第54話:第2次ラナージ・ポリス攻防戦:襲撃


 ──夜中。

 魔王軍本営に付設する、司令官天幕に、伝令兵が駆け込んできた。


「──司令、ベリアル司令!!」


 伝令兵の血相を不審に思ったのか、番兵2人は槍の柄を握りしめ、跪く伝令兵を睨んでいる。


「何事か?」


 ベリアルは、素顔で問うた。彼の鎧は、背後に飾られている。

 傍らには、魔剣の手入れをするアークフィートが佇んでいる。


「斥候より報告! 北面に、多数の松明を確認! 数と地鳴りから察するに、敵の騎兵部隊ですっ!」

「ゲルガニアか。……思っていたより動きが早い」


 ベリアルは、一度目を泳がすと、脇に控える鬼人の近従たちに目を向ける。


「城内の警備部隊には、酒は回していないよな?」

「はい、下知の通りに」


「城内警備のテンプター隊を前面に出し、時間を稼げ。その間に、アングエル隊とシェイド隊は入城。我と共に夜明けまで籠城する」

「「「はっ!!」」」


 急ぎ、近従たちは伝令に走る。


「アークフィート。お前には鬼人騎士団の全軍を預ける。道なりに南へ下り、予備戦力と合流。本隊がラナージ・ポリスに拘束された場合は、包囲の粉砕を任せる。細かい戦闘指揮は、モノとユニの意向をなるべく優先してくれ」

「了解、です。……」


 アークフィートは、不安げな眼差しで答えた。

 ベリアルは魔剣を取り、席を立つ。


「それと、俺の甲冑を騎士団の副将にでも着せておけ。敵軍の鼻っ面を掠め、城を一蹴してから南進せよ」

「……?」


 アークフィートは、小首を傾げる。


「敵は占領地の奪還よりも、魔王軍の撃破を主眼に置いている。敵の足の速さが、それを証明している。騎兵偏重の拙速な部隊なら、疲労と緩みが出てきた友軍でも十分に対応できる。動揺は捨て去れ」

「……。分かりました。では、行ってきます」


「頼んだ」


 ベリアルは席を立ち、天幕を出た。

 しばらくして、彼が馬の鐙を踏み、鞭を打つ音が聞こえる。


「将軍も、ご武運を。……」


 アークフィートは祈るように呟くと、侍従の者にベリアルの鎧を着るよう指示を出す。漠然とした不安と、敵の騎兵隊が地面を踏みならす音が、アークフィートの心をざわつかせた。



「──しょーぐーぅうんっ!!」


 馬で駆けるベリアルに、栗毛髪の女傑テンプターが合流する。彼女の後ろには、騎兵200騎余りが付いている。

 布服に鎖帷子を重ねただけのベリアルは、近従から借りた湾曲刀を片手に提げるのみである。


「敵の頭を叩き、勢いを削いだら反転するっ。魔道騎兵は、反転と同時に照明弾を投下っ。これを退きながら繰り返す。良いな!」

「あい、さーっ!!」


 テンプターは無邪気に笑うと、長い髪を風になびかせながら、大剣を抜き放つ。ヌラリと光る剣身を頭上に掲げ、後方の諸兵を鼓舞する。


「教則4、機動防御! あと20秒で接敵! 行くよ!」

「「「ォオ!!!」」」


 魔王軍の中で一番はっちゃけているように見えて、訓練は十二分に積んでいる。これは、テンプター隊の代え難い強みである。


「頼もしいことだ」

「将軍。……この敵襲って、予想外でした?」


 テンプターは、小声ながらもずばり問うた。


「……もう少し、遅いだろうと思っていた。隊を休ませたのは、俺の落ち度だ」

「敵さんもせっかちですよねー。……もう、戦う理由なんてないのに」


 テンプターは苦笑する。


「首脳部を失ったにしては、イスタニアの動きが機敏だ。ゲルガニアとの同盟も、さぞや円滑に進んだのだろう。撤退する魔王軍と距離を取りながら、イスタニアの残党は旧領を取り返す。……互いの最適解を、こうも簡単に踏みにじってくるとはな」

「一矢報いたいって気持ちは、魔族も人間も同じなんですよ、きっと」


「そうだな。……」


 ベリアルも、つられて苦笑する。


 ──俺は、どうしてこんなあからさまな油断したのか。

 ──俺は、どうしてこんな初歩的なミスを犯したのか。

 ──俺は、どうしてそれを、冷静という仮面を被って、こんな形で取り返そうとしているのか。



(──自分の過去に踏ん切りを付けて、それで、何もかも終わったつもりでいたんじゃないのか?)


(──俺は、俺の過去に一矢報いるために、あのまま終わらないために、魔王軍の将となり、戦場を駆けている)


「将軍! 来ますっ!」

「作戦通り、行くぞ!」


 月下の草原に、閉じかけた戦端が再び開かれた。

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