軍が来るという確証がなければ遂行できません。敵軍の士気から見て、近いうちに増援が来るんでしょう。包囲を突き破ろうとするとき、狙うポイントはただ一つ。連携に難があり、いかにも警戒を怠っていそうな場所。イスタニアを僅か半月で蹂躙した魔王軍です。これくらいの意図は、汲んでくれるでしょう」
マルキウスは微笑した。
***
──同刻。
ラナージ・ポリス南郊。鬼人騎士団。仮設の野戦陣地にて。
「アークフィート騎士団長!」
「第2軍団、到着しました!」
「久しぶり、です」
アークフィートは膝を折り、自分の半分ほどの背丈しかない単眼の鬼人姉妹──モノとユニに目を合わせる。
彼女たちは、少数のワイヴァーンとグリフォン騎兵、軽装騎兵、魔道部隊の混成軍団を統率し、イスタニア南部に留まる敵方の諸都市を牽制していた部隊である。また、ハチリア島から伸びる兵站線を、親衛隊と共に警備していた部隊でもある。
「状況は把握しております!」
「我々に、どうか御命令を!」
「鬼人騎士団と合同で、ラナージ・ポリスを囲む敵軍を粉砕。こじ開けた穴から、本隊を脱出させます」
「なるほど……」
「責任重大だね」
「戦術的な話は、二人を優先して欲しいと将軍から言われています」
「それってさぁ、……ごにょごにょ」
「……ぅん、だよね。ひそひそ……」
「?」
モノとユニは、小声で言葉を交わす。
そして、意を決したように、アークフィートを見据える。
「アークフィート様! これより、新戦術を提案します!」
「第2軍団が出す指示の通りに、戦っていただけますか?」
「分かりました。鬼人騎士団の破壊力を、好きなように使ってください」
***
晩夏の真昼。血濡れたラナージ・ポリスの城下一帯は、嵐の前の静けさを得た。攻城戦は膠着し、イスタニア・ゲルガニア連合軍は、包囲陣の構築に取り掛かっていた。ラナージ・ポリスに籠城する魔王軍本隊は、一時の暇を治癒と休息の時間に充てている。籠もる魔王軍は、負傷兵を除いて7000。城市を囲むイスタニア・ゲルガニア連合軍は、1万5000。
そして。ラナージ・ポリス南郊に、温存されていた魔王軍5000と、最精鋭の鬼人騎士団7000が、臨戦態勢を整え北上する。イスタニア戦争に、最後の嵐が吹き荒れようとしていた。
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