第18話:魔王からの贈り物:その2


「……何だ」


 アルベリは、魔王に聞き返した。


「君。家族はいるのかい?」

「教えるわけがないだろう」


「やっぱり、いるんだね?」

「……ッ」


「いない人は『いない』って言うからね」


 魔王は、鼻で嗤った。

 アルベリは苛立たしげに嘆息をついた。


「……で。いたとしたら、何だ?」

「遠くない将来。君を僕の配下として、魔界の内外に広く紹介することがあるかもしれない。仮にそうなったとき、顔は割れなくても、君の名前は確実に、人間界にまで知れ渡ることになると思う。身内が魔王に仕えているという事実は、ご家族にとっては百害あって一利無しだろう。だから、もし、君に家族がいるのなら、君は名前を変えた方が良い」


「名前を……変える?」

「そう。まぁ、要するに、偽名を作った方が良いってことだよ」


 魔王は、アルベリ用の具足の隣に立った。

 彼はしげしげと、嘗め回すように、具足の光沢を眺めている。


「どうせ、鎧や仮面で素顔を隠すんだ。いっそ、別人に生まれ変わるくらいのことをした方が、気が晴れるというものだろう。……そうだね……『ベリアル』なんてどうかな?」

「ベリアル……?」


 アルベリは首を捻った。アルベリとベリアル。

 容易に連想できそうな、単純な偽名に思えた。


「ベリアル。良い名前だと思わないかい? 先代魔王ネルガル2世に抹殺された、僕の父親の名前だ」

「何だ……。お前にも親がいたのか。てっきり、闇とか混沌とかから生まれたものだと思っていたが」


「失礼な。……僕の父親は、先代の方針に逆らって殺された。詳しいことは、良く知らない。異邦人の母親も一緒に殺されたし、何かを知っていそうな連中は、口を割らせる前にみんな殺しちゃった。……前にも言ったけど、僕って、短気だから」

「……」


 アルベリは目を逸らした。魔王の横顔に、かつて父サビヌスを失った自分の顔が重なって見えたからだ。


(──失った? ……違う。ぁの時、俺は軍部を恐れて、親父と王女を売ったんだろうが……)


 アルベリは、奥歯を噛む。


 魔王は、具足の裏に回る。


「……まぁ、でも。僕は寛大だから、先代のことを恨めしくは思っていない。彼の御陰で、僕は力を求めるようになった。その行き着いた先が、魔王の位と魔王軍の構想だ。1年前の厄災は、僕に最後の一押しをくれた。羊飼いが自分の羊の群れを欲するように、僕は自分の軍隊を作ろうと思った」


 魔王は具足の影から顔を出す。

 彼は、悪童そのものという笑みを浮かべている。


「一応、僕も軍隊という『使い魔』をどう飼い慣らすべきか。今から、色々と考えているんだ。……君が言う通り、軍隊は化け物だ。ここ半年、夢魔族のスパイ網を使って、イスタニア王国の首脳部に探りを入れているんだけど、彼女たちの報告によると、あの大遠征は、一から十まで軍部の独断だったそうじゃないか」

「……上層部の話は、良く分からない。俺は所詮、現場指揮官の末席だ」


 アルベリの謙遜を、魔王は聞き流す。


「女王エルマナは御年13才の若輩者。政治は軍出身の摂政と、軍部の幕僚たちによって牛耳られている。ちなみに、王国は近く、新たな軍事のポスト──大都督を設置するらしい。これに伴って、王国はさらに軍拡を行なうのだとか。ぃやはや。お金がある国は羨ましいね。煉獄海の交易から生まれる利益が、ことごとく軍隊の胃袋に流し込まれていく。……君が軍隊を化け物と評したのは、なかなかに的確な言い回しだと思うよ?」

「……」


 アルベリは押し黙る。


「……そんな化け物を、僕一人の手に預けても良いのかい?」


 魔王は、徴発するように問うた。

 アルベリの眉間に深い皺が寄る。


 軍隊という化け物を、誤った者たちに渡したらどうなるか。

 その結果を、自分は身を以て思い知ったはずだ。

 そう、アルベリの心は主張する。


 イスタニア王国軍の上層部は腐敗している。味方の末端に対する不義理も、敵に対する過剰な殺戮も、王国内における専横も、看過するには余りある暴虐だ。


 それでも、彼には迷いがあった。躊躇があった。

 呵責に加え、負い目と無力感が、彼の心を縛る。


「……俺は、長いものに巻かれて、中隊長程度に甘んじた凡人だ。……一国の軍隊を預かるような英傑じゃない」

「君はさっきこう言った。……『──自分を卑下する暇があるなら、今すぐ木剣を捨てて家に帰れば良い』とね」


 魔王は、勝ち誇ったように微笑んだ。


「……お前、いつから中庭にいたんだ」

「さぁね」


 そのとき、玉間の戸が叩かれた。

 魔王が「入れ」と言うと、侍女たちを従えたアークフィートが現れた。彼女は、新品のマイ・アーマーを着けている。


「似合っているよ。アークフィート」

「光栄です。まおう様」


 魔王は満足げな顔で、アルベリの方を向いた。


。君も、試着しておくかい?」

「……、あぁ」


 ベリアルは渋々、別室へ移動する。

 途中、アークフィートと目が合う。彼女は、熱い視線を送ってくる。どうやら、誉めて欲しいようだ。


「……気に入ったのか?」

「はい。……稽古も、ちゃんと頑張ります」


「そぅか。……」


 ベリアルとして、自分はどう生きるのか。

 彼は考えた。


 自分は今、乗りかかった船にいる。

 それは、今にも沈む泥舟かも知れないし、悪党だらけの海賊船かも知れない。


 なら、今すぐ降りるべきだろうか。

 周りは、嵐に乱れる荒海かも知れないし、死体が浮かぶ血の海かも知れない。


 だが。


(……ここまで来たら、乗るしかない。魔界という船に乗って、その舵を、危険な奴らに渡さないことが……置いてきた家族と、人類と、魔族と、アークフィートのために、俺ができる、せめてもの報いだ)


 そして、あわよくば──。

 彼は、進む道を決意した。

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