第55話:第2次ラナージ・ポリス攻防戦:夜戦


***


 ゲルガニア総督スタンハットは、自ら戦場を駆り、大将首を挙げるタイプの将軍である。燃えるようなブロンドを後頭部で結び、粗野なチュニックに青銅の胸甲を付けたスタンハットは、見るからに北方の「蛮族」という出で立ちである。


「──敵影確認! 数、150!」

「奇襲は成功だな。そのまま踏み潰してくれる」


 スタンハットは白馬を駆け、父祖伝来の神槍を掲げる。


「敵は積荷を背負い込んだ徒労の兵! 精強たる我らゲルガニアの敵ではない!」

「「「「ゥオオオ!!!」」」


 大歓声に背中を押され、スタンハットは馬脚を早める。その碧眼に敵の先鋒──鬼人族の戦乙女を捉え、口角を上げる。


「突撃ィイイッ!!」

「「「ウェエエイイイイ!」」」


 麻薬でも吸っているのかというテンションで、ゲルガニアの軽装騎兵2000が魔王軍に襲い掛かる。


 しかし、その第一打撃は空を斬るような味気ないものだった。


 魔王軍は接敵の直前で進路を変え、馬の臀部を見せて反転した。追撃に乗り出すゲルガニア騎兵の眼前に、白閃が轟く。


「ぐぁあッ!」

「何だッ!?」

「照明弾だ!」


 スタンハットたちの視界が戻るより先に、ゲルガニア騎兵は魔王軍騎兵の突撃を受ける。魔王軍の先鋒が、狭い旋回半径で舞い戻ってきたのだ。急な光と爆音に、ゲルガニアの馬は大きく動転する。魔王軍の騎兵は、この程度は屁でもないという風に、長槍と投石を撃ち込んでくる。


「くそっ!! 全軍止まれ!!」


 スタンハットは、諸兵に命じる。

 そうこうしているうちに、魔王軍は300歩の距離まで退いていた。


「ちっ……。逃げ足の速い連中め」

「総督! 左翼に松明、敵です!」


 スタンハットの左翼側に、先程の十数倍はあろう松明の炎が見えた。

 映し出された諸兵の中に、赤紫色の、異様な影を纏う具足があった。


「あれは……、噂の!」

「ベリアル……でしょうか?」


 ベリアルとおぼしき影は、ゲルガニア騎兵との交戦を避けるように進路を変え、夜陰の中へと消え去った。松明を掲げた随伴の諸兵たちも、徐々に後退していく。

「総督、いかがなさいますか?」

「ラジーナ・ポリスは、どうせイスタニア軍が奪還するだろう。第一、略奪された後の街なんざ、余所者が入ったところで何の価値もない」


「では、」

「ベリアルを追う! 後続の部隊にも告げよ! 魔王軍の首級は近い!!」

「「「「ぉお!!」」」


***


「どうやら、誘導されてくれたようだな」


 ベリアルは、遠巻きにゲルガニア騎兵の進軍を眺める。


「将軍、この後は、どうするんですか?」


 テンプターは、血濡れた笑顔で問うた。彼女の大剣は、先程の戦闘だけで5人を仕留めている。


「夜間の戦場に、少数で長居をする理由はない。ラナージ・ポリスまで引き……」


 ベリアルが言いかけた、その刹那。付近で炸裂音がした。同時に、白閃が辺りを覆う。


「……ッ!!」


「──突撃!」


 ベリアルの耳を、聞き覚えのある声が貫く。


「きゃあっ!」


 テンプターの馬が急に跳ね、彼女の姿勢が揺れる。馬の横腹には、敵兵の長槍が刺さっていた。テンプターは目を閉じたまま剣を振り抜き、敵兵の首を飛ばす。

 友軍諸兵は激しく混乱し、反撃までに数秒の間を作る。この隙は、奇襲に対してあまりに致命的だった。


「ぐはアっ、……ぁあっ」

「ぎゃあッ! ……ぅ!」


 ごく短時間の間に、数十人の魔族兵士が討ち取られる。


「──敵兵は休みなく斬り捨てよっ! 首は取るなっ!」


 敵司令官は声を張り上げる。年端もいかぬ少女の声に、狂戦士の霊が取り憑いたような声だ。


「……くそっ!」


 ベリアルは、迫る人間騎兵の手首を切り落とす。ついさっきとは真逆の立場に、彼は歯ぎしりする。


「将軍は撤退を!」


 下馬したテンプターは、斬り伏せた人間騎兵から換えの長剣を奪い取り、人間の脂で汚れた剣を捨てる。


「テンプター! お前も乗れ!!」

「無理です!! 敵が多く──っ」


 テンプターの足下に、短距離雷撃魔法が炸裂する。以前、アークフィートが直撃を受けた魔法だ。

 テンプターは為す術なく吹き飛ばされ、武器を投げ出し倒れ伏す。すぐさま起き上がろうと身を捩る彼女の四肢を、人間騎兵の馬脚が蹴り、踏み付ける。


「テンプターっ!!」

「──団長は我々が助けます!」

「──司令は城内へ! 早く!」


 テンプターの直参たちは、必死の形相でベリアルに馬を寄せる。



「──しばし待たれぇぃいっ!」



 狂騒を極める戦場に、数騎の巨鳥騎兵が駆け込んできた。

率いているのは、工兵隊長のシェイドだ。


「シェイドっ!」


 命令にない動きに、ベリアルは困惑する。


「友軍方、今すぐ伏せてくだせぇ!」


 シェイドは叫ぶと、侍従の一人に照明弾を上げさせる。


「今こそ、我らが新兵器の力を見せるとき! 打てぇ!」


 シェイドの号令と共に、戦場より500歩後方──ラナージ・ポリスの胸壁が、軋むような音を上げた。


「あれは……」

「ベリアル様! 頭を下げて!」


 ベリアル様。という声に、人間騎兵の一部が反応する。大将首の位置を大まかに捉え、全速力で突っ込んでくる。

 さっきまで撤退を進めていたテンプターの直参たちが、身を挺して立ち塞がる。


 ベリアルが死を覚悟した、その直後。

 照明弾とは異なる光と爆音の一撃が、闇夜の戦場に轟いた。

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